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■■九条 さくら ’s View■■
無邪気に絡み合う収まりの悪い金髪。
引き締まった眉の下、アクアマリンの瞳が覗いています。
その長身に相応しい威風堂々とした姿。
あれだけの激闘をしたというのに、わたしのパートナーは疲れを見せていませんでした。
「あいつが自主的に『奈落の楔』に細工をして回っていたことは確かだ」
就寝前でも人前では装いを崩さないソフィアさん。
紅茶を片手にふぅ、と息をつきました。
「それは澪様が対処法を示していらしたのかしら?」
「いや。澪先輩は『わかっているはずよ、貴方なら何を為すべきか』としか言っていなかった」
「澪様が武様にあらかじめ伝えてあったのではなくて?」
「・・・武さんが捕らえられてから龍脈に穴が開けられたはずです。その後は救出するまで話をする時間はなかったと思います」
時刻は0時を過ぎています。
皆、眠るに眠れないほど神経が昂ぶっていたのでしょう。
ソフィアさんの文字チャットの呼びかけにも関わらず、いつもの6人が集まっていました。
「するとやはり、武様は『奈落の楔』の存在や使用法を知っていたというわけですわね」
「でも2つとないアーティファクトなんでしょ? どうやって調べたのよ?」
「武くん、いつも不思議なことするよね~。アリゾナで事故に遭ったときも誘導が上手だったし」
「事故?」
「うん、高速バスのエンジントラブルで不時着してね。乗客をまとめてトラックでヒッチハイクしたの」
「そうね、あのときはタケシが誘導しなきゃ、もっと混乱して遭難者が出たかもしれなかったわ」
「うんうん。あの近くに道があって、すぐトラックが来るなんてわからないよね」
リアムさんとジャンヌさんの証言です。
わたしたちが知らない、いえ、誰も知り得ないことを知っている。
それはもう偶然を超えて確信に近いものがありました。
「問題はあいつがどこでどうやって知ったのか、ということか」
「ええ。まさかわたくしやレオン様のように諜報部があるわけでもないでしょう」
「タケシの周りの人、ほら、今回、一緒に競った人たちは?」
「ええと・・・クラスメイトだった諒さんと若菜さんは特別にそういった伝手はないと思います」
ジャンヌさんとソフィアさんは可能性をひとつひとつ検証しています。
ですが、誰もこれといった答えを出せずにいました。
「はぁ。まったくの謎、ね。もともと変じゃない? アイツ」
「変、というと?」
「ほら、あたしが歓迎会の後に兄貴と姉貴に話をされたとき。ずっと挙動が変だったじゃない」
「そういえばそうだったな」
レオンさんとソフィアさんが頷いていました。
話題は武さんに関することばかり。
それだけ武さんへの関心が高いということでしょう。
「知り得ないといえば・・・」
「何かございますか?」
「観覧車から脱出したとき、武さんは同化矢をご存知でした」
「? さくら様の練習をご覧になったのでは?」
「いえ。数日前から練習を始めたばかりの技でした。その間、ずっとひとりで練習をしていましたから」
「はい? さくら様がその技を使えることをご存知なかったはず、と?」
「そう思います」
「「「・・・」」」
皆、思い当たる節があるのでしょうか。
武さんの不可思議な行動の理由を探ったままです。
「可能性があるとすれば未来視くらいしか思い浮かばないわ」
「そうとするならばゲルオクに捕らえられたりしないだろう?」
「・・・まさか、わたくしたちが助けるところまで見越して捕まったのでは?」
「そんな・・・!?」
「相棒、さすがにそれはないだろう。生命を危険に晒しすぎる」
「そう、ですわね。結弦様の皆伝の儀でも相当な危険に遭遇していらしてますし」
「すると未来視でもない、と」
答えは出ないまま。
ただ時間が過ぎていました。
「あ、そういえば」
「どうしたの、リアム?」
「僕のお父さんが研究してた五元ベクトル論っていうお話。時間を遡ることができるって言ってたなぁ」
「五元ベクトル論?」
「うん。相対論は原始力学・・・電磁場、重力場と時間軸で説明されるよね。魔力が物理法則に変換される原理が、相対論と統合できるって話なんだ」
「「「??」」」
「あはは、わからないよね。ごめん、僕もよくわからないんだ。でもお父さんは『時間を遡る魔法があるし、時間を進む魔法もある』なんて言ってたんだよ」
「・・・そのお話からすると、原理や手段はともかくとして、武さんは過去や未来に行ける、あるいは行っていたということですか?」
「うん、可能性だけだよ。そんなのあったら、誰かが世界を支配してるよ」
こうした可能性まで含めてしまうと答えは出ません。
しばらくの沈黙は、皆がそれを実感するのに十分でした。
「・・・ところで、武と香が共鳴した話をしたい」
「わたくしももういちど確認したかったのですわ。香様の神威が、レゾナンスで強く顕現したというのはほんとうですの?」
「事実だ。レゾナンスがなければ、あの場面で武がオレに魔力同期で供給できるほど余裕がなかったはずだ。澪先輩の結界も破られていただろう」
「結弦、お前が俺の援護をしたときにはその状態だったわけだな」
「ああ。だから千子刀を使えたし、風魔法の風纏いを使えていたんだ」
皆が唯一の目撃者、結弦さんに注目していました。
「神威は等身大で顕現した。『若草の至』のような制限をつけないさくらの白魔弓と同じだった」
「あの小さな弓ではなく、本来の大きさだったわけですね」
「そう。だからあの位置から奈落の楔を狙えたんだ」
話によれば橘先輩は50メートルの距離をドラゴンやゴブリンを貫いて射ったということです。
神威という固有能力の効果なのでしょう。
「はぁ・・・武様と共鳴すれば、香様でさえ具現化できますのね。どうしてわたくしたちと共鳴してくださらないのかしら」
「まったくだ。俺たちはあいつと共に闘うつもりなのにな」
「タケシのことだから、キスのひとつもすれば落ちるんじゃない?」
「あれ? ジャンヌ、武くんにキスしてたよね?」
「は!? な、なに馬鹿なこと言ってるの!? あたしがあいつとキスなんてするわけないじゃない!!」
「え~? でも覚えてるんだけどなぁ。武くん、僕にもしてくれたし」
「「「「え!?」」」」
それは聞き捨てならぬ発言です!!
その後、リアムさんの爆弾発言を皆が質問攻めにしたのでした。
◇
夜も更け、自然と解散となりました。
数時間でも寝なければ明日に響きます。
皆さんが部屋に戻るところを何となく眺めていました。
すると足を止めていたレオンさんと目が合いました。
「さくら、部屋へ戻らないのか」
「・・・ええ、戻ります」
「どうした? 武のことか?」
「はい・・・」
レオンさんになら聞いてほしい。
そう思うと、自然と口から言葉が出ていました。
「武さんは高天原学園へ入学された理由を『やることがある』と仰っていました」
「ああ、それは覚えている。だから俺たちと共鳴はしないと言っていることもな」
「・・・レオンさん、わたしは不安なのです」
武さんはいつも、生命の危険を顧みない行動をします。
確かにその場では必要なことですが、普通は避けて通るようなことです。
彼が目指している、やろうとしていることは自身の生命以上のことだから。
リミッターの外れた行動原理は、そうとしか説明がつきません。
わたしたちからすれば理由もわからず危険へ身を投じていくのです。
「たまに感じるのです。武さんがわたしの前から居なくなってしまうように・・・」
「・・・武の無茶は今に始まったことでもないだろう」
「南極のときのことをご存知でしょう! あんなの、自殺ですよ!?」
つい声を荒げてしまいます。
そんな自分に驚いていたところでレオンさんはわたしの肩に手を置きました。
「武にはそれだけ賭けねばならぬ何かがあるのだ。それを打ち明けられないというのは、あいつが俺たちのことをまだ信頼できていないということだろう」
「・・・・・・」
言葉が出てきませんでした。
図星だったからです。
わたしはまだ、彼から十分に信を得ていない。
彼からの信頼を得られたのは橘先輩だけ。
俯いたまま、何とも言えない歯痒さを覚えます。
「・・・・・・」
しばらくの沈黙。
気付けばわたしの肩にあるレオンさんの手が震えていました。
はっとして彼の顔を見ると、唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべています。
「・・・そうだ、俺はあいつに認められていない。俺の隣に立てるのはあいつしかいないと思っているのにな」
「レオンさん・・・」
自嘲するような独白にも聞こえました。
届かぬ想い。
それは黒い帯となって真綿のようにわたしたちを締めてきます。
武さんと交わした約束。
それがわたしを置いていかない保証にはなりません。
ですが、わたしはそれに縋るしかできないでいました。
ただ、約束が果たされる日が訪れることを信じて。
いつか武さんが振り向く。
それだけを信じ抜く。
その険しい道を歩むことを選んだ、わたしと彼。
信じきれぬことへの葛藤から来る疑念。
それは自身の心の弱さとの闘いです。
彼の震えは、わたしの心の怖れでもありました。
わたしはどうしてかその震えが愛おしく思え、彼の手を取りました。
そしてゆっくりと、その手のひらを頬に重ねたのでした。
◇
■■京極 武 ’s View■■
「ではゲルオク=フォン=リウドルフィングとの関係は君の説明を鵜呑みにしよう」
「ふわぁ・・・良い加減、眠ぃんだけど」
「あと2つ確認すれば終わりだ、我慢してくれ」
「へいへい、わかりましたよ、会長様」
深夜0時の生徒会長室。
俺はアレクサンドラ会長から事情聴取を受けていた。
明日にしてくれと断ったが国際問題と言われると応じないわけにもいかず。
既に2時間近く、あれこれと闘うことになった経緯を含めて聞き取りをされていた。
事件当初、つまり土曜日の最初から逐一、説明を求められていた。
同じことを何度か確認され、それらに矛盾がないことを記録されている。
もはや尋問だ。
まぁ会長の立場なら尋問する意図はわかる。
わかるんだけど・・・あの闘いの後なんだ。
その後のソシアルクロスでもっと疲れたんだよ。
とにかく寝かせてほしい。
眠すぎんだよ・・・変なことを口走りそう。
「ひとつは『奈落の楔』についてだ。君は合言葉を使わず解除をしたと聞いているが間違いないか?」
「イエス」
「ではどうやって解除手段を知ったのか。まさか、奴らの手先をしていて裏切ったというわけでもないだろう」
尋問は俺が身を喰らう蛇の手先ではないかという疑いがあったからだ。
軽率にラリクエ知識で『奈落の楔』を攻略してしまったことが原因なわけで。
どうして知ってたんだよ、と関係者(主に聖女様)の証言を元に聴取対象となった。
やっぱこういうの、根回ししないと駄目だね!
攻略知識なんて詐欺するもんじゃない。
でもさ。
あのシーンで俺が攻略しなきゃ、高天原が迷宮化してたんだぜ?
方法論なんてどうでも良いじゃんよ!
もっと褒めてくれよ!
と、頭で言い訳ばかりして肝心の説明がうまくいっていない。
良い理屈が無いかな、と適当に答えていたところで思いつく。
「俺の固有能力で知ったんだよ」
「ほう?」
「それでゲルオクの思考を読めたからな」
相手の思考を読む。
探究者で少しなら読み取れる。
だから可能性として嘘ではない。
うん、我ながらよく思いついた!
「なるほど・・・君の固有能力がデータに記録されていないのは、そういった特殊な能力だからか」
「そ、そうそう! 聖堂で判明した特殊な能力だから! この話も言って良いのかわかんねぇんだよ」
「そうか。期末試験で教師が受けた白魔法とはまた別のものなのだな」
会長は考える仕草をし、ふむ、と納得したように何かを記録していた。
・・・つか、俺の個人的な記録を詳細に知ってるって時点で怖ぇんだけど。
高天原学園の生徒会長権限、強すぎんだろ。
教師より強いんじゃねぇのか?
「ではこの件は、君の固有能力でゲルオクの思考から解除方法を知ったこととしよう」
「・・・・・・」
納得したかのように頷くアレクサンドラ会長。
『こととしよう』なんて露骨に信用されてねぇ。
嘘だから仕方ねぇけどさ。
わかってんなら、もうちょっとオブラートに包んで表現してほしい。
そんな言葉に文句を言いたくなるも、眠気には逆らえず。
なんだかもうどうでも良くなってきた。
探究者で黙ってもらおうかな・・・。
「では最後だ。君は橘 香の固有能力を覚醒させた、と聞いている。それは事実か?」
「え!? なんか問題でもあんの!?」
駄目なら深淵の瞳をあそこに置いとくんじゃねぇよ。
凛花先輩も普通に使ってたじゃん。
「いや、それ自体は問題ではない」
尋問され続けると俺のやってることすべてを否定されている気分になる。
もう憧れのアレクサンドラ会長が嫌な奴にしか見えなくなってきた・・・。
「一般人・・・低いAR値の者を覚醒させる実験はこれまで行われてきた。だが、覚醒した能力を安定化させ実戦まで持ち込んだ事例がないのだ」
「・・・・・・」
「新人類の戦士同士で共鳴するほうが効率的であるし、得られる成果も大きいからな」
あれだ。『キズナ・システム』問題の件だな。
仮に共鳴が『キズナ・システム』と同じ効果だとしたら。
共鳴するだけで威力が上がるなんて、俺が『キズナ・システム』を求める意義を全否定してる。
この世界とラリクエの大きな矛盾点のひとつだ。
「君も知ってのとおり、世界戦線を目指すなら一般人との共鳴は推奨されていない」
「え!?」
「理由は今、説明したとおりだ」
「そんな話、初めて聞いたんだけど」
「ふむ? 授業でやっているのだが」
「・・・もしかして具現化の授業で?」
俺は聖堂通いだからな。
聖女様に教えて貰わねぇと知らんって。
「だが君は橘 香との共鳴が有用と示したのだ」
つまり。
共鳴はAR値の足し算?掛け算?であるから。
AR値の高い者同士のほうが断然に良い。
だから学園は学生同士で共鳴しとけ、と推奨している。
むしろ学外で共鳴するなんて馬鹿だと。
共鳴できるAR値は限られているのだから。
この話は俺が主人公たちを避けている理由と合致する。
彼ら彼女ら同士で共鳴させることをずっと画策して来たのだから。
だが俺はそのセオリーを無視して学外の香と共鳴した。
そのうえ香の能力を使って見せたと。
「橘 香の固有能力顕現はそれ自体がイレギュラーなのだ」
「え? 深淵の瞳ですぐに覚醒できてたぜ?」
「安定化もせず使いこなす例など滅多にない。彼女が特殊な訓練を受けたのではないかと考えている」
「は? もしかして香に何かするつもりなのかよ!?」
俺が尋問されることは構わない。
だけど香まで手を出すとなっちゃ、さすがに黙ってはいられない。
「会長。香にまで話が及ぶなら俺も考えるぞ」
「焦るな、そういう考え方もあるというだけだ」
いきり立つ俺を会長が宥めた。
どうでも良いけど・・・会長、仕事のせいかずっと無表情なんだよな。
聖女様かよって思うくらい。
・・・そいや、この人と聖女様って繋がりがあったんだっけ。
「私は君と橘 香の関係を否定するつもりはない。どちらかというと肯定している」
「・・・・・・」
「何故なら彼女が固有能力を使えた理由はきっとそこにあるからだ」
「・・・どういうことだよ?」
安定化しねぇで、訓練もしねぇでって疑ってんのはあんたじゃねぇか。
「そこはアタイから説明したほうが良いか」
「・・・凛花先輩」
寝ようとする俺を引っ張ってここまで連れて来た凛花先輩。
後夜祭に居ねぇと思ったら会長のところへ行っていたらしい。
そんで報告を受けた会長が俺を呼び出して、という流れ。
でも尋問は退屈らしくずっと横で眠そうにしていた凛花先輩。
急に話に入ってくるなんて。寝てたんじゃねえのか。
「武、香と強いレゾナンスをしたんだろう」
「・・・・・・」
おい。
その話題って「やりました」的なやつだろ。
エクシズムを経験したかって聞いてね?
そんなん返事も説明もしたくねぇぞ。
「まぁ聞けよ。レゾナンスは魔力の交換だ。自分と相手に同じ程度の魔力が流れる」
「同じ程度?」
「つまり、レゾナンスしたときに香にも君と同程度の魔力が流れたはずだ」
「・・・それで?」
「その段階で香も君と同程度の脈が形成された可能性がある」
「脈?」
「あ~、気脈ってやつだ。魔力の通り道と思ってくれ」
順を追って説明してくれる凛花先輩。
良いんだけど・・・眠くてよく頭に入って来ねぇ。
「安定化とはその気脈を形成する作業だ」
「普段、具現化で訓練してんじゃん? それとは違ぇのか?」
「固有能力は別なんだよ。出力が大きいからな」
よくわからん。
固有能力ってそんな特殊なのか。
「つまりだ。君は固有能力の顕現をできない人間に、それを使わせる手段を提供したということになる」
「う~ん? 一般人はAR値が低くて安定化の練習できねぇから、本来は顕現する訓練ができねぇってことか」
「そうだ」
「それをレゾナンス効果で使えるようにしておいたうえで、実践でもレゾナンスで嵩上げして使ったと」
「そのとおりだ。これまでそのような事例はなかった。だから確認をしたというわけだ」
・・・うーん?
世界は広いし、そんくらい事例もありそうなんだけどな。
まぁわざわざAR値が低いやつを仲間にして闘うヤツなんていねぇか。
監視官のお姉さんに言わせれば「貴重な事例」って言われそうなやつだな。
「現時点では君のような高いAR値を持つ者と共鳴する、という前提条件付きだがな」
「他に事例がないならそうだろな」
「こういった事例を蓄積しておかねば、将来の者たちの道標にならんのだよ」
「はぁ・・・」
眠すぎて適当な返事をした俺。
それを見て会長は記録を閉じて立ち上がった。
どうやらようやく終わりらしい。
記録だけなら良いけどさ・・・香を戦場に連れてくなんて絶対にしねぇぞ?
今回がイレギュラーだっただけ。
今後、作戦に組み込んだりしやがったら、即、出奔案件だ。
誰であろうと許さねぇぞ。
◇
「うは、もう2時かよ・・・」
深夜の寮の廊下。
真っ暗にはならず、そこそこ明るいまま。
高天原学園の寮は生徒同士の交流を推奨しているので敢えて暗くしないのだ。
ほら、暗いところを移動すると後ろめたさとかあるしさ。
いわゆる丑三つ時。でも明るいから怖さはない。
この時間でうろついてる奴はやんごとなき理由があるからだろう。
朝帰りでないだけ、恥を知っていると俺は思う。
そんな誰かとすれ違う可能性がある。
わかっているのに足音がするとこそっと隠れてしまう自分がいた。
他人に行動を知られるのが嫌だから。
他人の行動を知るのも嫌だから。
ほら、夜中にコンビニとか行くのを見られるのって嫌じゃない?
赤の他人でもさ。それと同じ感じ。
そう、角の先から足音と扉を開ける音が聞こえた。
だから俺は立ち止まって様子を伺った。
「――ありがとうございます、部屋まで送っていただいて」
「なに、レディに独りで歩かせるわけにもいかないだろう」
「ふふ、やはり紳士ですね」
「!?」
聞き覚えのあるセリフ。
そして声。
さくらとレオンだ。
・・・ラリクエでそんなイベントがあった。
そう、夜中の逢瀬イベントだ。
ちらりと廊下の先を覗き見る。
銀髪の女の子と長身で金髪の男子。
間違いなく、さくらとレオン。
親密度が上がってくるとこのイベントが発生したはず。
夜中に眠れないさくらがレオンと逢う話。
てか、この時間帯だったんだ?
ああ・・・ゲームじゃ逢瀬の中身なんて触れてないからなぁ。
眠れないから逢って話して、時間が経って、部屋まで送るってだけ。
今にして思えば、やることやっててもおかしくはない。
つまり、ふたりは――。
「もう大丈夫そうか?」
「はい。お蔭様で落ち着きましたから」
「良かった、さくらの笑顔は皆の癒やしだ。笑ってくれていたほうが嬉しい」
「まぁ」
うん、そうそう、そんなセリフ。
最近はラリクエのイベントっぽいのに遭遇してなかったから。
久しぶりに聞けたよ、うん。
ちゃんとイベントが発生してくれていて助かる。
俺は彼らに気付かれないようにそっとその場を離れた。
・・・気付けば心拍数が上がっていた。
驚くくらいにどきどきしている。
はぁはぁと呼吸が荒い。
おかしいな、ただ覗き見しただけでどうして緊張してんだよ。
そんなに神経細かったっけ?
胸が痛いなんておかしいだろ。
これでさくらとレオンの関係が進むんだ。
良いことだ。主人公同士をくっつけるという目標に1歩、近付いたんだから。
俺がターゲットになる可能性をひとつ潰せたんだし。
そう、良いことだ。
そうしないといけないんだ。
そうしてくれないと困る。
応援してるふたりがくっつくなんて。
こっそりお祝いしてやらねぇといかん案件だろJK。
◇
部屋に戻った俺はベッドに身体を投げ出した。
すぐに身体が眠りに落ちていく。
その僅かな間で頭を整理する。
闘神祭が終わった。
祭りの後に尋問があったせいで、すっきり感は皆無。
やりきったというよりも、これで良かったのかという想いが強い。
色々なイベントが重なっていたのは歓迎会と同じ。
あまりに重なりすぎて何をすれば良かったのかもわからなかった。
結局、今回も振り回されていたばかりだったように思う。
レオンとソフィア嬢が欧州へ帰るイベントは防げた。これは良い。
結弦の修業はうまくいったけど、闘神祭で成果を発揮できたのだろうか。
ジャンヌやリアム君、さくらはイベントで親密度を上げられたんだろうか。
確かめる間もなく終わってしまった。
唯一、最後に見た光景。
レオンとさくらの逢瀬。
それは彼らの関係性の進展を物語っていた。
ジャンヌとリアム君はもうべったり。
結弦とソフィア嬢も『相棒』呼びになってくれた。
今回のでレオンとさくらがくっついてくれていれば関係性の構築は完成だ。
これであとは親密度を限界目指して上げていってくれれば良いだけ。
うん、パートナー形成はうまくいったんだ!
・・・。
・・・。
だというのに。
俺の心はもやもやとしたままだった。
あの逢瀬を俺は最後まで見ることができなかった。
その光景を見るのも、想像するのも怖かった。
どうして怖いのかは自分でもわからなかった。
関係性が進まないほうが怖いはずなのに。
しっかり進んでいると見届けることを、ついぞできなかった。
最後に、さくらは。
ふたりは、口づけをするはずだから――




