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 気持ちよく透き通る秋晴れの下。

 俺は待ち合わせの緑峰駅に到着した。


 今日は闘神祭翌週の土曜日。

 紺色のワンピースにチェックシャツを腰巻にして。

 キャメル色のスクエアトウを履いたお洒落可愛い女の子。

 オーバーシルエット系のふわふわファッション。

 なのに前髪が相変わらず目を隠しているし、黒縁眼鏡が残念系のイメージを強調する。

 要するにアンバランス感。それもまた彼女らしかった。


 初めて見る格好の先輩がいた。

 制服姿以外の格好を見るのは初めてだ。

 イメージチェンジしたくらいの印象を受けるのはそれだけ彼女が張り切っているから。

 そのくらいは俺でもわかった。


 対する俺はいつもの適当コーデ。

 グレーのキャスケットに青白の縦縞シャツ、ブラックのジョガーパンツ。

 さくらのデートのときと同じ格好だなんて秘密だ。

 ・・・だから夏冬の2着ずつしか持ってねぇんだよ。

 なんか駄目な奴でごめん先輩。



【おはよう。ごめん先輩、待たせちまった】


【おはよう京極君。良いの、まだ来たばかりだから】



 恋人的な待ち合わせの典型会話。

 まさか先輩とデートすることになるとは想像もしなかった。

 でも香主催の七試練の勝負で文句なし1位を獲得したのだ。

 付き合わないわけにはいかない。



【そんで、今日は俺を連れて行きたいところがあるって?】


【うん。だからエスコートは任せてね】


【先輩に任せると不安しかねぇんだが】


【うう~酷いよ京極君。私の評価、低すぎない? シクシク】



 シクシクなんて擬態語、発音すんな。

 泣き真似っぽい仕草をする先輩に軽いチョップをお見舞いする俺。



【いてっ】


【ほら、慣れないウソ泣きなんてすんじゃねぇ】


【違うよ~本気だよう】



 今度は口を尖らせて不服を伝えて来る先輩。

 この人、普段は目元しか見えないお化け風なんだけど、結構、表情豊かなんだよな。



【ところでさ、聖女様と先輩が姉妹だなんて知らなかったよ】


【うん。お姉ちゃんも酷いよね、言う必要がないからって言ってなかったみたいだし】


【・・・確かに必要はねぇような気もする】


【ええ、京極君までそんな酷いこと言うの!?】


【ははは】



 軽口を叩いて先輩をいじる。

 一緒に勉強を始めたころから、およそ2年間繰り返したいつもの光景。

 あの日々がなければ俺は高天原学園へ入学していない。



【そうだ。先輩、ちゃんとお礼を言えてなかった】


【ん? どうしたの、急に?】


【世界語の勉強を見てくれてありがとう】


【あはは、どういたしまして。だって部活にいるための約束だったじゃない】


【それでも先輩のおかげだよ。先輩に教わってなけりゃ、あそこで落第してただろうから】



 往来だというのに気にもせず頭を下げる俺。

 お洒落女の子に道端で最敬礼をしている図は通りすがる人の目を奪うのに事足りるわけで。



【ちょ、ちょっと京極君! こんな場所でやめてよ・・・】


【あ、ご、ごめん。どうしてもお礼を言いたくなって】


【もう、そういう勢いで動くところは変わってないのね】



 勢いで動く? 俺、猪突?

 それは御子柴君のポジションじゃねぇんだろか。



【俺、そんなに向こう見ずかな?】


【だって南極のときだって止めても止まらなかったじゃない】


【はは・・・そう言われればそうか】



 うん。否定できん。

 あんだけ止められたわけだし。



【そんで行き先はどこ?】


【ふふ、焦らない。着いてからのお楽しみだよ】


【お楽しみ、ねぇ】



 残念先輩の『お楽しみ』。

 中1のころのプレゼント的なやつはほぼ全滅したような。

 ああでも、あれはAR値のための何かだったしな。



【あ、また疑ってる!】


【ははは、先輩だからな】


【もう! 京極君のためのチョイスなんだから。後で感謝してよね】



 そうして先輩は俺の手を引いて歩き出した。

 このやり取りが心地良い。

 デートっぽくないけど気の置けない関係ってこうだな、と改めて噛みしめていた。



 ◇



 RPGの攻略本を見たことがあるだろうか。

 インターネット全盛のリアルでも纏まった情報が1つに集約されているものは重宝する。

 もっとも攻略動画が主流になりつつあったので動く情報という意味でネットに軍配が上がる。

 リアルはそういう時代の転換期にいるんだなぁ、と思いを馳せる。


 なんでこんなことを考えたかというと・・・。



【ほら、この部屋。オークの巣どころじゃないよ、村だよ!】


【でもここで補給できるじゃん。これなら持久戦でいけるんじゃね?】



 俺たちが見ているのは模型。

 模型と言ってもリアルであるような物理的なミニチュア模型じゃない。

 3メートル四方で高さ2メートルの大きな空間に表示される、3D模型だ。

 操作パネルが手前にあり、そこで拡大縮小回転ができる。

 50階層あると言われているその迷宮のうち、明確になっている部分だけが表示されていた。

 20階層までであれば、ほぼ全域がはっきりとわかっている。

 落とし穴など判明している罠も詳細に閲覧することができるほどだ。


 先輩が連れて来てくれたのは世界政府東亜支部作戦準備室。

 一般人も閲覧できる情報が展示されている場所がある。

 俺たちが見ているのはアトランティス大陸にある唯一にして世界最大の迷宮の情報だった。



【内部の補給基地(セーフポイント)はそんなに良いものがないよ? せいぜい魔力傷薬(ポーション)くらいだから】


【ほんとだ。基地は身体を休める場所、くらいの感覚なんだな】


【うん、それと食糧ね。浅い階層を軽装備で行けるのはこの食糧があるおかげ】


【それでも具現化(リアライズ)武器であることが前提なんだな。武器破壊されたら詰む】


【そう。実力がすべてだよ】



 ゲームの攻略情報さながら、その展示は迷宮の情報を惜しむことなく公開していた。

 魔物の出現情報、罠、人類が確保した橋頭堡である補給基地(セーフポイント)

 周囲には個別の魔物の情報も展示されている。

 姿形から装備、性格や生態、行動パターンまで。

 高天原学園の授業で、野外訓練の基礎知識で習ったものもあった。

 さすがに実地情報なのでこの展示のほうが詳しいわけだが。


 俺のラリクエ(ゲーム)知識と比較しても遜色ないレベルで纏まっている。

 だからこの攻略展示は人類が生き残るための情報だ。

 俺に言わせれば新人類(フューリー)の戦士たちに喧伝したいくらい。

 攻略情報なしで命がけで突っ込むのは、よほどの馬鹿か猪だろう。


 ただしこの情報が活用できるのは浅い階層まで。

 深い階層は構造が変化すると言われているそうだ。

 アトランティスの罠は発動後、一定時間で元に戻る。

 ところどころに落ちているアーティファクトもそう。

 なぜか復活するのだ。

 迷宮が魔力的な生き物であるとされる所以だ。

 だから変化すると言われて疑う由もない。


 そんな未知の30階層、40階層。

 そこまで潜った猛者の証言が展示されている程度だった。



 ◇



 ラリクエ(ゲーム)では3年次の遠征でアトランティスへ行くことになる。

 このアトランティス攻略イベントには時間制限がある。

 ゲーム的要素と言われればそれまでだが、3か月という期間を表現したものと思われる。

 その間に希少なアーティファクトを集め、戦闘経験を積んでムー大陸攻略に備える。

 ラリクエ(ゲーム)で挑む迷宮はプレイの都度、構造が変わる仕様。

 ダンジョン探索系の物語と同じで一筋縄ではいかない。


 ちなみに俺は最下層まで行けなかった。

 敵が強すぎるし荷物も持ちきれなくなる。

 途中で回復手段が尽きるので最後は運任せだ。

 例により天文学的な運が無ければ進めない。

 あれだけやり込んだ俺でもせいぜい40階層止まりだった。



 ◇



 と、そんなゲーム攻略が現実の探索情報として目の前にあるのだ。

 この世界(プレイ)での迷宮の形を覚えない手はない。

 全部、この情報を持ち帰りたいくらいだ。


 等身大の展示は先達が築いた努力の道。

 今後訪れるであろう、アトランティス攻略の貴重な情報なのだから。

 俺がこの情報を必要だと、先輩は連れてきてくれたのか。

 また頭が上がらねぇことをしてもらってるよ、俺。



【京極君、そろそろお昼へ行こうか】


【え? もうそんな時間?】



 興味をもって熱心に見ていると時間がいくらあっても足りない。

 先輩に言われて既に2時間は経過していることに気付かされた。



【お昼は洋食屋さんだよ】


【手作りのお店?】


【うん。浜港駅にあるパスタのお店】


【パスタ? あの駅前の商業施設にあるやつ?】


【うん、そうそう】



 ◇



 そこは知っているお店だった。

 桜坂中学のパスタの会で、初めて訪問したお店だ。

 自動調理器を使わない手作り生パスタが美味しいところ。

 人気店で、問題は混雑すること。

 さくらの采配で開店10分前に並んだのは良い思い出。


 そんなお店に予約なしで行ったものだから1時間の行列に並ぶ羽目に。

 当然と言えば当然なのだが・・・。



【もう疲れたよ~・・・】


【もうすぐだから我慢しようぜ。ほら、あと2組じゃん】


【うう、早く座りたい・・・】



 子供のように駄々を捏ねる先輩の頭をぽんぽんと撫でで宥める。

 触れられると、にへらとして顔を赤らめて大人しくなって。

 またしばらくすると不満を口にして。その繰り返し。

 やばい、可愛い。


 展示から立ちっぱなしだったから先輩は足が棒になりそうと悲鳴をあげていた。

 ようやく席に案内されると、先輩は「ん~~~!」と脚を伸ばしていた。



【はぁ~、ようやく座れた・・・】


【先輩、インドア派だよな】


【高天原学園みたいに全員が動ける学校のほうが珍しいよ~】


【いや全員って・・・ああ、うん。そうかも】



 リアム君みたいな体力薄弱者を想像するが、彼も俺と同じくらいに動ける。

 今も週2で朝マラソンしてるし。

 先輩レベルでインドア派の人間はあの学園ではやっていけない。

 そうじゃないと世界戦線なんて夢のまた夢になってしまう。

 あの学園は防衛大学さながら、もはや自衛隊だ。


 あれこれとそんな雑談をするだけで楽しい。

 すぐに注文した料理が運ばれて来た。



【あ! 美味しい!! すごいね、このモチモチ感!】


【うん、手作りだからの味だよな】



 頼んだペペロンチーノを口にして顔を綻ばせる先輩。

 頬に手を当て、ほっぺたが滑り落ちないように支えているかのようだ。



【はぁ~美味しいよう・・・。並んだ甲斐があった~!】


【ほら、デザートも食べて元気出してくれ】


【ああ!? パフェまで頼んだの!? 幸せ過ぎるよ~】



 隙を見て頼んでおいたデザートに目を輝かせていた。

 疲れた発言は既になかったことになったようで。

 甘いものは女の子の疲労回復に絶大だよな。うんうん。

 幸せそうにパフェを頬張る姿にこちらも嬉しくなる。


 おっちょこちょいだけど、先輩は仕草が可愛いんだよな。

 前髪を整えて眼鏡をスタイリッシュなやつに変えればキレイ系になりそうなんだけど。

 趣味の問題なのかなぁ。

 折角のお洒落コーデが勿体ない。

 今度、イメチェンを勧めてみよう。


 そんな勝手なことを考えているうちにパフェが空になっていた。



【早っ!? もう食べたのか】


【美味しいものは別腹だよ~】



 満足気に平らげた先輩を見て俺も和む。

 何度か先輩と食べに行ったことはあるけどこんなに嬉しそうなのは初めてだ。

 なんかそれだけで俺も嬉しい。



【満足いたしましたか、お嬢様】


【う~ん、まだ! もう一杯食べたい!】


【生憎、お洋服のサイズ直しは承っておりませんが】


【もう! こんなので太らないよ~】



 ぷくっとむくれた先輩を見て思わず吹き出してしまう。

 先輩も楽しそうに笑った。

 デートのはずだけど友達のような距離感。

 存外に心地よかった。



 ◇



 今日、顔を合わせたときはアンバランスとか思ってしまっていたけれど。

 そんな先輩の姿も見慣れてしまうとすっかり可愛く見えてしまっていた。

 ふと、目が合うとにこりと笑いかけてくれる。

 思わずどきりとして目を逸らす。

 こんな仕草を何度か繰り返していた。


 お店を出ると先輩は俺の手を引いて歩き出した。

 少し意識をしてしまったせいで何だか顔が熱い。

 ・・・落ち着け俺、相手は先輩だぞ?


 先輩に引っ張られるまま歩いていくとまた駅に着く。

 行き先は天神駅方面、つまり先輩は地元から離れ、俺は帰宅する方面だ。



【あれ? まだどこかへ行くのか?】


【うん。もうひとつ京極君を連れていきたいところがあるの】


【連れていきたいところ?】



 言われるがままに電車に乗った。

 そのまま揺られて30分。

 到着したのは高天原学園のある天神駅。

 あれ?



【なぁ、学園に戻って来てんだけど】


【うん、こっちって指定されちゃったから】


【え?】



 先輩は駅から出るとすぐ商店街へと入った。

 そんなに人も多くない。

 大通りから路地に入るとぜんぜん知らない道だった。


 目的地は10分ほど歩いたところにあった。

 小さな喫茶店。

 『ファンタジー』なんて投げっぱなしの名前。

 この時代にしちゃ設えがアンティーク。

 つまり・・・俺の時代にもあるような雰囲気だった。


 お店の扉の札は閉店となっている。

 営業してないじゃん。

 そう突っ込もうと思ったところで扉に手をかける先輩。



「おまたせ~」



 いきなり世界語になってるし。

 ちりんちりんと喫茶店らしい鈴の音を響かせ、先輩は中へ入っていく。


 知り合いの店?

 後を追って俺も店に入った。


 季節は10月下旬、外はちょうど良い陽気。

 歩いた後だから少しだけ暑い。

 空調の効いた部屋の中はそんな身体を優しく迎え入れてくれた。



「ちゃんと連れてきたよ~」


「うん、恵。お疲れ様」


「来たか、京極 武」


「は? 聖女様? アレクサンドラ会長?」



 その小洒落た喫茶店は無人だった。

 貸し切りにしてあったのだろう。

 聖女様がカウンターで紅茶を飲んでいる。

 キッチン側でアレクサンドラ会長がコーヒー片手に寛いでいた。

 なんか場違い感。突っ込みどころが多い。



「ごめんね、京極君。大事な話をしたくて連れてきたの」


「・・・大事な話?」



 くるりと振り返り真剣な表情で俺に向き合う先輩。

 ちょっと良い雰囲気だから改めて告白とかあるのかな、なんて少しだけ期待していたのに。

 どう考えてもそんな状況じゃない。


 これは単なるデートではないということか。

 でも先輩はいつも俺を優先してくれていた。

 きっと、悪い話ではないと思いたい。



「立ち話も何だろう、先に座ると良い。飲み物は何にする?」


「・・・じゃ、レモンティーを頼むよ」


「私はアイスコーヒーをお願い」


「承知した」



 店員の態度じゃねぇよと思いつつ。

 聞かれるままに答えたけどなんで会長が用意してんだか。

 奥のボックス席に並んで腰掛けた俺と先輩。

 飲み物を運んできた会長がそのまま正面に座ると、隣に聖女様もその隣に座った。

 ・・・なんだこの状況。公開プレイか何か?



「で、先輩。大事な話って何だ?」


「うん、あのね・・・」



 言い辛いのか、もじもじとする先輩。

 落ち着きたいのかアイスコーヒーに口をつけて。

 うんうんとひとりで頷いて。

 大きく深呼吸をしてから、先輩は続けた。



「京極君・・・貴方は何者なの?」


「・・・は?」



――がちゃん


 口をつけたティーカップをソーサーに勢いよく落としてしまう。

 飛び散って汚れてしまうなんて考える余裕もないほどに。

 それは俺の思考を真っ白にするのに十分な質問だった。






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