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■■橘 香’s View■■


 生気のないその銀色の瞳には何も映してはいない。

 唇はかさついているし頬も痩けている。

 目の下に隈も浮いていた。


 正直、なんとかなるのではと思っていた。

 前にこの子が挫折したあのとき、立ち直らせた実績があったから。


 でも。


 そう簡単ではないことをすぐに悟った。

 前回は水くらいは飲んでいたのだ。

 睡眠もとっていた。

 今回はそうじゃない。


 きっと・・・ずっとこのベッドに座ったままの格好。

 ショックを受けたそのときから、ずっと。



「さくら」



 呼びかける。

 返事はない。

 部屋に入ってきたというのに反応がない。

 これまで友人たちが声をかけてきても同様だという。

 

 この子がここまでの状態になる理由はひとつだけ。

 そう、彼となにかあったのだろう。



「・・・・・・」



 隣に腰掛ける。

 ベッドがきしりと歪む。

 その傾きに逆らうこともなく彼女の身体が倒れてくる。

 冷たい肩が弱々しくもたれかかってきた。



「武と何があったの?」


「・・・・・・」



 反応はない。

 そのくらいのことなら皆が話しかけているだろう。

 なにせ2日もあったのだから。



「・・・・・・」



 静かに彼女の肩が上下している。

 もうすぐ止まってしまうのではないかと思うくらい、静かに。


 部屋の中には大勢がいた。

 SS協定と言ったか、あの子のクラスメイト5人。

 連れてきたふたりもじっとこちらを見守っている。


 小さく溜息をついた。

 何から試すか思考を巡らす。

 彼ら彼女らが試すようなことはしても無駄だろう。

 とすれば――。



【九条! 返事!】


【・・・!】



 ぴくり。

 ほんの少し、表情が動いた。

 まだ先輩と後輩という呪縛が生きていた。

 あの悪かったころの関係が役に立つなんて。



【貴女はどうしたいの!】


【・・・・・・す】


【え?】


【・・・もう・・・良いのです・・・】



 掠れた声はか細く部屋の空気に溶けた。

 あれだけ武に心酔していたはずなのに。

 いったい何が彼女をここまで追い詰めたのか。


 武は何度も彼女からアプローチを受けているはず。

 それをよく流していた。

 だから単に拒絶された、というだけではない。

 ・・・・・・。



【・・・・・・ておいて・・・】


【なに?】


【放って・・・おいて・・・】


【・・・!】



 生きるのに必要なものを手放してしまった。

 あとは朽ちていくだけ。

 そう言わんばかりの切実な呟き。


 私は彼女を抱きしめた。

 抵抗もなく、彼女はされるがまま。

 そうしないと消えゆく彼女を繋ぎ止められないと思ったから。



【辛いね、さくら】


【・・・・・・】


【今は休んで】


【・・・・・・】



 女の私からしても華奢だと思うその身体。

 今できること。

 私の胸で彼女を休ませるだけ。


 5分。

 10分。

 30分。


 皆がただ見守る中で。

 私は彼女を抱きしめ続けた。



【・・・・・・さくら?】


【・・・すぅ・・・】



 小さく呼びかける。

 寝息が聞こえた。

 良かった、寝てくれた。


 皆の顔を見やる。

 ひとつ頷いた。

 ほう、という溜息が異口同音に漏れた。



 ◇


■■小鳥遊 美晴’s View■■


「――難しいことを考えすぎて疲れちゃって、昨日はぐっすりでした」


「そうなんだ。いろいろあったんだね」


「はい。今までずっとぐずぐずしちゃってましたから。少しでも変わろうと思って」


「そっか。良いね、そうやって頑張るの」


「あはは。それで少しでも早いほうが良いかなと思ってお願いしたんです」


「なるほど、それで急いでたんだね」



 ここは高天原学園の食堂。

 部外者の私たちもお金を払えば食事ができる。

 九条先輩に交代で付き添って、順に食事を取っていた。

 今は私と橘先輩、響ちゃん、それにレオンさんがいた。



「・・・みーちゃん」


「うん?」


「あたしに出来ることがあったら言えよ~」


「あはは、ありがと」



 「変わろうと思った」。

 私の言葉を聞いた響ちゃんが心配そうに私を見ていた。

 ・・・響ちゃんは聡いから。

 私の決心もきっと気付いてるんだろう。

 いや、そもそもこんな時間まで出張っているのだから今更か。



「ごめんね、私、先にさくらのところへ行ってる」


「あ~、あたしも。トイレ行ってから部屋へ行く~」



 会話も途切れそろそろ行くかという雰囲気。

 橘先輩が席を立つとつられて響ちゃんも立った。

 ふたりがさっと離れると残ったのは私とレオンさんだけ。


 ・・・ちょうど良い、今しかない。

 私は勇気を出してレオンさんに声をかけた。



「あの、レオンさん」


「どうした美晴」



 私は隣でずっと物憂げな顔をしていたレオンさんに声をかけた。

 九条先輩のことが心配で仕方がないという様子だった。



「こんなときに不謹慎なんですが、お願いがあります」


「お願い?」


「はい。その・・・私じゃ力が足りないのでレオンさんの力を貸してほしいんです」


「俺が出来ることなら構わないが・・・危ないことをするのか?」


「えっと、はい。私では魔物を倒せませんから」


「魔物?」



 レオンさんは訝しげな表情を浮かべた。



「それはまた物騒な話だな。どうして美晴が魔物と闘うのだ」


「そこに先輩が、京極先輩がいるからです」


「なに?」


「ごめんなさい、今は説明の時間も足りなくて。また改めてPEで相談させてもらっても良いですか?」


「・・・わかった。これは俺と美晴だけでの話ということだな」


「そうです、助かります」



 端末で連絡先を交換しながら。

 レオンさんの聡さをありがたいと思った。



 ◇



【ね・・・さくら】


【・・・・・・】


【さくら】


【・・・う・・・】



 橘先輩が静かに呼びかけると九条先輩が身動ぎした。



【・・・あ・・・たちば、せん、ぱい・・・】


【困った子ね。こんなに弱っちゃって】



 ぼうっとした様子で天井を見つめながら返事をした九条先輩。

 彼女の額に優しく手を置いて苦笑いする橘先輩。

 ふたりは小声で少し会話をしていた。



「ごめん、飲み物と少しだけ食べるものを」


「お水はこちらにございますわ」


「食べるものは少し待ってて」



 ソフィアさんがマグに入った水を差し出す。

 ジャンヌさんが返事をして駆けて行った。

 皆、何かできることがないかと探しているようだった。


 橘先輩が身体を支えて起こし、壁に寄りかからせる。

 水を手渡し少し口に含んで。

 ジャンヌさんが持って来たお粥をふた口ほど飲み込んだあたりで、また皆の溜息が渦巻いた。



【・・・・・・あの・・・】


【さくら。お話できる?】


【・・・・・・】



 少し生気の戻った九条先輩は困ったような表情を浮かべる。

 周りにいる私たちに視線を流して状況を把握しようとしているようだった。



「ごめん皆、しばらくふたりだけにしてくれる?」



 橘先輩がそう呼びかける。

 皆で顔を見合わせ、ぞろぞろと九条先輩の部屋を後にした。


 ばたりと扉を閉め皆で廊下に立ち尽くす。

 しばらく、とはどのくらいなのか。

 ここで待ちぼうけするのか。



「・・・皆様、わたくしから提案がありますの」


「提案?」



 口に出せず迷っているところでソフィアさんが皆に声をかけた。



「さくら様のことは香様にお任せするほかございません。好転している今のうちに順に休息を取りませんこと?」


「・・・そうね、賛成。徹夜が堪えてるわ、そろそろ限界」


「言われたら僕も眠くなっちゃったよ~」



 ずっと九条先輩ばかりを気にしていたけれど。

 見れば皆が疲れた様子で目の下に隈を浮かべていた。


 それだけ九条先輩のことを心配して行動していたんだ。

 なんて友情!

 お互いに好きで信頼しているんだ。

 そこから感じる熱量に、私は今更ながら圧倒された。



「今はわたくしが居残りますわ。ほら皆様、お休みになって」


「ごめん相棒(バディ)、オレも休む。早めに起きて交代するから」


「ええ、お待ちしておりますわ、相棒(バディ)



 きっと全員で八方手を尽くしていたんだろう。

 橘先輩のおかげで光明が見えたこともあり気が抜けたのかもしれない。


 3人とも切り替えが早い。

 すぐに自分の部屋へ戻って行った。



「・・・この状況でソフィアだけを残すわけにもいかないだろう、俺は残る」


「ふふ、ありがとうございます、レオン様」



 私は響ちゃんとふたりで扉の反対側の、廊下の壁を背に床に座った。

 時刻は22時。普段ならもうすぐ寝る時間だ。欠伸が出る。


 光明が見えたといっても重い空気だった。

 きっと九条先輩の状況を作り出した深刻な出来事を想像して。

 だから誰も言葉を発しない。

 しばらくの無言。


 響ちゃん、巻き込んじゃってごめん。

 そう言いたくても何故か言葉にできない。

 ただ時間だけが過ぎていった。


 悶々としていると、こてん、と肩に当たるものがあった。

 響ちゃんが寝入って私にもたれかかっていた。



「・・・響ちゃん?」


「・・・すぅ・・・」



 なにもせず、ただ待っているだけの無言ならこうなっちゃう。

 どうしようかと思っているとソフィアさんが目の前に来ていた。



「美晴様、もしよろしければでございますが」



 わざわざ屈んで目線を合わせてくれていた。



「響様はわたくしの部屋でお休みになられてはいかがでしょう?」


「ほんとうですか? ありがとうございます、お願いします」


「では俺が運ぼう。ソフィア、鍵を貸してくれ」


「こちらに。お願いいたしますわ」



 レオンさんが軽々と響ちゃんを抱きかかえる。

 いわゆるお姫様抱っこ。

 容姿端麗な王子様に抱えられて寝室へ行くなんて。

 JCの憧れがそこにあった。


 私は立ち上がりレオンさんと響ちゃんを見送った。

 最後に残ったソフィアさんとふたりきりになった。

 ・・・・・・。

 そうだ、ソフィアさんにも。



「あの、ソフィアさん」


「はい、どういたしましたの?」



 ふわりと上品な笑みを向けてくれるソフィアさん。

 貴族の嗜みなんだろう、住む世界が違うのを実感してしまう。



「こんなときに不躾ですみません、お願いがあります」


「あら、どのようなお願いなのかしら?」


「大先輩のお姉さん、飯塚 澪さんに会えるよう手配をしてほしいんです」


「澪様に。なるほど、連絡先をご存じないのですわね」


「はい、お恥ずかしながら。今日はそれでここまでお邪魔したんです」


「承知いたしましたわ。澪様の都合がつきましたらわたくしからご連絡差し上げましょう」



 ソフィアさんとPEの連絡先を交換する。

 すると彼女は少し考える素振りをしてから口を開いた。



「・・・美晴様、何やらご決心されたご様子に見受けられますわ」


「え、そうですか?」


「ええ。以前よりも格段に前にお進みになるご意思を感じますの」


「あはは、なんか恥ずかしいです」


「・・・人は思っている以上のことができてしまうものですわ」


「思っている以上のこと?」


「ええ。貴女のように強く意志を抱く者は何かを成し遂げるものですの」


「・・・」


「どうかご自身を顧みぬことにお手をお出しになりませぬよう」


「自分を顧みないこと・・・」


「僭越ながらこれはわたくしからの忠言です。お気を悪くなさらないでくださいまし」


「はい・・・ありがとうございます」



 ソフィアさんはそれから黙りこくってしまった。

 彼女がその言葉を私にくれた意図を、有り余る時間を費やして考えた。



 ◇


■■橘 香’s View■■


【さて・・・】



 皆が退室してこの子とふたりだけになる。

 あの時(・・・)と状況が似ていた。



【さくら。話せるのよね?】


【・・・・・・はい】



 ショックで思考放棄した挙句、睡眠不足や水分不足、栄養失調で意識混濁していた。

 私の見立ては正しく、軽く睡眠して水分と栄養を摂取した彼女の顔には気力が戻っていた。

 黙っていたのはあったことを口にしたくないから。

 さくらの表情を見てそう確信していた。



【ごめん、私は皆ほど優しくない。何があったのか説明してくれる?】


【・・・武さんに・・・別れを告げられました・・・】


【別れを? 武に?】


【『さよなら』って・・・あんなに、辛そうに・・・どう、して・・・】



 状況を思い出しているのだろう。

 目に涙を浮かべ声が震えていた。

 中学時代、南極に行く前にも拒絶されるシーンは見た。

 それで挫けないのがこの子の美徳でもあると思っていたのだけれども。



【おおかた、武に『さくらとは付き合えない』なんて言われたんでしょ】


【・・・たに・・・のですか・・・】


【え?】


【貴女に! 武さんから愛してもらえる貴女に!! 何がわかるというのですか!!】



 それは激しい嫉妬。羨望。憤怒。

 ショックを受けてからも燻っていた、彼女の中に残っていたもの。

 爆発した残り火は止まらない。



【何度も、何度も何度も想いを伝えました!】


【・・・】


【身体を抱きしめてもらったこともあります!】


【・・・】


【やっと・・・やっと・・・やっと、やっと!! 心を通い合わせられたのに!!!】


【・・・】


【どうしてなのですか!! 貴女が良くて!! わたしの、わたしの何が駄目だというのですか!!!】



 枕が飛んできた。

 私はそれを避けもせず顔面で受ける。

 ぼふん、と場違いに柔らかい感触が頬を撫でた。



【もう出て行ってください!!! どうして、どうして貴女だけなの!!!】


【・・・・・・】


【こんな滑稽なわたしを見ていくらでも笑えば良いのです!!!】


【・・・・・・】



 顔を歪めて彼女の手が空を切る。

 枕はひとつしかないというのに、もう一度、掴んで投げたかのようだった。



【もう、終わったのです・・・!!! 放って、おいて・・・!!!】


【・・・・・・】



 両手を顔に当て。

 音にならない甲高い声を押し殺し、彼女はさめざめと泣いた。

 わたしはただ彼女の掠れた慟哭を受け止めるだけだった。


 しばらく待った。

 10分、20分。

 30分くらいだろうか。

 この子は激情に晒されると落ち着くまで時間がかかる。

 大人しいくせに突き上げる想いを抑えられないのだ。


 びくびくと跳ねていた彼女の身体が落ち着いてくる。

 そろそろ、良いか。

 もういちど話ができる。

 でも・・・もういい。

 ここで恋を諦める(リタイアする)なら、さくらはここまでだ。

 あれ(・・)で怖気づくなら彼に相応しくない。



【――彼とレゾナンスしたのね?】


【・・・・・・】



 無言は肯定だ。



【ふん。なら、ご希望通り笑わせてもらうわ】


【・・・!!】



 さくらは顔を上げた。

 その綺麗な銀色の瞳で忌々しげに私を睨んでいる。



【桜坂の寮で、彼の部屋で、ふたりで見たもの。まさか忘れてないわよね?】


【・・・忘れる、ものですか・・・!!】


【彼の『攻略ノート』。ご丁寧に選択肢まで書かれてたアレ】



 潤んで血走った銀色の瞳が私を射る。

 それでも私は止まらない。



【なら貴女と今は(・・)一緒になれないってこと、端からわかってたじゃない】


【貴女こそ・・・わたしたちが近付けないことを知っていて・・・!! なんて卑怯な・・・!!】



 掠れ気味な声が私に突き刺さる。

 こうして上から目線で語ろうと、痛いものは痛い。

 防御無視の刺し合いだ。



【ふうん。でも今は彼が恋煩いにうつつを抜かせるわけがないってのも知ってるじゃない?】


【それなのに誑かし込んでいる貴女は、外から禿鷹のように奪い去る貴女はなんなのですか・・・!!】


【貴女が言ったでしょ。『心の拠り所を作る』ために『橘先輩が選ばれても恨まない』って】


【・・・・・・】


【桜坂の2年生で彼が無理をしたことを繰り返さないためにって。ふたりで決めたじゃない】


【・・・・・・】


【それに立場が逆だったら、さくらだって同じことをしていたと思う。それが卑怯だって?】


【・・・・・・】



 私の言葉に彼女は押し黙った。

 すべて図星だからだ。

 彼女はその与えられた役割に文句を言っている。

 シナリオから外れている私が卑怯で狡いと。

 彼からの寵愛を受けられるならこんな不満は撒き散らさないだろうから。


 それでも納得などできるものではない。

 刺々しい視線が突き刺してきていた。



【正直、私のほうが忌々しいくらいなんだけど】


【・・・は?】



 その口からは聞いたこともない、飾り気の破片もない低い声。

 敵愾心を剥き出しにしたその声。


 ようやく心の内とご対面だ。

 私はにっと口角を上げ、これ見よがしに彼女に言った。



【でも本命が自棄になってレースから外れるなら願ったり叶ったりよ】


【あ?】


【だってさ、私はゲーム(・・・)に登場しないモブだよ? 最初から彼の眼中にあるわけないじゃん】


【・・・・・・】


【その時点で私は絶望的に不利。それに彼はどう考えても本命にお熱よ。その証拠が彼とのレゾナンスなのに、拒絶が怖いだなんて】


【・・・黙って】


【本命までの繋ぎ(・・)なんて、いずれ捨てられるのがわかってるの。それなのに本命はちょっと拒絶されたくらいでその権利を放棄してくれるんだね】


【黙れ!!!】


【安心して、リタイアした貴女に興味なんてない。これで帰るわ。攻略失敗(ゲームオーバー)がお望みならご自由に。繋ぎ(・・)が後釜に収まるから】


【出て行って!!!】



 びりびりと壁が振動するくらいの悲鳴のような甲高い叫び。

 ぜえぜえと肩で息をして、目を血走らせて。

 温和なさくらの、こんな恐ろしい表情は見たことがない。


 私は肩をすくめて扉のほうへ歩いていく。


 これでいい。

 これだけ焚き付ければさくらは動く。

 世話の焼ける主人公だこと。

 私のこの胸のずきずきを無償だと思ってほしくない。


 ああ、この後のケアをする彼らには悪いことをした。

 しばらく荒れるだろう。

 ま、私を頼るってことはこうなるわけだし。

 必要経費と思ってもらうしかない。



【ああ、そうそう】



 最後に。

 これは私から彼女への手向けだ。

 これから別の道を歩むであろう、彼女と私の前途を祝して。


 振り返り、真顔になり。

 心底、冷たい表情を作り彼女に告げた。



【私が。何度も彼と深くレゾナンスしてる私が。彼の昏い部分を視てないと、知らないとでも思ったの?】



 それは自分でも驚くほど低い声だった。

 初めて見せるその私の態度に、顔を歪めていたさくらの瞳が大きく開かれた。



自分だけが当てられた(・・・・・・・・・・)と被害者ぶるな、馬鹿め】



 ◇



「もう大丈夫だと思う。だけど今は朝まで放っておいてあげて」


「わかった。香、助力に感謝する」


「ありがとうございます、香様」



 レオンもソフィアも律儀に感謝をしてくる。

 真っ直ぐで良い子たちだ。

 中での会話を聞いていたら私を軽蔑しただろうに。



「良いの良いの。でも私のことは気に食わない(・・・・・・)みたいだから、変なこと言ってても気にしないであげてね~」


「気に食わない・・・?」



 美晴ちゃんがどうして、と視線を向けてくる。

 私とさくらが仲良し姉妹みたいに思っていたのかな。

 恋敵(ライバル)が仲良くできるわけがない。

 そういう意味で貴女もソフィアも仲良くできないのよ。


 大事なのは彼の常識、倫理観。

 この世の常識は関係がない。

 それを理解できぬうちは、貴女は私と同じ舞台に上がれない。



「あはは、ちょっと(・・・・)ね。それよりもごめんね美晴ちゃん。澪さんとの都合をつけてあげられなくて」


「い、いえ、大丈夫です。ソフィアさんにご協力いただけることになりましたから」


「そう? 乗りかかった舟だし、私も一緒に行くよ」


「え!?」



 あらら、そんなに慌てちゃって。

 大事な隠し事をしてますって顔に書いてある。

 というか夕方に会ったときからわかっている。

 武に関することじゃなきゃ、こんなに頑張らないでしょ。



「え、えっと・・・そこまでしていただかなくても」


「あっはっは! ごめんごめん、秘密だったっけ。ソフィア、美晴ちゃんのこと、あとは頼んだよ」


「ええ、承りましたわ」



 ◇



 一段落ついたところで、私は美晴ちゃんと響ちゃんを連れて地元へ帰った。

 ふたりを家の近くまで送り届けてから帰宅すると日付はとうに変わっていた。


 シャワーを浴びてひと息ついたところでPEに文字チャットを打ち込む。

 『ごめん、お願いがあるの。澪さんに面会を取り付ける件、目処がついたら私にも教えてちょうだい。私も澪さんに話があったの』。

 そうソフィアへメッセージを送ってから私は就寝した。

 ソフィアにはこれが私を呼び出した駄賃と思ってもらおう。


 美晴ちゃん、悪いけどまだ抜け駆けは無理かな。








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