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 楔のように俺を縛り付けていたモノ。

 ずっと身体の芯から魔力を奪い続け、俺を脱力させていたソレが外された。

 ようやく自由に、全身に力が入るようになった。


 目眩がしながらも身体を起こす。

 胸に刺さっていた何かがあったはずだが、俺の胸には傷がなかった。

 よくわからないが無傷なら良い。


 少し焦げたような臭いが鼻をついた。

 見ればすぐ隣に、可愛い後輩が短刀を握りしめたまま倒れていた。



「・・・小鳥遊さん」



 どうして彼女がここに。

 動けない間、皆の声だけが聞こえていた。

 小鳥遊さんが必死に俺を助けようとしていた声も。


 状況はよくわからない。

 なんだって一般人の彼女が決死の覚悟で俺を助けに来てくれたんだよ。

 主人公連中でも先輩たちでもない、ただの女の子の小鳥遊さんが。

 どれだけ勇気を振り絞ったんだ・・・。


 倒れている彼女の頭をそっと撫でた。

 さらりとした黒髪が指に触れる。

 中学時代にぐしゃぐしゃと撫で回した記憶が蘇った。


 リア研で一緒に過ごした時間。

 それが彼女との絆を育んだ。

 その絆の・・・彼女の想いの強さが、彼女をここまで進ませたんだ。

 これほどの気持ちを向けられていたなんて。

 誤魔化していた自分が恥ずかしくさえ思えた。



「はぁ、はぁ! きゃはは、下民は地べたがお似合いよ!!」



 すぐ横でレベッカが騒いでいる。

 誰かを足蹴にしていた。

 桜坂中学の学生服。

 浅黒い肌に金髪。

 そのコギャル風の格好ですぐに誰かわかった。


 同時にふつふつと湧き上がる怒り。

 それはそのまま魔力となって俺の右手に集約された。

 すっと、その女の背後まで移動する。



「お似合いなのはお前だよ!!」


「な!? ひぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」



 背中への渾身の一撃。

 丹撃をこの女にぶち込んでやる。

 凛花先輩とやり合うときのように遠慮なく魔力を込めた。

 ずっと喧しく囀っていた女は10メートル近く吹き飛んだ。

 地面で何度か跳ね、反動で脚が変な形に曲がっていたけどそんなのは気にしない。

 レベッカはびくびくと身体を震わせて、すぐに動かなくなった。



「うぅ・・・遅ぇよ、むっつりせん、・・・」


「よく頑張ったな、後は任せてくれ」


「うん、頼んだ・・・」



 小鳥遊さんと同じように、工藤さんの頭を撫でてやる。

 苦しそうだった顔に少し笑みが浮かべると、そのまま眠るように気を失った。


 あちこちを蹴られて、腕やらに火傷跡や傷があって。

 女の子がこんな酷い状態になってまで・・・。

 ぜんぶ、俺が招いたことだ。



「レベッカ! くそっ、貴様がなぜ起き上がれているのだ!?」



 ゲルオクが喚いていた。

 状況を把握するためにさっと見渡す。

 凛花先輩がレオンとソフィア嬢を前にして膝をついていた。

 満身創痍に見える。

 あの凛花先輩が・・・相当にやり合ったのだろう。


 あっちに香も倒れていた。

 その向こうに聖女様と、さくら、結弦、ジャンヌにリアム君。 

 彼女らも倒れそうなほどふらふらになっていた。

 魔力を使いすぎた様子だった。


 皆、俺を助けるために・・・。

 俺の不注意ひとつがここまでの事態を引き起こすなんて!

 ・・・くそっ、反省は後だ!

 今はあいつを、あの約束を!



「ゲルオク・・・俺の大事な人たちに酷ぇことしてくれたな! 謝罪だけじゃ許さねぇぞ!!」


「ぐぬ・・・ソ、ソフィ! こっちに来い!!」



 怒りの形相をしている俺を見てゲルオクが慌てている。

 ソフィア嬢は呼ばれるままゲルオクの前に走ってきた。

 だが彼女は無表情で、その綺麗な黄金色の瞳は虚空を映している。

 正気じゃないのはすぐに理解できた。


 妙な首飾りが彼女の首にある。

 きっとあれだな。意志を拘束する何かなんだろう。

 だけど彼女を吹き飛ばすわけにもいかない。

 どうすればいい。



「ソフィ! その男を殺ってしまえ!」


「・・・!」



 その言葉を合図にソフィア嬢がこちらに突っ込んできた。

 工夫のない真正面からの突き。

 何度も目にしたその動き。

 疑似化がなくともその突きだけであれば容易に躱すことができた。



「ソフィア! 目を覚ませ!」


「・・・」



 突きを空振った彼女はその場で立ち止まりまた俺を見た。

 ・・・どうして止まっている?

 いつもの連撃はしないのか?

 よく見ると手足が震えていた。

 彼女の意志で、その命令に抵抗しているかのようだった。



「武さん!」



 呼び声に振り向くと聖女様。

 ふらふらのところ、声を振り絞っていた。



「ソフィアは欠けている(・・・・・)の! 全力でお祝い(・・・)してあげて!」


「!? ああ、祝ってやるよ!」



 普段は耳にすることもない聖女様の大きな声。

 その言わんとするところはわかった。

 そう、あの首飾りが精神に働きかけるなら!



「――疾風突(ヴィントシュトース)!」



 横を向いた俺の隙をソフィア嬢が突いて来た。

 でも動く前に技名を発声をしていたせいですぐに気付く。

 彼女の超高速の突きをぎりぎりで避けることができた。


 ソフィア・・・お前、わざとだな?


 俺は勢いで通り過ぎようとするソフィア嬢の腕を捕まえた。

 捻りあげるとすぐ目の前に彼女の麗しい顔が来る。

 聖女様の代わりみたいに無表情しやがって、見ていて気持ちが悪い。

 いつもの顔に戻してやんよ!


 丹田に集めた魔力。

 多めのそれに、ありったけの想いを込める。



「ソフィア、そんなもんに惑わされんじゃねぇ! ――祝福(ブレス)!」



 密着状態からなら効果は絶大だ。

 強く、盛大に魔力を流し込んでやる。

 白いオーラがソフィア嬢を包み込んだ。

 そうして飾り気のない首飾りがばちばちと音を立てて・・・ばきんと割れた。

 砕けた首飾りはがちゃりと地面に落ちた。


 同時にソフィアの顔に生気が戻り、その黄金色の瞳に意思の光が宿った。



「う・・・ああ、武様、武様! 信じておりましたわ!」


「え、ちょっ!?」



 そしてソフィア嬢はそのまま俺に全体重をかけて抱きついてきた。



「うわっ! 待て待て!」


「あああ、愛しうございます! さすがはわたくしの1番の人!!」


「待てって!! まだ終わってねぇ!!」



 こんなときなのにぎゅうぎゅうと締め付けてくるソフィア嬢を引き剥がす。

 色が戻ったと思ったらそのまま薔薇色になんのは止めてくれ。

 せめて周りを見てくれよ。



「ソフィ・・・1番だと!? おのれ黄色人種(イエローモンキー)! 貴様がソフィを誑かしていたのか!!」


「誑かしてんのはてめぇじゃねぇか! ソフィアにこんなもん使いやがって!!」


「黙れ! 白色人種(コーカソイド)を汚す野蛮な猿め!」


「猿で結構! お前には土下座でも生ぬるいくらい謝らせてやんよ!!」



 俺の本気の気迫に圧されたのか、強気だったゲルオクが後ずさっていた。

 それを見たソフィア嬢が一歩、前に出た。



「閣下、大人しく投降してくださいませ」


「黙れ黙れ!! ソフィ、気高きそのゲルマンの血を忘れたのか!!」


「お忘れなのは閣下でございましょう。まさか身を喰らう蛇(ウロボロス)の手先に成り下がっておいでとは」


「ぬ、違うぞ! 吾輩は浄化(Reinigung)などには加担しておらん! それは奴らの・・・うぐっ!?」


「! 閣下!?」



 喚き散らしていたゲルオクが急に喉を詰まらせたかのように苦しみ出す。

 喉を押さえ、口から泡を飛ばしていた。

 これは・・・お約束の口封じか!?


 苦しみながら目を血走らせたゲルオクは、俺たちを睨みつけるとそのまま踵を返して走り出した。

 そして事務棟へと駆け込んだ。


 事務棟の裏にでっかい光の柱が立ち上っているのが見える。

 ・・・あれは中庭だな。

 俺がゲルオクにやられたあそこで何か仕込んでたんだろう。



「武様! 追いましょう!」


「・・・いや、今は皆が先だ」



 俺は急かすソフィア嬢を押し止めた。


 首飾りをつけさせられて立ち尽くすレオン。

 満身創痍で四つん這いになっている凛花先輩。

 火傷を負っている小鳥遊さん、足蹴にされて傷だらけの工藤さん。

 そして・・・電撃を受けたのだろう、服が焦げ付いた香。

 こんな皆を放って追いかけるなんてできやしなかった。



 ◇



 俺自身も消耗していたが集魔法で誤魔化して対応する。

 皆の傷は俺の身体再生(ヒーリング)で回復させた。

 命令者がいなくなったレオンから首飾りを取るのは容易だった。


 でも失った体力は戻らない。

 相当に消耗した小鳥遊さん、工藤さんは気を失ったままだった。

 このまましばらく休ませてやりたい。


 その後、聖女様と香から簡単に説明を受けて状況を把握する。



「――だから、彼女たちがいなければ貴方を助け出せなかったわ」


「そうか。香も、小鳥遊さんや工藤さんまで・・・ほんとによく頑張ってくれた」


「ん。誰が欠けてもできなかったの」


「ああ。皆、ありがとう。終わったら改めて礼をさせてくれ」



 俺の失態を取り戻すためにこんなに大変な思いをさせてしまっていた。

 これ、命の恩人どころじゃねえ。

 皆に返しきれない貸しを作っちまった。



「ゲルオクとあの龍脈の穴をどうにかしなければ、この事態は終わらないわ」


「言われなくてもアイツは捕縛案件だ。よし、追っかけるぞ」


「待って武。美晴ちゃんと響ちゃんをこのままにしておくの?」


「む・・・」


「それなら、おふたりはわたしたちが引き受けます」



 手を上げてさくらが申し出た。

 魔力供給をしていたジャンヌとリアム君も一緒のようだった。

 魔力不足の状態でそんなに活動ができないことをわかっているからだろう。



「ああ。すまねえ。3人に頼むよ」


「武、あっちのでっかい魔物の迎撃部隊も援護しないと駄目だ」


「あの魔物、再生してんのってエンドレスじゃねぇかよ」


「龍脈を塞ぐまでの間、凌ぐしかないね。そっちはアタイが何とかしてやる」



 こうして取り急ぎ事態を収拾するためメンバーを決めた。


 ゲルオクの追跡は6人。

 俺とレオンにソフィア嬢、結弦、聖女様に香。

 結弦は魔力が不足しているので真打・銀嶺(しんうち・ぎんれい)で闘うという。

 あれから持ち歩くようになっていたのが幸いしていた。


 なお、レオンとソフィア嬢は命令に抵抗していたため手加減して闘っていた。

 結果的に力を温存していたので戦力としてカウントされている。


 凛花先輩はひとりで6か所の出現場所を順次援護にまわる。

 機動力の高さを活かして不利な場所を中心に支えるそうだ。

 逐次、PEで会長から戦況報告が来ているのでそれを利用して。

 ・・・「あのくらいの時間稼ぎならひとりで回れる」と言い切った先輩の凄さよ。


 さくらとジャンヌ、リアム君の3人は余力が少ない。

 彼女らは小鳥遊さんと工藤さん、それにレベッカをフィールドまで移送する。

 避難場所へ送り届けたらその場で補給する。

 おそらく用意されているであろう魔力回復薬(マジックポーション)で。

 それから必要なら戦線復帰する方針とした。



「皆、もう無理はすんなよ」


亲爱的武(ダーリン)、それはアタイのセリフだ」


「まったくだ、お前を助けるためにどれほど苦労したというのだ」


「反省してるっての! 同じ轍を踏まねぇようにしてくれって!」


「承知いたしておりますわ。危なくなったらフィールドへ後退、ですわよ」


「補給をして早めに武さんの応援に加われるようにします!」


「ああ。そのふたりもよろしく頼むぜ」


「あんたはこれ以上、波乱万丈を積み重ねないことね。よろしく伝えることが増えるわ」


「あはは、この後もきっと増やして来るよ」


「そうならねぇようにするっての! とにかく頼んだぞ!」



 こいつら・・・俺が無事だとわかった途端にいじり始めやがって。

 まぁ軽口っぽいやり取りをするといつもの調子に戻った気がするから良いか。


 皆で声を掛け合い、俺たちはそれぞれに分かれて行動を開始した。






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