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■■小鳥遊 美晴’s View■■


「そう。アレクサンドラに」


「はい! お姉さんを、澪さんを頼るようにって」



 ここは聖堂教会の礼拝堂。

 学園へ行った次の日の午後、すぐに大先輩のお姉さんに面会できた。

 ソフィアさんのお陰でスムーズに事が運んでくれている。


 私はアレクサンドラさんから言われたことをそのまま伝えた。

 頼れるのは澪さんだと言われたことを。


 澪さんは少し目を閉じ考えを巡らせた様子を見せた。

 そして表情を変えず目を開けた。



「・・・事情はわかった。ところで、なぜ香とソフィアがいるのかしら?」


「あはは、私は付き添いよ」


「わたくしは澪様をご案内いたしましたので」



 私ひとりで面会するつもりだったのに。

 なぜか天神駅で橘先輩に会った。

 案内をしてくれたソフィアさんも帰らず一緒にいた。


 ふたりの不自然さは鈍感な私でもわかる。

 でも橘先輩もソフィアさんも腹芸が上手そうだ。

 ここに来るまでお世話になった手前、私から帰ってくださいと言えるはずもない。

 お姉さんと大事な話をしたいのに。



「・・・そう。なら部屋を用意するからちょっと待って」



 そう言って澪さんは奥へ引っ込んだ。

 がらんとした聖堂で立ち尽くす私たち3人。

 普段は顔を合わせない同士だから会話もない。



「・・・・・・」



 ちらりとふたりを見る。

 どちらも何食わぬ顔で待っている。

 それがまた不自然さを感じる。

 澪さんが帰れと言わなかったのだから、きっとふたりは居て良いんだろう。

 ・・・ほんとうに?



「待たせたわね。こっちへ来て」



 言われるがまま3人でついていく。

 かつかつと足音が響く石廊の奥の部屋。

 私たちは案内されるがままそこへ入った。


 まるで前近代、文明開化前のキリスト教会にありそうな部屋だった。

 石造りで窓もなく、ただ雑多に古びた椅子や机、祭具といったものが置かれている。

 倉庫独特の嫌な臭いがないだけマシというくらいだった。


 澪さんが持って来たカンテラが部屋の中央に置かれ、弱々しく周囲を照らしている。

 本物の炎を明かりに使うカンテラだなんて、そこまで前近代にしなくても。

 そんなどうでも良い感想を抱いていたところで。


 ばたり、がちゃん。


 澪さんが扉を閉め、鍵もかけた。

 暗い部屋の様子を観察していた橘先輩もソフィアさんも驚いて振り返った。

 部屋の中央に置かれたカンテラのみが皆を照らしていた。



「え?」


「・・・まるで監禁部屋ですわね」


「逃げ道はないって感じ?」



 ふたりの言うとおりだった。

 鍵まで閉めて・・・澪さんはどうしてこんな場所を選んだんだろう。



「ここはこの聖堂教会でいちばん防音が効いているの。叫んでも外へは聞こえない」


「叫ぶ?」



 お話をしてくれるんじゃないの?



「美晴、ソフィア、香。貴女たちは武さんについて知りたくてここに来た」



 無表情であまり抑揚のない声だった。

 責めているのか確認しているのか、意図が読めない。


 橘先輩とソフィアさんと目を見合わせ、皆で頷いた。



「そう。でもね、安易に教えるわけにはいかないの」


「それなら私が武について知ってることを話すわ。情報交換よ、どう?」



 余裕そうに片手を返してにこやかに。

 橘先輩が一歩、前へ出た。



「わたくしも武様に関して秘匿の情報がございます。いかがでしょう」



 ソフィアさんも負けじとにこりと提案をしていた。

 でも澪さんの表情は変わらない。



「情報交換があるということだけれども・・・」



 勿体ぶったように私たちの顔を見渡す澪さん。



「知ってのとおり武さんは3か月後に修行から帰ってくる。それまで待つほうが安全で平和だわ」


「待てるならここに来てないわよ」


「澪様、そこまで話を振っておきながら帰れと仰りますの?」



 3人は互いに視線を交わす。

 そうして皆の視線が私に注がれた。



「美晴。アレクサンドラからの紹介ということは貴女もそのつもりなのよね?」


「はい!」



 また試されていると思って反射的に返事をした。

 アレクサンドラさんのときのように、ソフィアさんのときのように。

 何の力もない、場違いの私でも同じステージにいるのかと。

 その意思を迷いなく示した。



「はぁ・・・私は貴女たちが首を突っ込むことを好ましく思っていない」



 澪さんはわざとらしく溜息までつく。



「この先、武さんはとても厳しい世界を歩く。もし彼と一緒にいるというのなら少なくとも私が認めるくらいの強さがあることを証明してほしい。生半可な覚悟では邪魔になるだけ」


「どうすれば認めてもらえるんですか?」


「安心して、戦闘能力じゃないから。平等でわかりやすい方法よ。どう、試す?」



 ここまで挑発されて否と答える人この場にはいなかった。

 でも認めてもらうような強さって・・・?



「それじゃ、今から5分後に立てていたら認めてあげる。簡単でしょう」



 澪さんは変わらずの無表情。

 それなのにぞくりと背筋を悪寒が走り抜けた。

 橘先輩も何かを感じ取ったのか、少しだけ後ずさっていた。

 ソフィアさんは目を見開いて、澪さんに対して構えるような格好をしている。


 顔を歪めて狼狽しているソフィアさん・・・澪さんが何かしているんだ。

 彼女だけがわかるものって、もしかして魔力?

 え、具現化(リアライズ)!? ここで魔法!?



「あなたたちに求められるのは状況に屈しない精神力よ」


「!?」


「喜んで、久しぶりの全力よ。死ぬことはないと思うけど――畏怖(フィアー)!」



 ◇



 私は怖がりだ。

 だから怖くなりそうなことを避けている。

 誰かに悪意を向けられるのは特に怖い。


 スクールカーストなんて言葉でいえば、中の下あたりで陰に隠れて過ごす。

 いじめられず、いじめず。

 目立たず、出しゃばらず。

 そうして、おおよそ悪意とは無縁で居られる位置を確保してきた。


 だけれども。

 その恐れていたことが現実になった。

 いつ私がターゲットになったのかはわからない。

 でもその悪意が向けられたと気付いたときには遅かった。


 朝、重い足を引きずって登校する。

 下駄箱を開けると生ごみが崩れ落ちる。

 げらげらと下品に嘲笑する声がどこからか聞こえる。

 胸の奥がきゅう、と痛んだ。


 教室の私の机には花瓶が置いてあった。

 机には落書きだ。テクスタントを差すスリットには何かごみが詰めてある。

 ひそひそと陰口が聞こえて来る。

 【根暗ブス】【どうして登校できるの】【生ごみ臭い】

 掃除をしながら涙が出た。


 授業中も先生に見つからないように悪戯される。

 椅子を蹴とばされて床に倒れると

 【急に倒れちゃって、大丈夫~?】

 とにやつきながら隣の女子が大声で叫ぶ。

 【小鳥遊、静かにな】

 先生は何事もなかったかのように授業を再開した。

 ずっと周りから何かされないかが怖かった。

 誰かがかたんと椅子を動かす音がするたび、びくりとしていた。


 放課後、部室へ行こうとする。

 廊下を歩いていると向こうからクラスメイトの男女3人がやってくる。

 俯いて通り過ぎようとしたら急にバッグが引っ張られた。

 びーっと音がしてバッグが切り裂かれ、中身が床に散乱した。

 【当たんなよ、気をつけろ!】【邪魔だろー】

 体操服を踏みつけて、3人は笑いながらどこかへ行った。

 泣きながら中身を集めた。


 下り階段に差し掛かる。

 学級委員の女の子が反対から昇って来た。

 目を逸らし距離をとって歩いていると【ちっ】という舌打ちが聞こえた。

 何もなかったと安心したところで背中をどん、と押された。

 無抵抗のまま階段を転げ落ちる。

 頭をかばい、膝や腕が容赦なく打ち付けられる。

 身体の芯まで痛みにさらされ意識が飛びそうになる。

 気付けば誰もおらず、さっき穴の開いたバッグからまた持ち物が散らばっていた。

 床を這うように中身を集めた。

 もう涙も出なかった。


 ようやく具現化研究同好会の部室へ辿り着いた。

 ここなら響ちゃんがいる。

 縋るような思いで扉を開けた。

 だけれども薄暗い部室には誰もいなかった。

 私が来るのが遅かったから?

 響ちゃん、今日はたまたまお休み?

 ふらふらと暗い部室の中へ痛む足を引きずっていく。

 机の上に紙が置いてあった。

 『退部届』。

 その名前の欄に工藤 響という署名を見たとき、ぷつりと何かが切れた。



 ◇



 ――気が付いたら自分の部屋にいた。

 午前六時。水曜日。

 変わらずに登校する時間が来る。


 いつもどおり支度をして。

 家族には言えない、言わない。

 私に期待されてるのは「良い子」だ。

 どろどろの問題で家族を、家を汚したくない。


 お母さんには空元気で行って来ます、と言って。

 そうして通学路を歩こうとして。

 朝なのに暗がりへの道を歩こうとして。

 足が動かなかった。

 どうしても動かない。


 嘲笑、侮蔑、痛み、怖さ、寂しさ。

 悪意のある視線に、声に囲まれる恐怖。

 学校へ行けばそのすべてが待ち構えている。

 地獄の入口に足を向けているようだった。


 家では私が私らしくしていなきゃいけないのに。

 お母さんを困らせたくないのに。

 足を進めたくない!


 怖い怖い怖い怖い怖い!

 助けて助けて助けて助けて!!

 誰か、誰か。誰か!!!


 呼吸がうまくできない。

 その場に膝から崩れ落ちた。

 がたがたと身体が震え、涙が溢れ。

 嗚咽が喉から突き上げてくる。


 響ちゃんもいない。

 誰も助けてくれない。

 私にはもう、何もなかった。

 居場所なんてなかった。


 意識が暗い場所へ沈んでいった。

 両手を地面につき慟哭のまま思う存分に喚いた。


 こんなの、こんなの!

 もう、生きてる意味なんてない!

 ぜんぶ真っ黒だ!


 ・・・。

 ・・・。

 ・・・。


 痛いのも、苦しいのも、もう嫌だ。

 誰も見てくれない、見つけてくれない。

 もうひとり。死んじゃっても誰も悲しまない。

 意味なんてない。もう消えてしまいたい。


 私の人生ってなんだっけ?

 生きる意味ってなんだっけ?

 どうして生きてるんだろ?

 楽しいことなんてあった?

 嬉しいことなんてあった?


 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・嬉しかったこと。


 「ここはそういう居場所」という温かい言葉。

 手を握った温かい記憶。


 ・・・先輩。

 こんなに怖いのに苦しいのに。

 先輩のことだけは浮かんでくる。


 先輩はどうなの?

 怖いこと、苦しいことがあったの?

 怖いとき、どうしてるの?

 苦しいとき、どうしてるの?

 教えてほしい。


 どす黒く濁った私の意識の中でぽつりと灯った光。


 先輩のところへ行きたい。

 先輩の手を握りたい。

 先輩の声を聞きたい。

 先輩に頭を撫でてもらいたい。

 先輩に、会いたい!


 ――先輩!!


 その光に私は手を伸ばした――



 ◇



 両手を冷たい石タイルについていた。

 膝も震えていて涙で顔はぐしょぐしょ。

 鼻水もだだ洩れだし、下のほうも濡れている感触があった。

 叫んでいたのか喉はがらがらとして痛かった。


――立たなきゃ!


 脚が震えて力が入らない。腰が抜けていた。

 必死に壁際まで這って両手を使って身体を起こす。

 ずるりと滑り落ちたので身体を反転させて背を壁に当てる。

 両手両足で必死で身体を起こし、脚を踏ん張る。

 ずっずっと石壁に背を擦らせながら視線を上げる。

 歪んだ視界に揺らめく炎が映った。



「――5分よ」



 はぁはぁと肩で呼吸をして、何もかもぐちょぐちょで。

 それでも私は両足で立っていた。



「大したものね、美晴。これに耐えるなんて」


「はっ、はっ、はっ、はっ・・・わ、私は、先輩に・・・!」


「う、はぁ、はぁ・・・。良い趣味、してるじゃない、これが、試験なんて」


「この程度で立てなくなるなら、もっと過酷な現場になんて行けない」



 橘先輩も壁に手を付きがくがくと膝を揺らしながら立っていた。

 目が真っ赤で涙で頬を濡らしたままで。



「ひぃ、ひぃ、ひぃ・・・あうぅ・・・」


「貴女は駄目。ここに居ることを許さない」



 その厳しい言葉が向けられたのはソフィアさんだった。

 彼女は床に這いつくばり、涙を流しながら呻いていた。

 その姿があまりに痛々しく、私は目を背けてしまった。



「うう・・・はぁ、はぁ・・・く、屈辱ですわ・・・」


「3か月後に出直して来なさい」


「み、澪様! わ、わたくしは諦めませんわよ!」



 震える声で叫ぶように捨て台詞を残し、乱暴に扉を閉め。

 かつかつとソフィアさんが去って行く足音がした。

 脱落者が出たことに気不味い空気が流れる。



「さて、美晴、香。ふたりは資格があると認めてあげる」



 澪さんはそう言ってがちゃりと部屋の扉を開けた。

 たった10分。

 薄暗いはずの廊下の光は眩しかった。



「話の前にリフレッシュなさい、シャワーがあるから」



 ◇



 談話室と呼ばれる小さな会議室のようなところ。

 順にシャワーを浴び、橘先輩と席に着く。


 全身がぐちゃぐちゃだった私。

 修行用という白い法衣を借りて着用していた。

 パーカーみたいに頭の部分は背中側に垂らして。

 着ていた服は話をしている間に洗濯乾燥してもらうことになった。


 橘先輩は着替えるほどの汚れではなかった様子。

 すごすぎる。あんな恐怖に晒されても自我を保てるんだ・・・!


 澪さんが3人ぶんの温かい紅茶を配り、着席したところで話が始まった。



「まずは話を聞いて。突拍子もないことかもしれないけれど」



 勿体ぶったような間の後に、ひと呼吸おいて彼女は続けた。



「もうすぐ世界が終わる」


「!?」



 橘先輩がびくりと身体を震わせた。

 私も知っていたとはいえ、改めて聞くと暗澹とした気持ちになる。

 ただのひとことはあまりに衝撃的だ。



「終わるって・・・?」


「カサンドラ=マクニール曰く『地より陰が溢れしとき滅びは加速する』」


「それは聖堂教会の聖句ですか?」


「そのとおり。『白の救い手』であり『世界の守り手』でもあった聖堂教会創始者の言葉よ」


「『陰が溢れる』って、先日の・・・」


「そう、あの龍脈から魔物が出たことを指している」



 澪さんは説教をしているかのように両手を広げた。



「私は前から聖典に真実が隠されていると考えていた。古来より聖典は後世への教訓だからね」


「・・・・・・」


「あの龍脈を割った事件。どうにも気になって色々と調べたの」


「聖典を当たったのね」


「そう。改めて聖典を読み返し、そして理解した。世界の綻びは既に始まっていた」


「世界の綻び?」


「考えてもみて? 大惨事で生き残った人類がどうしてそのまま魔物に蹂躙されなかったの?」


「え? それは新人類(フューリー)が守ってくれたからじゃないんですか?」


「一般的な認識はそう。でも大惨事の直後から今の世界戦線を築くまでのタイムラグの間、魔物は必要以上に人間界へ侵攻しなかった」


「タイムラグ・・・?」


「ああ、そうか。香も美晴も知らないわね」



 私と橘先輩は首を縦に振った。



「イチから説明しないといけないわ。少し長くなる」



 澪さんは目を閉じて少し考え事をして。

 それから私たちに『本当の歴史』の講釈を始めた。



 ◇



 隕石ではなく『魔王』のムー大陸への飛来。

 粉塵ではなく『魔王の霧』による大絶滅と惨事。

 人間が手にした具現化(リアライズ)は『魔王の霧』による洗礼であったこと。

 そして『魔物』はムー大陸から溢れ全世界を襲ったこと。


 似て非なる歴史を聞き、腑に落ちるまで少しの時間を要した。

 正直、先輩から語られたあの喫茶店の話でさえもどこか眉唾だったのだから。



「大惨事が『魔王』の仕業だなんて・・・」


「先輩もそこまで知っているんですよね?」


「勿論、こんなものは前提条件よ。本題はここから」



 皆で本当の歴史を総ざらいしたところで、三々五々に紅茶に口をつけた。

 カモミールの香りが暴れそうだった気持ちを落ち着けてくれる。

 各自が頭を整理する時間を確保するためだったかもしれない。



「『魔王』は人類・・・新人類(フューリー)の兵士が世界戦線を築く前に世界を圧巻した」


「アフリカ大陸、南アメリカ大陸、中近東への侵攻ね。学校の歴史で習ったわ」


「そう。その勢いでユーラシアも北アメリカも簡単に手中に収められたのよ。でも侵攻は止まった」


「人類が、新人類(フューリー)が止めた、のではなくて?」


「止まったのよ。そこから世界戦線が構築されるまでは半年のタイムラグがある。だから世界戦線なんていうラインが呑気に構築できたの」


「どうして止まったんですか?」


「『魔王』が、魔物が侵攻する目的が人類の虐殺や支配じゃないから、と思うの」


「・・・? 魔物は理性をもたないって聞いたことがあります」


「『光と陰は対。対なる存在はただ合わさり消えゆくのみ』」


「聖句ね?」


「そう。私は聖典を勉強した当初、この言葉を白の力で魔物を倒すとか浄化するという意味に解釈していた」


「うん、そう理解できるわね」


「ええ。事実、魔物を具現化(リアライズ)で倒せば消える。でもその解釈が誤りだと気付いた」


「どう誤っているんですか?」



 澪さんは予め用意してあったテクスタントで資料を表示した。

 浮かび上がった映像に息を飲んだ。


 新人類(フューリー)の戦士がドラゴンに襲われ食べられるシーン。

 思わず目を背けたくなる内容。

 悲鳴をあげそうになった。


 駄目、今は駄目。声をあげてはいけない。

 我慢してその残虐な光景に目を戻す。

 ドラゴンはひとしきり人間を飲み込むと、満足そうな表情をして大人しくなった。

 映像はしばらく止まったドラゴンを映し続ける。

 するとドラゴンは光となって霧散した。



「・・・消えた!? 何もしてないのに?」


「これは・・・自滅したわけではないのよね?」


「『カサンドラ=マクニールの旅路 励起の章』。聖堂教会の内部資料よ」


「聖典に・・・」



 私も知っている。

 魔物は倒されると粒子のようになって霧散する。

 だから死骸は残らない。

 でも、人間を食べた魔物が死んだときと同じように霧散するなんて聞いたことがない。



「カサンドラがこの映像を資料に入れるよう指示をした理由は示されていないの」


「・・・小型の魔物が戦場で突然に霧散する話は聞いたことがあります。それは寿命と言われているそうです」


「するとこのドラゴンが寿命だったわけではないの?」


「そもそも寿命というのが誤り。魔物は生を紡ぐために生き物を食べるわけじゃない」


「・・・どういうこと?」


「魔物は対となる魂を取り入れ、そして消えようとする。そう解釈した」


「ええと・・・?」


「つまり人間に限らず、地上の生き物が持っている魂と同化して、消えるために生まれる」


「え!?」



 そこから流される映像はどれも似たようなものだった。

 大きな魔物が人間や動物を襲い、腹に収め、大人しくなる。

 しばらくの時間が経つとその魔物は消えていく。



「・・・こんなの、初めて知りました」


「知ったところ何も変わらないからね。人間や動物が食われることは変わらない。公表されていないという事実がすべてよ」


「・・・」



 つまり。

 立証が難しいだけでなく魔物の倒し方としてあまりに人道から外れるということだ。

 だから公表されないし利用もされない。



「私は闘神祭の事件で、清廉なはずの龍脈が迷宮化を引き起こしたのを目の当たりにした」


「うん、あれ(・・)ね。私、もう終わりかと思って覚悟したよ」


「そう、あれは危なかった。これまでに見つかった魔力溜まりに生まれる迷宮は魔物が湧き出る巣窟だけれど、それが発生する現場なんて初めて見た」


「・・・」



 学園の迷宮化の話を私は知らない。

 でも移動してるときに「湧いて出た」魔物に襲われたから、たぶん、あんな感じなんだろう。



「それと聖典とはどのような関係が?」


「さっきの聖句、『地より陰が溢れしとき滅びは加速する』はこのことを言っている」


「迷宮化、だっけ?」


「そう。これまで龍脈から魔物が溢れ出て迷宮化するなんて事象は観測されたことがないの」


「え?」


「あのときが初めて。でも現実として魔物が溢れ出た。龍脈から出て来た黒い魔力によって」



 魔力に色がある。

 具現化研究同好会でその話は知っていた。

 でも火、水、風、土の4種類だったはず。

 白は先輩を助けるときに説明してもらった。全色だった。

 それなら黒って何だろう?



「黒い魔力が『陰』。それが大地、地脈から溢れている。聖句を信じるなら終末が近い。事実、アレクサンドラが視た終末が迫っている」


「アレクサンドラさんの・・・未来を視る力」


「そう。そこに光の象徴である膨大な白の魔力を持ち、特異点でもある武さんが現れた。『溢れし終末に対なる光を掲げよ。されば道は開かれん』と」


「それが、その聖句が武を戦場に引きずり出す理由?」


「適切ではない言い方ね。武さんはもともと魔王を倒すために動いていた。彼自身の意志でそこに立っている。貴女たちはもう知っているのではないの?」



 ずっと無表情だった澪さんが僅かに口角を上げた。



「さあ、始めようかしら。香、貴女の持つ情報とやらとの交換を」








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