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■■ジャンヌ=ガルニエ’s View■■


 黒い森(シュヴァルツヴァルド)に覆われた小高い山の上。

 ちょうど峡谷を挟んだ反対側に別荘が点在していた。

 もっとも、星空の下、夜の帳が建物どころか山全体を覆い隠してしまっていたが。


 今はまだ朝に霜が降りる程度だが、もう1か月もすればこのあたりは人が立ち入ることができないほど雪が降り積もる。

 だから足跡を残す心配なくこうして優雅に眺めていられた。

 濛々と夜空を焦がすような火柱が躍っている建物を。



「さすがね、この距離で動体に当てるなんて。あそこまで2キロメートルはくだらないわ」


「あはは、標的が大きかったからね~」


「大きいって・・・50平方センチメートルくらいじゃない。こんな暗闇の中を」



 日本を発ってからちょうど1か月。

 身を喰らう蛇(ウロボロス)が拠点とする基地を順番に破壊して回っていた。

 これで5つ目。目標とする最後の施設であり、最も機密がありそうな場所でもあった。


 基地の近くは電子機器を誤動作させる妨害電波(ジャミング)が強い。

 ロボット式の攻撃機や自爆装置を寄せ付けないためだ。

 その理由で時限式や電波型起爆式の爆弾も使えない。

 ロケットランチャーのような誘導火器も熱感知で迎撃される。

 だからといって不用意に近付けば迎撃システムからの狙い撃ちがある。


 そこで利用している方法が、高高度の上空から爆発物を落下させる方式。

 誘導弾のようにエネルギーを使うと長距離で感知されるのでそういったものはつけず、自由落下のみで行う。

 十分に加速させ迎撃射程の直前で起爆し追加の速度を得て、そのまま目標へ突っ込ませる。

 落下のエネルギーも加わり結構な破壊力が出るのだ。


 この方法で必要なのはひとつ。

 起爆するための狙撃手の腕前だ。

 リアムのような優秀な射撃手(スナイパー)がいて初めて成立する。



「これで武くんや皆が狙われたりしなくなるんだね?」


「ええ、そうよ。皆のために必要なこと」


「うん、僕、頑張るよ!」



 姉貴から身を喰らう蛇(ウロボロス)についての情報をもらった。

 ゴミ屑(やつら)の世界各地への工作活動について、詳細に。


 各地でテロ行為を行い要人を害するだけではない。

 真っ当な精神の持ち主なら叫び出しそうなくらいの内容もあった。

 やつらは魔物と闘うための組織や研究、訓練所を狙って活動していた。


 もちろん高天原学園についても、だ。

 兄貴や姉貴だけでなく武もターゲットに入っていた。

 理由は不明だけれども看過できる状況ではない。

 姉貴が掃討を決断した理由がわかる。


 そして彼、リアムの肉親まで及んだ魔の手のことも記載があった。

 それを知ったリアムは「許さない!」と、この作戦に協力的になった。



「さ、リアム。恐らくあそこに地下シェルターがある。行くわよ」


「うん」


「もし人影が見えたら武器を撃って構わないわ」


「まかせて!」



 夜空を焦がす炎を道標にあたしたちは目標へ向かった。



 ◇



 到着したころには空が白み、炎も消え、煙が燻っていた。

 電気系の喪失により大半の装置も稼働していない。

 構成員と思しき者の遺体もあったが同情する気にはならなかった。



「あったわ、ここよ」



 全焼した建物の中央部。

 大半は木造建築のはずなのに、不自然に岩を削った洞窟のような入口。

 その焦げ付いた鋼製扉が、追い求めてきた司令部の入口だと物語っていた。



「リアム、離れて。あっちから任せるわよ、武器だけお願い」


「うん、行ってくるね」



 扉が開いたとき、最初に内部が確認できる場所。

 正面ではなくほぼ真横の位置。

 焼け残った瓦礫の裏に彼を配置し、その隙間から狙いをつけさせる。

 リアムの得物は神穂の稲妻(ブリューナク)

 相手が具現化(リアライズ)で武装していても打ち破れるからだ。


 あたしも紅魔槍(フィン・マクール)を構える。

 そうして扉をがちゃりと、半分、開け放した。



「うおおぉぉぉ!!」



 気合とともに、扉の開放方向へ突き出される刺突剣(レイピア)

 虚空を切ったそれを貫くように、輝く弾丸が扉の中へ吸い込まれていく。



「あばっ!?」



 武器を取り落とした悲鳴と同時にあたしが扉の外側からひと突きした。

 そうして最初に出て来たやつはドアストッパーに変わった。



「ひひひひひっ!!」



 そいつが倒れるのと同時に、背後に居たであろうやつからボウガンが連射された。

 赤い光を帯びたそれはリアムが隠れる瓦礫にざしざしと刺さり、霧散していく。

 具現化(リアライズ)された武器だったけれど、それを念頭に盾と選んだ瓦礫は厚かった。



「残念ね」


「あがっ!?」



 扉を開けたあたしに背中を向けていたそいつに、扉ごと突き刺す。

 大した抵抗もなく、敢え無く倒れていく。

 増えたストッパーにお代わりがいないことを確認しリアムを呼び寄せた。



「まだゴミ掃除が必要みたいね。幸い、厳重だったぶん逃げ道もなさそうだし。もうひと仕事しましょ」



 ◇



 大した抵抗もなく建物内の掃討を終える。

 鋼製扉から階段で1フロア下がった地下空間に、秘密結社らしく2部屋ほどの空間があった。

 そこには喰らい合う蛇の絵を象った文様が入った黒い頭巾を被っている奴らが数人いた。

 でもそれだけ。ただの人だ。

 こいつらに特別な能力があるわけじゃない。

 すぐに制圧は終わった。



「駄目ね。やっぱりこいつらも・・・」



 紙媒体のような書類や、情報媒体は燃やされ、破壊されていた。

 他には何もない。

 あれだけの奇襲を仕掛けても事前に痕跡を消すだけの予期ができていたわけだ。



「あ、まだこれ使えるよ! もしもーし、聞こえる~?」



 まだ電源の入っていた1台の通信機。

 呑気にリアムが声を吹き込んでいた。

 相手に存在を伝えるだけだというのに。



『ザザ――聞こえているよ、賑やかな少年たちよ』


「!?」



 ところがその相手は酔狂な精神の持ち主だった。

 リアムの応答に応えるくらいには。

 音質は良くない。

 男とも女とも取れるような中性的な声だ。



「あんたたち、なにが目的でテロなんてやってんのよ!」



 有意義な情報が手に入らない苛立ちを、思わず言葉にして叩きつけてしまう。

 この本質的な質問が通らないのなら、なにを言っても無駄だろう。



『不躾なお嬢さんだ。テロなどと人聞きの悪い、我々は浄化を進めているだけだ』


「浄化ですって? 無辜の人を殺害するのが浄化なの!?」


『ああ、人類の浄化なのだよ。対象は全人類だ。大いなる意思が示す新世界の到来のためにな』


「・・・新興宗教の常套句ね。それで何を得ようというの?」


『ふふふ、言葉どおりだというのに。得るのは浄化を終えた新世界だよ』



 あたしたちを揶揄っている。

 こんな余裕ぶって挑発するようなことを言うなんて。



「そっかー。おじさんたち綺麗好きなんだねー。それじゃ、新世界って綺麗なの?」


「!? ちょっと、リアム・・・」



 額面通りに受け取ったリアムが素直な感想を漏らす。

 折角、何かしら情報を得られると思ってるのに! 余計なことを言っては・・・!



『ああ、新世界は澱みのない綺麗な世界さ。そこには不浄なる旧人類は不要なのだ』


「えー、旧人類って僕たち? 新人類(フューリー)って呼ばれてるのに」


『そう、今の地上に生きる全人類は須く旧人類だよ。高潔なる超人類は空から訪れるのだ』



 ・・・なぜかリアムと会話が成立している。

 そのまま話をさせてみよう。



「ええ、超人類って宇宙人なのー!?」


『その認識も誤っている。だが今は大いなる意志の助言を得ることだけが超人類の意志を知る唯一の方法なのさ』


「そうなんだー。超人類ってすごいんだね~」


「・・・その大いなる意志ってのが、あたしたちの動きを予想してるって?」


そのとおり(Exactement)! 何度も裏をかかれているお嬢さんはよく理解している』


「!!」



 こいつらだ。間違いない。

 ずっとあたしの動きを読んでいたやつ。


 こっちの動きを予測するなんて、いったいどうやって!?

 固有能力(ネームド・スキル)だとしても度が過ぎている。



「その超人類様に良いように使われているあんたたちも消されるんでしょう? それで良いの?」


『我々は新世界での生を約束されているのだよ。ははははは!』



 利用される者の常套句。

 欺瞞と裏切りの世界で何度も見て来た言葉。

 そんな口約束ほど心許ないものはないというのに、こいつは信じているのだ。


 結局、こいつらのやっていることは超人類とやらの尖兵となって人類の虐殺をすること。

 あたしたちが理解の及ぶようなところも、同情の余地も、1ミリもないということだ。



「・・・それで? 次は誰を狙うつもり?」


『ははははは! お嬢さん、もう遅いのだ。既に最終戦争(アーマゲドン)は始まっている』


「なんですって?」


『さて、楽しいお喋りの時間も終わりだ。冥途の土産に教えてあげよう。最後のターゲットは――』


「!! リアム!」



 全身の血の気が引いた。

 そいつの言葉が終わる前にあたしはリアムの手を引いた。

 生存本能が示すままに地下から全速力で階段を駆け上がる。

 幸いにしてリアムはあたしと阿吽の呼吸で動きを合わせてくれた。


 背後から身を焦がすような光と、熱と、叩きつけるような風圧が襲って来る。

 階段から飛び出した勢いで2、3ステップ駆け、空中にふたりで舞う。

 宙で耳を軽く塞ぎ、口を開け、そのまま滑るように地表に伏せる。

 対爆破の姿勢でその轟音と振動と、降ってくる瓦礫の痛みに耐え続けた。



 ◇



 轟音が過ぎ去ると静寂が訪れる。

 瓦礫に埋もれながらも五体満足であることを確認した。

 うん、大丈夫。特別に痛むところはない。



「リアム! 平気!?」


「うわぁ~、びっくりしたね!」



 あたしの相棒は相も変わらずだった。

 このマイペースなところが安心感を与えてくれる。

 こういう突拍子のない事態があってもペースを崩さないのが彼の長所だ。

 冷徹になりすぎるあたしのストッパー的な意味でも助かる。



「あはは、すっごい汚れちゃった!」


「ほっんとドロドロ。しばらく我慢ね、ホテルに着いたらゆっくりしましょ」



 がらがらと瓦礫から身体を起こしてぱっぱと埃や泥汚れを払う。

 友達と泥遊びをして大変だった、そんな雰囲気だ。

 楽しかったなぁと言わんばかりに笑顔を向けて来る彼に自然と笑みが零れた。

 最後の言葉で混乱しそうだったけれど、落ち着いて考えることができそう。

 やっぱりリアムはあたしの心のオアシスだ。


 あたしたちはもう誰も来ないであろう瓦礫の墓標を一瞥して、そこを後にした。



 ◇



 これで作戦はすべてコンプリート。

 報告を兼ねて一晩ゆっくりして、高天原への帰路に着くだけだ。

 元の道を戻り狙撃を行った側の山に停めてあったバイクに跨った。

 シェル〇製のBパンサー2210に火を入れる。

 ふたりでヘルメットを被りゴーグルをつけた。



「今日はどこに泊まるんだっけ?」


「ハンブルクよ。終わったらここって、姉貴が手配してくれてるから」



 PEで姉貴にコンプリートの速報だけ入れてから。

 最新鋭の電動モーターが小気味良い回転音をあげた。


 伝統あるオフロードバイクメーカーのフラッグシップは軽快に傾斜を下った。

 迫る木々を避けながら道なき道を駆け抜け、30分ほどで国道へ到達する。

 そこからアウトバーン7に乗ってハンブルクを目指した。

 2人乗りオフロード車で大した速度は出ないけれど一般道よりは圧倒的に早い。


 ところでドイツには通りかかるバイク同士、手を上げて挨拶をする慣習がある。

 高速走行中にリアムが両手をぶんぶんと振るものだから相手が驚いていた。

 動揺してふらふらしていたバイクもいた。運転を誤らなければ良いのだけれど。


 1時間もするとハンブルクの市街地へ到着した。

 前に来た時よりも車数が多い。

 アウトバーンの外側に見える道路がところどころ渋滞していた。

 空を飛んでいる車の台数も多い。

 まだ午前中、しかも平日だ。

 こんなに車が出入りするというのも珍しい。

 何かイベントでもあるのだろうか。


 ハンブルクの中央を流れるエルベ川。

 21世紀末ごろ温暖化による海面上昇で市街地が水没するにあたり、ドイツは国策として大事業を行った。

 すなわちエルベ川を中心とした巨大な運河へと街全体を造り替える工事である。

 その結果、現在では欧州随一の港として機能しているのだから先見の明があったといえる。

 国王のアンハルト一族が大戦中からその事業を引き継いだ。

 戦争での疲弊で終わらないと思われた事業を完遂させたわけだから大したものだ。


 ・・・姉貴はその王子様と懇意なのだったか。

 将来は王女になる可能性もあるなんて、ほんとうに高貴な人。

 スラム出身のあたしがこうして姉貴と交流できているだけで奇跡のようなものだ。



「うわぁ~、すっごいね! おおきな橋!」


「あれがこの大運河を潜る唯一の橋『アンハルトの翼』よ。このまま向こう岸まで行くわ」



 川を越える道路は、かつてのトンネルから巨大な橋へと造り替えられた。

 翼を模した装飾がアーチ構造そのものになっている、ハンブルクの象徴的な橋。

 アンハルト王朝の権力を示す巨大な建造物が、墓や宮殿などではなく橋という点は評価できる。

 少なくとも向こう100年はこの街の人間が日常的に目にする代物なのだから。


 アウトバーン7をはじめほかの道路や線路もこの橋に組み込まれている。

 なにせ運河の川幅は5キロメートル近い。

 ここを通らなければ向こう岸まで行けない。


 橋の上の高速道路から嵌めっぱなしだったゴーグルを外して運河を眺めた。

 汽水域の静かな湖面が煌めいて、輝かしい未来を運んで来るかのように錯覚する。

 少しだけ汚れた何かを洗い流せたような気がした。



「あ、見て! あそこ、おっきな船だね!」


「あれは・・・」



 白を基調とし、朱色のラインが何本か走っている船体。

 艦橋にある複数のレーダー装置が警戒を怠らぬ威勢を見せびらかす。

 それにより補足した相手を撃ち抜くための多数の砲門。

 42センチの巨大な口径がその船の力をそのまま示していた。



「戦艦アドミラル・クロフォードよ。大西洋に配備されていたはずなのに」


「へぇ~! クロフォードってソフィアのお家だよね? お家の名前がついた船なんて凄いなぁ」


「そう、姉貴の一族の功績は船になるほどなのよ」



 おおよそ戦艦らしからぬ華美なその姿は人の目を奪う。

 姉貴自身がその船の所有者であると錯覚するかのように。

 魔物を相手にするならば、無骨な灰色の迷彩効果など不要。

 人間が相手ではないとの主張や拘りを感じる装飾だった。


 何隻か随伴している駆逐艦や巡洋艦が、その戦艦の巨体さを強調している。

 現在のドイツ海軍の象徴ともいえるこれらの船の雁首を並べれば川を渡れそうだ。

 でも、そんな巨大な戦艦で川上の王城へ凱旋しようとするとこの橋の下を潜れない。

 あたしにはそれが痛烈な皮肉に思えた。



 ◇



 姉貴に指定されたホテルでひと息ついた。

 順にシャワーを浴びてシャンプーのフローラルな香りに包まれると表の世界に戻った感覚になる。

 ちょうどお昼時。まずは食事だと、リアムと一緒にホテルのレストランへ入った。

 仕事(・・)を終えた後の、昂ぶった神経を鎮めるための時間でもあった。



「これ、美味しいね!」



 パプリカやキャラウェイといった野菜が入ったスパイシーな牛肉トマトスープ。

 ドイツから東欧でよく食べられている家庭的なスープだ。



グラーシュ(Gulasch)よ。マジョラムの香りが良いでしょ」


「うん! ドイツ料理ってソーセージとかハムばかりかと思ってたよ!」


「ふふ、そういう保存食は朝晩の食卓に乗るの。お昼は温かい料理が中心よ」


「そうなんだ。ちょうどお昼で良かった!」



 外国人向けの高級ホテルだから時間帯や習慣なんて気にしなくてよいはず。

 そしてお抱えのシェフが大抵の料理を作ってくれるはずだ。

 何なら自動調理機も使われているので、他国のマイナーな料理にも対応できる。

 それでもこの国の習慣は大きいようで、周囲のテーブルで冷えた料理を食べている人はいなかった。



「携行食は味気なかったから、こうして温かいと落ち着くわ」


「うんうん! ジャンヌと食べてるからとっても美味しい!」


「な、なに恥ずかしいことを自然に言ってるのよ」


「え~、好きな人と食べるごはんって格段に美味しいよね!」


「も、もう・・・あたしもそう思うわ」



 不意打ちに赤くなってしまう。

 頬が熱いのを自覚してしまった。

 こう、あけすけに好意も言えるあたり、彼が米国人であると思う。

 すっかり日本的な恥の感覚に慣れてしまった自分が恨めしい。



「ねぇリアム。あんた、武のことはどう思ってるの?」


「武くん? 彼は大好きな家族だよ!」


「家族、ねぇ。それじゃあたしは?」


「ジャンヌは僕の1番だよ!」


「~~~! あ、ありがと。あんたも、あたしの1番だよ」


「あはは、嬉しいなぁ~! 両思いだ、よろしくね!」



 栗毛色の眉を上げて、幸せそうににこにこと微笑むリアム。

 その笑顔に癒やされる自分の心を感じる。


 彼に心を撃ち抜かれたのはあたし。

 高天原学園での何気ない日常の積み重ねが冷えたあたしの心を溶かしてくれた。

 あたしは持てる力を以て、彼との幸せを育てていこうと思った。



「あれ、ジャンヌ、もしかして食欲がない? お料理冷めちゃうよ?」


「ううん。あんたのその食べる勢いに驚いてるだけ」


「そっかあ。ゆっくりで良いよ! 僕、デザートも食べたいから」



 その小柄な身体のどこに入っていくのか。

 麺類が好きなはずの彼は舌鼓を打ちながらドイツ料理を楽しんでいた。

 こんな一面も愛おしいと感じる自分に改めて驚きながら。



 ◇



 ふたりきりでゆっくりしようね、とウキウキのリアムと部屋に戻った。

 あれもしよう、これもしようと元気に騒いでいた彼。

 ベッドに腰掛けてふわぁと欠伸をすると疲れていたのか早々に眠ってしまった。


 あどけなさの残るその寝顔に心をくすぐられながら。

 今回の作戦で生臭い役割をさせることなく終えられたことに安堵する。

 人を直接に殺める経験はあたしひとりで十分だ。

 大きな十字架を背負うには彼はあまりに純真だから。


 あたしはその純真な部分を作っている最中だ。

 そんな自分を顧みて自嘲してしまう。

 作り上げた純真さにあたし自身が踏みつぶされる日が来るのかもしれない、と。


 あたしの家族は元気だろうか。

 先日、穏やかな日々を送っているという連絡はあった。

 近くまで来ているのだから顔を出しても良いかもしれない。

 あたしの中にもともとあった薄汚れた純真な部分を確かめるために。


 今更な感傷に首を振って姉貴へ連絡を入れようとPEに手を伸ばした。

 ボタンを押そうとしたところでちょうどその姉貴からの連絡が入った。

 呼び出す手間が省けた、とそのまま応答を開始する。



『ああ、ジャンヌ様! ご無事で何よりですわ!』



 PEの画面が繋がり鮮明に姉貴の顔が映し出される。

 と、すぐに挨拶もなく慌てた様子で声をかけてきた。

 速報を入れていたのに開口一番、心配をされるなんて。

 あたしの能力はそんなに低く見積もられていたのかしら?



「あはは、あのくらいの相手で死ぬタマじゃないよ」


『いえ、そうではなく! 戻られたばかりですの? まだのようでしたらニュースをご覧になって!』


「ニュース?」



 言われるがままPEで別画面を開き直近の地域ニュースを確認した。

 するとどうだ、どの報道記事も似たような単語を列挙している。

 「魔物の侵攻」「世界戦線の危機」「人類の終焉」。

 これまでに教科書や歴史書でしか見たことがない事象ばかりを。



「・・・え!? 魔物の侵攻!?」


『世界戦線からだけではなく、世界各地の魔力溜まりから魔物が出て来ておりますの!』


「ちょっと、どういうこと!? 魔力溜まりからは魔物は生まれないんじゃないの!?」


『ジャンヌ様、落ち着いて聞いてくださいまし。今は原因究明をする時間はございません』



 姉貴は声のトーンを落とした。

 がらりと変わった雰囲気のおかげであたしの思考も水面へ戻ってくる。



『このままでは諸々の理由で自由に動けなくなりますわ。至急、お示ししたポイントへ動いてくださいまし』



 姉貴は冷静な声で指示をしてくれる。

 おかげであたしは落ち着いてそのための手段を検討することができた。


 PEの画面に座標が示される。

 今いる場所から徒歩でも行ける範囲だ。

 そこへ行くということは――。



「・・・わかった。すぐにここへリアムと一緒に行けば良いのね」


『ええ。わたくしもそちらへ向かいますわ』


「え! 姉貴も!? 姉貴、今、どこにいるの?」


『間もなく極圏高速鉄道(ノースポールトレイン)でハンブルク中央駅へ到着予定ですの』


「はぁ!? どうして姉貴までこっちに来てるの!?」



 偶然なのか何なのか。都合が良いのか悪いのか。

 それでも現状ではこれが最善手だろうと思われた。

 このままではいずれ移動でさえ制限がかかってしまうのだから。



『とにかく詳しい話はそこで。急いでくださいまし!』


「了解。姉貴も気を付けて!」









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