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『こちら101部隊。本部どうぞ』


『ザザ・・・101部隊・・・聞こえ・・・いる。随時連絡・・・ザザ・・・何かあったか?』


『第1目標の40階に到達した。残念ながらターゲットは未入手のままだ』


『・・・残念だ・・・ザザ・・・作戦を第2段階に・・・する』


『ターゲットを探しつつ、潜れるだけ潜って有用なアーティファクトを探す、だよな』


『うむ・・・わかっていると・・・ザザ・・・以降はこの・・・通信・・・使えない。交信は・・・ザザ・・・最後と思え』


『わかった』


『・・・ザザ・・・補給なりで・・・今のポイントに・・・たら必ず連絡を・・・。ザザ・・・把握したい』


『了解。んで、もうこれ以降の補給基地(セーフポイント)に食糧備蓄がないんだっけ?』


『そうだ・・・ザザ・・・前人未到だからな。・・・情報もない・・・ザザ・・・君の知識も・・・だろう? ・・・に無理はするな』


『わかってるよ。引き返し判断はどうする?』


『・・・ザザ・・・敵から1度でも・・・ような事態になったら・・・ザザ・・・継続はするな』


『敵の強さ的にはそうだよな。距離的には?』


『ザザ・・・手持ちの食糧が3分の2を・・・ザザ・・・だ』


『ああ、復路のトラブルも見越してだろ。こっから持ち出せるのは・・・30日分くらいか』


『うむ・・・おおむね往路は・・・が限界だろう。ザザ・・・1か月近い、時間的にも・・・ザザ』


『了解。んじゃま、45階を目標に頑張りますか』


『・・・ザザ・・・君の判断に任せる。・・・ああ・・・速報だ。大西洋・・・所属、戦艦アドミラル・クロフォードが・・・ザザ・・・寄港したそうだ』


『ようやく動いたか。今からならもう追いつかれる心配はなさそうだな』


『・・・ザザ・・・、幸運を祈る』


『あいよ。ぼちぼち帰りの準備をしといてくれよ』


『ザザ・・・成果があろうがなかろうが・・・ザザ・・・労いができる準備は・・・』


『ははは、何かしら期待に添える結果は出すよ、楽しみにしててくれ。そんじゃな、通信終了(オーバー)



 ◇



 凛花先輩が怪我をした。

 首無しの騎士、デュラハンに斬られたのだ。

 左腕を肘から斬り飛ばされるというスプラッタ事件。

 そのとき俺は祝福(ブレス)を忘れていて動揺してしまい、すぐに身体再生(ヒーリング)ができなかった。

 幸い、デイジーさんが対応してくれて事なきを得た。

 補助魔法のかけ忘れなんて、あまりに稚拙。

 危険な場所だからこそ基本を守らないといけないのに何をやってんだ俺は。

 デイジーさんの話を聞いたというのに同じ過ちを犯している。


 既に凛花先輩がいるから楽勝という雰囲気はなくなっていた。

 敵の体力も相当なもので凛花先輩の能力を以ってしても一撃では始末がつかない。

 デイジーさんとふたりがかりでようやく倒せるくらいだ。

 「亲爱的武(ダーリン)はいざというときのためしっかり控えててくれ」

 「武様をお守りするようシスター澪から引き受けておりますので」

 いつの間にかデイジーさんと立場が逆転していた。

 これまでは楽勝だから好きにさせていよう、ということだったのか。

 改めて自分の実力不足を痛感する。


 女の子にこう言われて守られているこの構図。

 やはり頭のどこかで学園生たちは皆、年下に考えてしまう。

 俺がしっかりとリードしなければという意識がどこかにあった。

 おかげで男としての、大人としての何とも言えぬ不甲斐なさに苛まれている。


 この世界に来て、これまで散々に苦労して、それでいてこの結果。

 これじゃ魔王攻略時に参戦するといっても何もできねぇじゃねえか。

 やっぱり俺はモブだったぜ、と自虐するくらいしかできなかった。



 ◇



 そうして危険を何度か乗り越えて5日目。

 前人未踏の、俺にとっても未知の世界、45階に到達していた。

 相変わらず「キズナ・システム」は見つからない。

 諦め切れないので、まだ、まだ、と奥へ進んでしまっている。

 敵が強すぎるので純粋に生命の危機を感じていた。


 もう「キズナ・システム」は無いものとして割り切ったほうが良い気がしていた。

 当初に立てた俺の戦略が間違っていたと認めざるを得ない。

 無いなら無いなりに考えたほうが良い。

 諦めるのが早いほうが善後策も立てやすいというものだ。


 ・・・これ、ラリクエがラリクエしてねぇのはもしかして俺のせいなのか?


 現状、闘いの役に立たない俺が活躍できるのは未だ通用する知識だけだった。

 拾ったアーティファクトをその場で知っていれば鑑定できる。

 魔物のゲーム上の攻略方法も知ってる敵なら弱点を指示できる。

 それだけが俺がここにいる意義だった。


 実際、いくつか有用なレアアーティファクトを発見していた。

 炎や吹雪、雷といった属性攻撃をそれぞれ無効にできるマント、『虚無の外套』。

 炎と雷の1枚ずつ見つかったので、凛花先輩とデイジーさんに身に着けてもらっている。

 対象物の時間を巻き戻せる奇跡のゼンマイ装置、『時の歯車』。

 これはソフィア嬢が前に持って来たアレだ。

 他にも『影縫いの短剣』、『無限斬』、『龍の指輪』等。

 攻略時にあると楽になる物品を拾えていた。

 そういう意味で作戦を遂行できている。

 俺の存在意義を肯定してくれる唯一の事項だった。



「はぁ、はぁ、はぁ。ああ、疲れたぞ!」


「はあ、はあ・・・きつくなりましたね~」


「お疲れ様。何か飲む?」



 向こうでの戦闘が終わってふたりが戻って来る。

 端で良い子にしてた俺はふたりを労うことくらいしかできない。



「ああ、熱い茶が欲しいな」


「ワタシは武様の熱いものをいただけるとウレシイです~」


「・・・ふたりともお茶ね」



 俺は反魔結界(アンチフィールド)を張ってお茶を淹れる。

 結界のおかげでこうしてどこでも警戒を解いてリラックスできる状況を作れるのが良かった。

 そうでなければとっくに緊張感で押しつぶされていただろう。



「なぁ亲爱的武(ダーリン)、そろそろ戻ったほうが良いと思う」


「ワタシもそう思います。成果も十分出たのではないでしょうか」



 お茶を飲んでいるとふたりが俺を見て言った。

 どうやら同意見らしく、俺を説得するタイミングを見ていたようだった。



「本当に欲しかったものは見つからねぇけど・・・仕方ねぇか」


「これで十分だろう? 一部属性とはいえ無効化できるマントなんて見たことないぞ」


「魔力回復を手助けするこの『龍の指輪』も素晴らしいです~」


「・・・ああ、そうだよな」



 ふたりは俺を助けるよう言われただけで、作戦の全貌を把握していない。

 つまり「キズナ・システム」がどれほど有用かを知らないのだ。

 でも見つからない、存在しないなら俺の妄想であっただけの話。

 こうして少しでも戦力アップに繋がるアイテムが見つかっただけ御の字というもの。


 もう今後のことは頭の良い会長や聖女様に考えてもらうほうがいい。

 もはや俺が知識無双できる時間は終わったんだ。

 本気で一般人に戻るときが来たということだ。

 戻ったら部屋の片隅で魔王討伐されるのを震えて待つことにしよう。



「うん、帰ろうか。余裕のある元気なうちに戻ろう」



 俺は切り上げを決断した。

 すると真剣な表情をしていたふたりが安堵の表情を浮かべた。

 それを見て、俺は遣る瀬無い気持ちになった。


 ふたりは会長や聖女様の命令に従って頑張ってくれていただけだ。

 ほんとうはもっと早くに引き返したかったのだろう。

 それを俺が強要してしまっていた。


 ああ、どうして気付かなかったんだ。

 俺はラリクエ知識が唯一のアドバンテージで、それにしがみつこうとしていた。

 その結果、彼女らをこうして危険に晒してしまっていたのだから。

 可能性に縋ってしまっていた自分に強い憤りさえ感じた。



「ごめん。ほんとうにすまねぇ、もっと早く言ってれば良かった」


「いいえ~。貴方の手助けが皆を救うと聞かされていますので」


「そうだぞ。アレクも亲爱的武(ダーリン)が鍵だからよく言うことを聞くようにって言ってたからな!」



 ・・・それ、やっぱ命令されてたからじゃん。

 くそっ! 無茶して出て来て、結局の成果がこれかよ!

 自分の鈍感さを叱るのはもういい、とにかく無事に皆で帰還してから考えよう。

 そう決意してお茶の片づけをしていたときだった。


 ビシ。

 ビシ、ビシ、ビシ。


 背中を強く押されたかのように衝撃が走る。

 これは・・・反魔結界(アンチフィールド)に衝撃が加わったときの感覚。

 俺の張っている結界に何かが力をかけている!



「ふたりとも! 敵が来た。前方からだ!」



 結界を破ろうとしているのだから敵はこっちに気付いている。

 解いた瞬間に襲って来るのだから逃げられない。

 迎撃態勢を敷いて闘うしかない。



「おし、十分に休んだ。アタイはいつでもいいぜ」


「ワタシもいけます~」


「解くぞ!」



 OKが出たので結界を解く。

 すると、ずしんずしんと地鳴りがした。

 大型の魔物と何度か遭遇したけれど、この重みは初めてだ。

 つまり会敵したことがない相手ということ。


 緊張が走る。

 上の階層のころみたいに余裕などなかった。

 凛花先輩もデイジーさんも前方の暗がりから目を離さない。

 未知の魔物が来る可能性だって十分にあるのだから。



――Gurururururu・・・



 地鳴りのような低い唸り声がした。

 犬のような、狼のようなそれは、音程の低さから巨躯であろうことは想像できた。



「あ・・・」


「デイジーさん?」



 その唸り声を聞いたデイジーさんが小さく声をあげた。

 いつも飄々とした雰囲気のデイジーさんらしくない。



「あ、ああ・・・」


「どうした、デイジー」



 目は前方に向けながら声をかける凛花先輩。

 後ろに控えていた俺は、デイジーさんが震えていることに気付いた。



「え・・・どうしたんだよ、デイジーさん!」


「ああ、あれはぁ・・・!」



 ガクガクとその場にへたり込むデイジーさん。

 俺が慌てて駆け寄るのと、目の前の巨体が姿を見せたのは同時だった。



「・・・ケルベロス!!」



 3つの頭に紅い瞳。

 人間をひと飲みにできそうな口からは刀のような鋭い牙が見える。

 脚が6本あり、一見、突然変異で生まれた個体なのかと思ってしまう。

 何よりもその巨体。

 高さだけで俺の倍以上ある。4、5メートルくらいだろうか。

 爪や牙もだが、その質量差そのものが脅威だ。



「ああ、あああ・・・」



 悲鳴をあげることもできず、ただ震えるだけのデイジーさん。

 まだ祝福(ブレス)は効いてるはずだ。

 それよりも強い感情なんて、もしかしてトラウマ的なやつか!?

 恐怖しちまって動ける雰囲気じゃねぇぞ!

 このまま戦闘に入っちまったらヤバい。

 彼女だけでも下げないと!



「凛花先輩、デイジーさんを連れてく! 時間稼ぎを頼む!」


「わかっ・・・!? 亲爱的武(ダーリン)!!」



 俺がデイジーさんに肩を貸そうとしたところで。

 ケルベロスはその大きな口から火球を吐き出した。

 真っ直ぐにこちらへ向かってくるそれを凛花先輩が飛び出して向かっていく。



「うおらぁ!!」


「凛花先輩ぃー!!」



 俺たちを庇って彼女は等身大の火球に向かっていく。

 あれじゃ燃えちまう!

 大声で叫びながらも、何とかしなければと彼女の姿を目で追う。

 ぶつかる、と思ったところで彼女は生身で火球に抜き手を放った。

 するとどうだ、火球はそのまま凛花先輩の手前で霞のように四散していった。



「・・・具現化崩壊(リアライズ・ディケイ)!? すげぇ!」


「早く行け!! 何度も出来ないぞ!!」


「ごめん! 頼む!!」



 文字通り後ろ髪を引かれる思いだよ!

 震えるデイジーさんを引きずるようにして俺は来た道を引き返した。

 後ろでケルベロスと凛花先輩がどごん、ずどんと激しい戦闘音を立てる。

 くそっ、少しでも早く離脱しねぇと!


 振り向きたい気持ちを抑え込み必死にデイジーさんを引っ張って下がる。

 何度か角を曲がり、戦闘音が聞こえない位置まで来た。

 往路で通って来た大きめの部屋になっているところだ。



「デイジーさん! しっかりして!」


「ああ、あぁぁ・・・」



 視線が泳ぎ身体は震えて呻き声を漏らしてばかり。

 教えてもらったあの事件が完全にトラウマになってんだ。

 早く凛花先輩のところへ戻りたいけど、こんな状態の彼女を放置なんてできねえよ。



「どうすりゃ良い・・・!?」



 ぼやいたところで帰還する方向に何かが動く気配。

 まさか別の魔物か!?

 デイジーさんを支えながらそちらを見る。


 ずしん、ずしんと、さっきよりも強く地面が揺れる音。


 おい、やめろ。

 退路に大型の魔物とかシャレにならねぇぞ!



――Guwooooooooo・・・



 地鳴りのする太い声と共に見えたもの。

 山のような甲羅に、黒光りする竜鱗に覆われた頭と脚。

 大きさは軽くケルベロスの倍。

 亀のように見えて頭の部分が牙のある凶悪な爬虫類の顔つきをしている。



「嘘だろ・・・! 地竜かよ!!」



 この状況で、まさかの地竜。

 俺に倒せるわけがないし、凛花先輩がいたとしても倒すのは怪しい。

 いや、凛花先輩なら気合でひっくり返してその間に逃げる手はあるかもしれない。

 でもそれを頼れる状況じゃねぇ!



――Gyarururururu・・・



 地竜の両目が俺を捉える。

 しっかりと目が合った。

 こんなゴミみたいな存在、見逃してくれませんかねぇ。

 そう願ったところで、気付かれてるし逃さねぇって顔してる。


 選択肢は逃げる1択。

 この広い部屋じゃなくて通路まで戻ればあいつは追って来れねぇ。

 とにかくもういちど引き返すしかない!



「こっちだ、頑張れ!」



 俺はふたたびデイジーさんを引きずるように走り出した。

 さっき走って来たあの通路、あいつの入れないところに・・・!

 距離にして数十メートル。

 早く、あそこへ!


 数歩、地面を蹴ったときだった。

 どごおぉぉぉん、と強烈な振動が地面を襲った。

 突き上げるような大地震。

 激しく縦に横に揺れ続ける地面。

 足を取られ俺は転倒してしまった。



「うぐっ!! 大震撃(クエイク)からの行動不能状態(スタン)・・・!!」



 ラリクエ(ゲーム)で地竜が使う反則的な技のひとつ。

 油断すると全滅一直線な技だ。

 まさか自分自身で体験するなんて思ってなかったYO!


 デイジーさんと共に地面に伏して揺れが収まるのを待つ。

 そして収まったのを見計らって彼女を引っ張り立ち上がらせて。

 全力で・・・!



「うおおぉうっと!! ですよねー!!」



 駆け出した前方。

 地面からじゃきん、と岩の槍が飛び出す。

 地竜の地槍撃(アースグレイブ)だ。

 サラマンダーのときの槍衾の経験が役立った。急ブレーキでギリギリ回避した。

 って、これじゃ逃げ道を塞がれてんじゃん!!


 振り返るとずしんずしんと迫る地竜の顔。

 立派な鱗から覗く目がぎょろりと俺を見ていた。

 幸い、反省の結果の祝福(ブレス)が効いているので恐慌状態になることはない。

 でもよ、これ詰んでるやつじゃね?


 地竜を倒す手段はない。

 逃げ道も塞がれた。

 デイジーさんを抱えて素早くなんて動けねぇ。

 頼みの綱の凛花先輩もケルベロス中だ。

 どうすんだよこれ。


 この位置。

 地槍撃(アースグレイブ)が来るか、地竜に喰われるか。

 ラリクエ(ゲーム)でも絶対にダメージ受ける状況だよ!

 ここで俺にできることなんてひとつしかねぇ!



「――静謐を齎す雄大なる護りの力よ、ここに。 反魔結界(アンチフィールド)!」



 移動せずにデイジーさんを守るには防御!

 全力で結界を張る。後先考えていたら質量差で吹き飛ばされる!

 張ったと思ったら直後に衝撃が走った。



 ばちいいぃぃぃん!


「ぐうぅぅぅぅ!!」



 地竜が地槍撃(アースグレイブ)を真下から放ってきたのだ。

 結界の球体ごと、俺とデイジーさんは吹き飛ばされる。

 魔力差はあまりないのか相殺だった様子。

 勢いだけ貰ってしまったようだ。


 そんなのんびり把握できるのは飛ばされてるから。

 飛んだ先は往路とも復路とも遠う壁。

 ぶつかる! 危ねぇ!



「きゃあ!」


「ぐっはあぁぁぁっ!!!」



 飛ばされた勢いそのままに壁へと叩きつけられる。

 必死にデイジーさんを庇って壁の間に入ったので彼女は無事。


 衝撃のあまり、胸が潰されぐきりと鈍い感触がした。

 あ、だめ、これ。

 さくらに投げられたときよりやばい。


 不味い、呼吸が止まってる!

 空気を求め、動かない肺を使って口だけぱくぱくと動かす。

 ああ、意識が飛ぶ・・・!

 走り抜ける鈍痛に思考が侵食され、意識がぼうっとしてくる。


 叩きつけられた壁から地面に崩れ落ちていく。

 四つ這いになり気合で意識を保ち頭を上げた。


 ここで飛んだら地獄まで一直線だぞ!!


 酸素が不足している脳で、必死に意識を繋ぐ。

 隣に庇ったデイジーさんの姿が見えた。

 立ち上がっている。

 地竜を見て、そしてこちらを見ていた。

 驚いたような表情で何か言っている。

 ああ、良かった。正気に戻ったのか。


 彼女の声が聞こえていないことで、耳が聞こえていないことに気づく。

 きんとして音が掴めない。

 俺は「逃げろ」と口にした。

 音がよくわからないので発音できたかどうかも怪しい。

 自分の言葉が聞こえないのなんて、南極のあれ以来だな。


 視界が狭くなっていく。

 あもう駄目だな。詰み。

 なんだよ、死因は魔王じゃなくてアトランティス探索かよ。

 どうせ死ぬならラスボスまでは行きたかったかな。

 こんなん、無駄死にじゃん。


 視界がぐるんと回る。

 デイジーさんが俺を担ぎ上げたようだ。

 走り出した彼女はとても速かった。

 すげえな、おい。男ひとり担いで走れるんだぜ?


 ああ、そういえば力があるんだったな、デイジーさん。

 凛花先輩と水に落ちたときも引っ張り上げてくれたし。

 敵を十字架で弾き飛ばしてたし。

 だから「破壊のヴィーナス」なんて渾名なんだよ、うん。


 途切れ途切れの思考はどうしてか冷静だった。


 彼女が俺を軽々担ぎ、全力で動いても。

 疑似化による身体強化に及ぶわけもなく、地竜の攻撃範囲からは逃げられない。

 視界の端に地竜の頭が見えた。

 そして大きな前脚が振り上げられて、それがこちらに向かって来る。

 「危ねぇ」と口にしたけれど、果たしてそれは音になったのか。



 そして俺の意識はそこで完全に途絶えてしまった。








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