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――27階
「どぉうあああぁぁぁ!? 走れぇぇ!!」
「きゃあ~。危ないです~」
「緊張感なさすぎだろ!?」
発動した罠は、通路いっぱいの大岩が転がってくるやつ。
古典的ながら分岐のない直線の道で出現すると普通にやばい。
「つか凛花先輩! 踏んだんだから何とかして!!」
「あ~、よし飛び退け!」
発動させてさっさと逃げて先頭を走っている凛花先輩。
製造者責任を問うと、おもむろに振り返り腰を落として構えた。
俺たちはその横を全力で駆け抜ける。
「破っ!!」
俺とデイジーさんが通過すると同時に、凛花先輩が丹撃で岩を粉砕した。
ばあん、と派手な音とともに岩は細かな破片となって四方へ飛び散る。
壊せんなら最初から壊してよ・・・。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・そろそろ慎重に行こうぜ・・・罠で無駄な体力を消耗したくねぇ」
◇
――32階
「うぉあ!? やばやばやば!!!」
「あらあら、危ないですよ~」
廊下に雷が落ちる轟音が響く。
背中の棘から雷撃を放つハリネズミの集団から俺は逃げ回る。
ピ〇チュウ大発生中じゃねえんだから!
団体様お断り!!
「亲爱的武、そのまま逃げ回っててくれよ!」
「ぎゃあぁぁ! は、早くやって!!」
なぜか俺ばかり狙われる。
なんで俺がヘイトを稼いでんの!?
デイジーさんに攻撃がいかねえのは良いんだけどさ。
凛花先輩が端から順に倒してくれて何とかなった。
既に俺が闘っても足手纏いになることが多いこの状況。
俺:囮、凛花先輩:主力、デイジーさん:守られる人。
そんな構図が完成しつつあった。
これ、凛花先輩の疑似化なかったら既に死んでる案件。
◇
――36階
「うお、マジか! やった!」
「なんだ、それ?」
「これ、エンジェルストーンだよ! 即死攻撃で死ななくなるやつ!」
歩いていてきらりと光る小さな石を見つけた。
よく見れば、かつて先輩に貰ったアレだった!
「それは良いですねぇ。武様がお持ちになるとよろしいです」
「え? なんで俺?」
「亲爱的武がいちばん死にそうだから」
示し合わせたようにうんうんと頷きあうふたり。
「ここから先はアタイも知らない領域だ。もっと危ないことが増える」
「だったら罠ばっか踏んでないで、そうならねぇように立ち回ってくれよ・・・なんかいつでも死ねそう」
どうしてか、ヘイトを稼ぐのも罠で被害に遭うのも俺が中心だった。
無駄に恐怖耐性ばかりついていく。
死なないためには良いんだけどさ、なんか納得いかねぇ。
「キズナ・システム」を見つけられないまま、奥底目指して進んでいった。
◇
■■ソフィア=クロフォード’s View■■
ジャンヌ様に身を喰らう蛇の後始末をお願いしてから半月。
わたくしはひとり、食堂で紅茶を嗜んでいた。
通りがかる生徒たちがわたくしを一瞥して過ぎていく。
ある者はじっと目を釘付けにし、ある者は通り過ぎてから振り返る。
その表情からわたくしの美貌や端麗さに目を奪われていることがわかる。
ふふ、日々の自分磨きの成果が花開いている。
これがわたくしをわたくし足らしめる矜持。
でも。
今はそれも空回りの気分。
武様にはじまり、レオン様、結弦様まで休学のうえ「用事」とのお話。
わたくしのターゲットたちが不在なのだから。
おそらくは武様に合わせた動きなのだろうけれど。
同じ時期に重なる不自然さを感じる。
聖堂での屈辱を晴らそうにも澪様も不在。
わたくしの預かり知らぬところで話が進んでいることが焦燥感を募らせる。
皆様にさくら様をよろしく頼まれているため動くに動けないわたくし。
取り残された感が満載だわ。
唯一、高天原に残っているそのさくら様。
香様が来た翌日から朝に部屋から出て1度だけ食事をして戻るという日々を過ごしている。
授業も受けず引きこもってばかり。
前みたいに命の危機はないとはいえ、別の理由で心配になる。
それに体力を消耗した影響もありそうだけれど度が過ぎる。
何度か食堂でお声をかけてもなしのつぶて。
いよいよ力づくでも、という気になっていた。
このままではわたくしの無駄遣いだわ。
このあと、直接にお部屋の戸を叩いてみようかしら。
◇
そうしてさくら様のお部屋へやって来た。
さぁ、わたくしの有効活用のため動いてもらいますわよ。
――コンコンコン。
・・・緊張するわ。
どんな顔をして出ていらっしゃるのかしら。
皆に迷惑をかけて申し訳無さそうな顔?
前向きになれず無気力な顔?
思考の邪魔をされて怒った顔?
何かあってもわたくしひとりで対処しなければいけない。
もう香様だけでなく、誰も頼ることもできないのだから。
・・・。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・遅い。
おかしいわ、反応がない。
部屋にはいるはずなのに。
――コンコンコン。
・・・。
・・・・・・。
やはり反応がない。
どうする?
待っていても出てこないのだから。
鍵はどうかしら?
――がちゃり
開いた!?
閉まっていなかった!
わたくしはそのまま扉を開けた。
ここで開けない選択肢などない。
そして恐る恐る中を覗く。
すぐ眼の前にあったさくら様の顔。
前よりも不健康にほっそりとした頬。
少しだけ窪んだ彼女の目がぎょろりと動き、わたくしの瞳を映した。
「ひ、ひぃっ!?」
「・・・・・・」
無表情!?
いったい、どうしてそんな場所に!?
そ、想定していない状況だわ!
こ、これはどうすれば・・・!?
「・・・ソフィアさん」
「は、はい!」
「お腹が・・・」
「?」
「お腹が空きました」
◇
シトリンに輝くモンブランのケーキ。
ルビーを散りばめたようなイチゴタルト。
雪の中から取って来たようにホワイトのかかったチョコバナナパフェ。
テーブルの上には所狭しと甘味がひしめき合っていた。
「あ、ホットケーキを忘れていました」
「まだ注文いたしますの!?」
お部屋から出てきたさくら様。
急に覚醒したように「お腹が空きました」と食堂へわたくしを引っ張った。
そうして注文を始めて今に至るのだけれど・・・。
ひととおり注文を終えると挨拶をしてそれらに手を付けた。
スイーツの山の向こうで一心不乱に食べ進めている。
とろりとバターの溶けたホットケーキをナイフで切り分けながら。
これでもかとたっぷりとメープルをつけて口へ運んでいくそのお姿。
見ているこちらが胸焼けしそうだわ。
いったいこれだけで何キロカロリーありますの?
「あ、あの。ほどほどになさったほうがよろしくて?」
「止めません! こんなものでは足りませんから!」
わたくしたちはまだ成長期。
半月の断食や粗食でどれくらいのエネルギーが不足し空腹に襲われるのか。
その反動で量が増えることも理解はできる。
それを取り戻すためとはいえ・・・。
その姿を見てわたくしが罪悪を覚えてしまうのはどうしてなの?
戦々恐々と彼女の様を眺めるだけ。
「ソフィアさん!」
「は、はい!?」
これまでに見たことがないほど、さくら様の瞳がぎらりと光る。
その有無を言わさぬような気迫に思わず返事をしてしまった。
「カフェオレを! 砂糖マシマシでお願いします!」
「は、はい! ただいま!」
おかしい。どうしてわたくしが給仕をしているの?
次々と平野となっていく机の上は焼野原を連想する。
あれよあれよと器が空になっていく。
「・・・あの女狐・・・許さない・・・」
たまにぶつぶつと恨み節が口から洩れているのも気になるわ。
・・・恐らくは香様のこと。
「気に食わないかもしれない」と仰っていましたが、いったい何をお話されたの?
過程はともかく元気になったことは安心だけれども、どうにも釈然としない。
わたくしが呆気にとられているうちにスイーツは全滅していた。
平らげて落ち着いたのか、いつものさくら様のご様子になる。
・・・こうも元通りになっていらっしゃるのがかえって不気味だわ。
「あの、さくら様?」
「ソフィアさん、聞きたいことがあります」
「はい」
ああ、そうだ。
まだ皆様の状況を把握していらっしゃらないのですわ。
どこから説明差し上げたものか・・・。
「武さんはどちらへ行かれたのですか?」
そうか、さくら様は修行とさえ聞いていないのね。
でもきっと、彼が遠いところへ行ったことはわかっていらっしゃる。
・・・そういえば。
この状況をわたくしが告げるの?
さくら様が事実を知ったとき、また荒れてしまわれるのでは・・・?
そうなったら止められる自信がない。
また落ち込んでしまわれたら今度こそ不味い。
でも今は誰もその役目を負える人がいない。
わたくしが告げるしかない。
どうしてこのような事態になってしまったの!
・・・オブラートに包んで、遠回しに伝えるしかないわ。
「ごめんなさい。先ず皆様の状況からお話させていただきます」
「そういえばレオンさんもジャンヌさんも。皆さん、いらっしゃらないですね?」
「ええ。武様の修業に合わせ、皆様、急なご用事で出立されましたわ」
「修行? 急な用事?」
わたくしは順に、表面的な事実を説明した。
レオン様はわたくしにも事情を話せぬ用事と言って3か月の休学。
ジャンヌ様とリアム様はわたくしが依頼をして欧州へ。こちらも2か月の休学。
結弦様は出雲へ。こちらも2か月の休学とのこと。
そして武様は聖堂の修行で3か月の不在だということ。
「ほんとうに一斉に、ですね」
「はい。思えばここまでバラバラになったのは初めてですの。武様あってのSS協定と実感いたしましたわ」
「ところでソフィアさん」
「はい?」
「武さんの行方、ご存じですよね?」
いちばん触れなくない話題ですのに!
最後にお話しようと思っていましたが、さくら様から振られるとは。
「武様はご承知のとおり修行と――」
「その行き先です。ご存知ですよね?」
「聖堂のことですから、部外者のわたくしたちが存じ上げ――」
「ソフィアさん!」
2度もさくら様がわたくしの言葉を遮る。
これまでとは違う、有無を言わさぬ圧力を感じた。
「ソフィアさん、わたしは決めたのです!」
「な、なにをご決心されたのかしら?」
「わたしはもう遠慮をしません! ほんとうに欲しいものは自分で掴むしかないと悟りました!」
さくら様の銀色の瞳がいつになく強く輝いていた。
その力強さに思わず頷いてしまう。
「自分で前へ出て掴むのです! 謙虚さや貞淑さなど足枷にしかならないのです!」
「は、はぁ・・・」
「遠慮や配慮など、距離を作り取り逃がしてしまうだけ!」
ずいと身体を乗り出して熱弁を振るうさくら様。
それは内に秘めた彼女の本質なのかもしれない。
「どうしたのです! 協定から抜け駆けしようとしたソフィアさんなら理解できるでしょう!?」
「ひぃっ!?」
机をばんと叩く音に思わず声が出てしまう。
「ディスティニーランドの日の夜。武さんとの睦み合いをされようとしていらしたではないですか」
「あ、あれは、その場の空気というか、出来心で・・・」
「良いのです、今になってわかりました。あのときは御免なさい」
「え?」
「そう、あのときにわたしとソフィアさんで囲ってしまえば良かったのです!」
「あの・・・さくら様?」
「それがこんな結果を生んでしまうなんて・・・ああ、あのときのわたしを叱ってやりたい!」
「ひっ!?」
ふたたび、ばん、と机が叩かれた。
やらかしてしまったことへの、本気の悔しみ。
爪を歯で嚙みながらぶつぶつと呟くさくら様の姿は、わたくしの知るそれとは駆け離れていた。
「そうです、そうしていればあの女狐を出し抜いてやれたのです・・・ふふふ」
「・・・」
彼女は薄笑いしながら瞳に昏い光を宿していた。
もし黒く澱んだ負のオーラというものがあれば、間違いなく今の彼女を取り巻いているだろう。
「ソフィアさん」
「は、はい」
「武さんのお傍に居たいですよね?」
「え?」
まるで尋問されているかのような雰囲気。
彼女の美徳である慎ましさをかなぐり捨ててしまったかのような言い回しだ。
そして・・・答えを誤れば、きっと良くないことが起こる問い。
さきほどから背筋がぞくりとしてばかりだ。
「そ、それは、勿論ですわ!」
「うふふふ、そうですか、そうですよね」
「は、はい! それはもう・・・」
「ソフィアさん、わたしたちは共同体ですよ。一緒に彼を手に入れるのです」
「さ、さくら様?」
「そう、手に入れるのです。他の誰にも、彼自身にだって邪魔はさせませんから」
目を白黒させて混乱していたわたくし。
いつの間にか立ち上がり隣に来ていたさくら様。
彼女に両手を握られてしまう。
今ならば悪魔に契約を強要された者の気持ちを理解できる。
「うふふ、わたしと貴女が組めば怖いものなどありません」
「あ、あの!?」
「さぁ、武さんのところへ行きましょう!」
「ちょ、ちょっとお待ちになって!?」
がたりと椅子が倒れた。
そのまま手を引かれて、わたくしは連行される。
囚人とはこのような気分なのですわね、きっと。
「うふふ、減点10ですよ、武さん」と。
低い声で囁く彼女に、えもいわれぬ不気味さを感じながら。




