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 最初に宝物を捧げるように両手に持ち一礼。

 鍔や柄を外し、刀身の汚れを拭き取り、打粉をつけ、布で拭う。

 油布を油で浸し刀身に滑らせ馴染ませる。

 柄と鍔を付け直し鞘に納める。

 最後にまた捧げるように一礼。


 刀の手入れは面倒なもの。

 時代劇で見かけることはあるけれど真剣を手入れを間近で見たことはない。

 きっと居合を嗜む者なら心得はあるしやり方もわかる。

 でもこれを初心者がやるとなると難しい。


 リアム君の部屋にお邪魔をした後、昼食を取ってすぐ。

 今度は結弦の部屋にお邪魔していた。



「このへんに塗りムラがあるな」


「マジか。やり直しだ」


「こうして垂直に持ったほうが両側に均等に力がかかるからムラも少ないぞ」


「なるほど」



 きっと著名な刀鍛冶が打ったであろう、この刀。

 虎徹と名付けられたそれは重厚な厚みの中に美しい刃文が波打つ。

 刀剣の擬人化なんてのも流行ってたくらいだし、この時代にもそういった分野があんのかな。


 指導されるままに塗り直し、柄と鍔を組み直し、鞘に納める。

 そうして捧げるように持ち上げて終了。

 こうした儀式的なところも武士道精神を忘れないための鍛錬なのだろう。



「作業するとそれっぽく刀が使える気がする」


「はは、なんなら居合斬りをやってみる? 武ならすぐに上達しそうだぞ」


「お試しはもう部活でやったからな。才能がないことには自覚ある」


「そっか。具現化(リアライズ)の武器代わりに脇差くらいなら護身用に良さそうだけどね」



 腕くらいの長さの小さな刀を持ち出してくる結弦。

 笑顔で手渡されると断る理由もなく素直に受け取ってしまう。

 軽い。なるほどこのサイズなら持ち運びも楽そうではある。



「これなら手軽で良いな。でも手入れが無理、道具もねぇしズボラだし」


「オレが貸すよ。持って来てくれれば一緒に手入れしても良い」


「あんがとな。でも間違えて納刀でぶすっとやる未来が見えるから気持ちだけ貰っとくよ」



 はははと笑いながら結弦に刀を返す。

 こんな何気ないやり取りにマブダチ感があって心地良い。

 なんだかんだと彼とも何度か修羅場を潜った。

 自然と結びつきも強くなるというもの。



「ところでよ、闘神祭じゃ色々助けてくれてありがとな」


「何を水くさい。オレと武の仲じゃないか」



 忘れないうちに礼を口にすると、結弦は俺の肩に手を回す。

 うん、これぞマブダチ感。



「ほら、遠慮するなよ。もっと頼ってくれて良いんだぞ」



 そしてやたら顔が近くて身体も密着させて来てる気がする。

 こら、さり気なく息を吹きかけるんじゃねぇ!


 うん、マブダチ感を通過してる。

 話題転換を・・・!


 彼の気を逸らすために部屋の中を見渡す。

 寮の部屋なので俺の部屋と作りは同じ。

 その空間に何を置いて何を飾るかで内面たる個性を表現する。

 それがこの寮での自己表現のひとつだと認識されていた。


 結弦も例外でなく小物を置いている。

 いくつかの小難しそうな刀についての本。

 テクスタントのデータとしてではなく、わざわざ紙媒体で目につくよう置いてあるところに拘りを感じる。

 それは彼が日本刀を愛していることをよく主張していた。


 それからもうひとつ。

 窓際の植木鉢に鎮座している鮮やかな緑色の瑞々しいサボテン。

 まん丸で綺麗に生えそろった白い棘が美術品のように輝く球体。

 窓際にあるからそこからの日光だけで野球ボール大に成長したのだろう。



「この立派なサボテン、リアムに貰ったの?」



 組まれた肩から外れ、覗き込んでさも興味ありげに質問する。



「いや、実家から持ってきたんだ。中学に入学した頃に買ってから育ててる」


「へぇ。どうしてサボテン?」


「心に厳しさと穏やかさを忘れないようにってね」


「おお! なんか格好良い!」



 心の動静で表すならこのサボテンのように。

 そんな達観した理由で中学生がサボテンを育てんのか!



「――なんて後付け。実は可愛かったから」



 少し照れるように自白する彼は、ばつが悪そうに頬をかいていた。

 サボテンと俺を交互に見ながら視線を逸らすなんて器用なことをしている。

 恥ずかしいくせにそこまで告白しちゃうあたり、素直だよなぁ。

 こういうのも乙女心をくすぐるってやつか?



「はは、可愛らしい動機だな。ま、そういうの好きだぞ俺は。モノに意味を与えてやるほど大事にしてんだろ?」


「大事にってほど何もしてないよ。こいつ、土を足すくらいで手入れは要らないから。毎日回転させて、春秋は朝に水をやれば元気に育つんだ」


「さっきの刀もそうだけど、そういった丁寧さを継続できんの尊敬する」


「そうかな。オレには当たり前なんだけど。へへ」



 目を合わせて褒めてやると照れた雰囲気になるのもちょっと可愛い。

 なんだかんだ言ってまだ初な一面が見えるのが良いな。

 こんな陰のある美男子のデレなんて乙女にはご褒美だろ。

 さすが主人公。俺から見ても良いねって思えるくらいだ。



「ところで結弦。お前、実家の道場は継ぐのか?」


「ああ、うん。修行が終わったらな」


「修行?」


「卒業したらオレは世界戦線に行く。そこで満足するまで腕を磨くつもり」


「ああ、実戦経験を積むってことか」


「うん、武術は使ってはじめて磨がれるからな。世界貢献なんてついでだよ」


「前線で戦うってそんなもんだと思う」



 実家での騒動はあったけれど、彼は元からそのつもりだったようだ。

 技術に上限などない。良いことだと思う。


 彼は何気ないように答えていたがラリクエ(ゲーム)にも彼が将来を考える一幕がある。

 それだけ育った家に縛られるのを悩むわけだ。

 その思い悩む様でさえ彼の陰美なところを彩っていると思う。



「ああ、そろそろ時間だ。ありがとな、急に邪魔して悪かった」


「武ならいつでも歓迎する」


「ははは、ソフィアにもそう言ってやれよ」


「な、彼女とはそういう仲じゃ・・・!」


「そんじゃな。ああ見えて怖がりだから守ってやれよ」



 アポも取らず部屋にお邪魔して1時間。

 区切りも良いので揶揄いながら部屋を後にした。

 真っ赤になってアワアワしている結弦を後目にばたんと扉を閉める。

 閉めた扉の向こうで誤魔化すように大きな声をあげて否定するあたりが日本人らしい慎ましさ。

 うんうん、仲が進展していてよろしい。



 ◇



 クライミングアーチに咲き乱れる赤や白の弦薔薇。

 ゲート状のそれを潜ると左右に所狭しと顔を並べる白やピンクの花たち。

 中央には地面に白レンガが敷き詰められお洒落な白テーブルと椅子。

 結弦の部屋を後にした俺は、彼女に促されるままそこに腰かけていた。



「ようやくここまで手入れできましたの」


「恐れ入った・・・こんな素敵なガーデニングにお目にかかれるなんて。ソフィアはお貴族様だよな、ほんと」


「ほほほ、優美でしょう? こうした嗜みを忘れては貴族の息女足りえませんわ」



 白い扇子で口元を隠し上品に笑うソフィア嬢。

 こういった西洋ガーデニングにお嬢様の象徴たる金髪縦ロールがとても映える。

 俺は案内してくれた彼女に勧められるままお茶を飲んでいた。


 余暇や余力を愉しみのために費やす。

 それ自体が新たな雇用や環境を創造していく。

 中世より欧州の貴族たちが営んできた手法であり文化的象徴でもある。


 だからって学園の中庭にこんなの作るって想像もしねぇよ。

 ラリクエ(ゲーム)でもこんなの出て来やしねぇし。

 しかも設置までは業者任せでも普段のお世話は彼女自身が嗜んでいるというから驚きだ。



「手塩にかけた優美な場所で、武様とお茶を嗜めることが嬉しいですわ」


「喧騒を忘れてゆっくりする時間ってなかなか取れねぇからな」


「ふふ、武様はいつもご多忙でいらっしゃいますから」


「いやさ、俺はもっとのんびりしてぇんだよ。でもやることが尽きなくて」


「それだけ求められている証ですわ。さすがは武様」


「んな持ち上げんなよ、自惚れちまうだろ」


「ご謙遜なさらず素直にお受け取りくださいませ」



 にこりと上品な微笑を俺に向けるソフィア嬢。

 咲き乱れる花に気を取られていたところに飛び込んで来たその純粋な好意。

 絶世の美女である彼女に間近で水を向けられれば誰だって心を掴まれるだろう。

 どきりと胸が跳ねるのを顔に出さぬよう、深い呼吸を交えて平静を気取る。



「ソフィアには闘神祭で色々助けて貰ったよ。ほんと有難うな」


「ふふ、武様とのお約束ですから」


「約束?」


「ええ、『誰よりも果敢に、優美に、華麗になる』、と」


「!?」



 そういや前にそんなことを口走った気がする。

 誤魔化すことばっか意識して使った言葉は忘れがち。

 やべぇ、無責任すぎるぞ、俺。

 ソフィア嬢はその言葉を信じて頑張ってんじゃねぇかよ。


 焦る俺に彼女はにこにことお日様のような笑顔を向けてくる。

 またどきりとして思わず目を花に向けた。



「貴方のお傍に置いていただくためのお約束ですわ」


「・・・うん。それに助けられてるからな、俺は」


「わたくしは貴方の剣であり盾です。どうぞわたくしをもっとご活用ください」



 うん。このセリフ。

 リアム君でソフィア嬢を攻略後に言ってたやつだよ。

 ラリクエ客観(ゲーム)的視点の記憶によってどうにか平静を取り戻す俺。



「俺さ、助けてもらってばかりでソフィアになにもしてやれてねぇじゃん」


「いいえ、わたくしが頑張れますのも武様のお陰ですわ」



 ソフィア嬢は目を閉じ、胸に手を当てた。



「わたくし、まだ闘いを前にして足が竦みますの」


「? 結弦のときも闘神祭のときも、立派に立ち向かってんじゃん」


「貴方のことを想えばこそ、わたくしは前に進めるのですわ」


「・・・」



 少し顔を赤らめて少女みたいにそんな小っ恥ずかしいことを言っちゃダメ。

 その仕草だけで一枚絵(スチル)になるくらいキラキラしてるし。

 セリフも手伝って隠せないくらい赤くなってきてる自覚があんぞ。


 彼女への妙な罪悪感と彼女の魅力と。

 俺の胸の鼓動がはたしてどちらを主張しているのかわからなかった。



「お傍に置かせていただけると思うたび、恐怖を打ち消すことができますわ」


「・・・そっか。うん、まぁ、強くなるのは良いことだ」



 ああもう、何を言ってんだ。何を誤魔化してんだよ俺。

 俺の言葉を信じて頑張ってんのに他人事すぎんだよ。


 そもそも攻略のためとはいえ彼女に近づきすぎた。

 図らずもソフィア嬢を攻略しかけてて、それで俺が攻略されそうになってりゃ世話ねぇし。


 俺は自分のやらかしに改めて反省してしまう。

 そのせいで沈黙を続けてしまった。



「・・・あの、武様」


「うん?」


「わたくしは、ソフィアは貴方のお眼鏡に適っておりますか?」



 不安そうに細い眉を寄せて俺の顔を覗き込んで来るソフィア嬢。

 ほら、ないがしろにしてに答えるから不安になっちゃったじゃん!


 ・・・くそっ、そのうるうるした上目遣い禁止!

 そういうのリアム君の専売特許だよ。



「わたくしでは不十分でしょうか。ご満足いただけていないように思いますの・・・」


「えっと・・・」



 だから俺の事情で考えるな!

 ・・・ソフィア嬢の気持ちを弄んでいいわけじゃねえって!

 誤魔化したって好転しねぇ(当社比)んだから正直に言ってやれよ、俺。



「・・・ソフィアは十分に果敢だよ。俺、よく危ねぇことになるからいつも助かってる」


「まぁ! それは真実ですか!?」


「実際、守ってもらってんだろ? 居てくれなきゃ困る」


「ああ、良かった! 嬉しゅうございます!」



 不安そうな表情から一転、花が咲いたように顔が綻ぶソフィア嬢。

 ・・・当たり障りのない言葉とか関係って、もう無理だな。


 喜びのあまり俺の隣まで来て満面の笑みで腕に抱きついている彼女を見て。

 攻略しかけてしまっている自分に心で溜息をつく。


 嬉しいしどきどきはするけど、まだ心まで流されてない。

 これは好きというより異性がくっついてて緊張するって意味合いのほうが強い。


 押し付けられる豊満な胸の感触に幸せを感じながらも冷静な自分に嫌気が差す。

 俺のこのスタンスはどれほど彼女に失礼を働いているのかと。

 距離が近くなればなるほど、その斥力は俺を責め立てた。



「なぁソフィア」


「はい、どういたしましたか?」


「言うだけ無駄だとは思うけど言う。俺はさ、お前らの・・・2番を求める気持ちには応えられねぇ」


「はい」


「何度も言うとおり、慕ってくれんのは嬉しいんだけど応えることができねぇんだ」


「はい」


「こうしてお前にもらってばかりだとどうにも騙してるような気がして。ええと、だから・・・」


「・・・武様、ご心配されていらっしゃるのはそれだけですか?」


「え?」



 言い澱んでいるとソフィア嬢は抱きついていた腕を離して俺に向き合った。

 さっきまで浮かべていた夢見心地の笑顔ではなく、ふっと凛々しい真剣な眼差しで。



「ではわたくしから問いましょう。武様は何を恐れていらっしゃいますの?」


「え? えっと・・・」


「例えば一夫一妻制度の価値観を抱えていらしているがゆえの、他人からの軽蔑や侮蔑の視線、ご自身の倫理観から来る罪悪感でしょうか」


「え?」


「例えば親交期間の長短や序列。先に1番となられた香様や、お付き合いの長いさくら様へのご配慮でしょうか。それによりわたくしが抱く劣等感へのご心配など」


「・・・」


「そういった、おおよそわたくしが抱くはずもない幻影を恐れていらっしゃるように感じますわ」


「・・・・・・」



 彼女は正しい。

 俺を責め立てる180年前の倫理観が、この世界(ラリクエ)のそれと相容れないわけで。

 香にも指摘されたとおり、俺のこの態度は露骨に皆に伝わっているのだろう。

 今、こうしてソフィア嬢にも見透かされてているように。


 だけど。

 いちばんは『キズナ・システム』問題なのだ。

 こいつらを好いてるかどうかって言われれば好きに決まっている。

 でも俺自身がそれを受容しちまうわけにはいかねぇんだよ。



「ですが」


「・・・?」


「問題はもっと深いところ。そう、貴方が別の時代の記憶を有することにございますの」


「は!?」


「ご安心ください、他言はいたしません。ほかの方へ話したこともございません。ここからはすべてわたくしの中での推理ですの」



 推理だって?

 推理で俺が別の時代の人間だってたどり着いたってのか!?


 その推論が衝撃的すぎて反論を忘れている俺に彼女は続けた。



「貴方はわたくしの想像も及ばぬ未来(・・)から来た。そして起こり得ることを知っていた」


「・・・」


「こう考えるよりほか無いことが多々ありますわ。貴方のその価値観はその片鱗でしかありません」


「・・・・・・」



 衝撃のあまり言葉を継げない。

 『未来』てのは違うけども、意味合いとして正しい。

 よく考えりゃ闘神祭のアレは会長でなくとも想像ができるわけで。

 こうして疑問を抱かれるのも当然、なのか?



「詳しくはございませんが、世界線を始めとしたタイムパラドックスのお話もあるのでしょう」


「・・・」


「ですからご正体を明かせずいらっしゃる。ええ、ええ。何も仰らなくて結構ですわ」



 隠し事を言い当てたり、と言わんばかりに唇に人差し指を添えて得意満面で語るソフィア嬢。

 俺はその芝居がかる態度に彼女の優しさを見た。



「ははは、また荒唐無稽なことを」


「あら? 間違っておりまして?」


「時代を飛ぶなんて小説みたいなことがあるわけねぇだろ」


「ええ、一般常識に囚われていればそう考えますわ」


「そもそも未来から来たら危ねぇことも知ってんだろ? どうして俺が死にかけてんだよ」


「貴方がこの世界の辿るべき道を修正された反動かと存じますわ」


「修正だなんて。『世界を救う』なんて俺がそんな殊勝なタマに見えんのかよ」


「ええ。貴方のその行動すべてが物語っておりますわ。例えばこの学園へ入学するために南極で一命を取り留めたなど」


「! なんのことだよ? 南極なんて知らねぇぞ」


「・・・ふふ。やはり貴方はそう仰るのですわね」



 苦し紛れの誤魔化しが無意味だと知りながら、俺自身が肯定してはならないことを否定する。

 俺のその態度で確信した彼女は扇子で顔を隠すと、目を閉じひと呼吸置いてまた柔らかな笑みを浮かべた。



「ご安心くださいませ。先に申し上げたとおり、これらは何の根拠もないわたくしの妄想ですわ」


「・・・」


「そして貴方のお傍へ侍りたいと欲すことも、わたくしの片想いですわ」


「え、だからそれはよ・・・!」



 それは俺が押し付けた、彼女が果敢だという勝手な幻想が、ソフィア嬢を駆らせてるだけだ。

 それがお前を縛り付ける理由にならねぇ。

 そう言おうとする俺を手で制し、彼女はひとり頷きながら言葉を続けた。



「武様、ご自身をお責めになりませぬよう。貴方が責めているのはわたくしの愛する方ですの。例え貴方様でいらしても侮辱は許しませんわよ」


「・・・・・・」



 ・・・あのさ。

 どしてそんなに頭がキレて気遣えて意志力が強いの?

 俺の矮小なプライドとか、せこい誤魔化しがぜんぶ台無しじゃん。


 こんな素敵な彼女がどうしてここまで俺にしてくれてる?

 彼女はゲームで見せた打算から動いてんじゃねぇのか。

 どう考えてもこれは違う。

 これって・・・。


 そんな言葉を口にするほどの。

 その麗しい気持ちを慮るに、思わず絆されてしまいそうになる。



「武様。わたくしの敬愛する貴方に捧げます」


「うん?」


「もし貴方が真にわたくしの力を必要とするのであれば『果敢なる令嬢』とお申しつけください」


「・・・」


「ソフィア=クロフォードはここに、いつ、いかなるときでも貴方の剣となり盾となることを誓いましょう」



 呆気に取られてぽかんとしている俺に対して。

 ソフィア嬢は執事が敬礼するように胸に左手を添え傅いた。

 それはまるで騎士を叙爵するかのように。


 花の庭園で頭を垂れた彼女をどう受け止めればよいのか。

 俺はただ佇んだまま、見つからない返答の言葉を探していた。



 ◇



 時間は遡って昨日、土曜日午後の喫茶店。

 先輩3人と今後の予定を詰めたときの会話。



「3か月。いや、状況によってはそれ以上の不在となる」


「当面はあの子たちと強制的に距離を置くことになるわ。どう? 諸々、都合が良いでしょう」


「うん、なるほどね」



 俺は今後の方針について説明を受けていた。

 性急ではあるけれど有限の時間をうまく使うためにはこれしかない。



「京極君、前みたいにいきなり居なくなると大変だよ~」


「あんときはそうするしかなかったんだって。悪かったよ」


「ほんとだよ! でも香さんも九条さんも2回目だもんね。許してくれるかな」


「う~ん・・・。香ならわかってくれるかな。さくらは駄目そうな気がする」


「だったらせめて楽しい思い出作りしておきなよ」


「なんか今生の別れって感じだな、それ」


「遺書を書く者もいる。出征する者が皆、通る道だ」


「出征ね・・・言葉だけ聞くと物騒だよな」


「事実よ。あそこも安全な場所ではないのだから」



 こうして翌日の日曜日、俺は勧められるがままに主人公たちとの時間を作ることにした。

 しばらく会えなくなるだろうから、僅かだけれども思い出作りのために。








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