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 一週間経って伯爵邸。

 ちょうど薔薇が見頃ということで、ガゼボに軽食を持ち込みお茶をすることとなった。緊張の面持ちで訪れたラウラを出迎えたのはリリスただ一人。しばらくはいつものように二人でお喋りに興じ、お茶を楽しむ。

 ようやく肩の力が抜けてきた頃、件の男は現れた。



「急に呼び出すなんてどうした、リリス。休日も研究で忙しいって言っただ、ろ、ぅ……」



 途中でラウラの存在に気が付いたらしい。気安い台詞は尻すぼみに消えていく。

 今日も真っ黒なローブを身に纏っていたが、仮面はなく、『お顔のよろしいあのお方』とまで呼ばれる容貌を晒していた。ぱっちりとした二重の目、小ぶりの鼻にやや薄めの上唇、キリッとした眉がバランスよく配置されている。更に、ほんのり丸みのあるフェイスラインは長めの横髪によってシャープな印象に変わり、精悍さをプラスしていた。

 なるほど、皆様お褒めになるのも頷けるとラウラはこっそり感動する。絵本の王子様は実在するらしい。



「それはそれは。ようこそお越しくださいました、ご多忙のレオ兄様」



 リリスはニヤニヤと淑女らしからぬ笑みで出迎える。そして状況を理解できていないであろうレオナルドを席に着かせると、直ぐ様紅茶をサーブさせた。



「こちら、友人のラウラです。なんでも、先日の大会で兄様がお助けくださったとか?」


「助けたというか、まあ、道案内を少々」


「ラウラ、こちらがレオナルドお兄様。普段は寮にお住まいだから会ったことなかったわよね。宮廷魔術師なんだけど、いまだに騎士に憧れている諦めの悪い男よ。」


「二つの道を極めんとする偉大な兄と言ってくれ」



 うわぁ、と聞こえてきそうな目を妹から向けられるも、レオナルドはどこ吹く風で紅茶に口を付けた。



「……すごい」



 無意識にこぼれた言葉。ラウラは瞳を輝かせ、レオナルドを見つめる。



「あのように素晴らしい魔法をお使いになられるのですもの、宮廷魔術師というのも納得です。それに満足せず剣の道にも進まれるなんて……素人のわたくしでも困難な道程というのは分かりますわ。先日の勝利はまさに不断の努力の賜物なのでしょうね」



 にこやかに「おめでとうございます」と締め括られ、照れ臭そうに小さな声でお礼を返すレオナルド。

 リリスは面白いものを見たとひそかに目を見張った。いつものレオ兄様なら自信満々に当然の結果と打ち返しそうなものだから。それに「魔法ではなく魔術だ!」とうるさく訂正しないのも珍しい。



「それに剣も魔法も一流なんて、まるでリューンの冒険の……っ」



 そこで不自然にもラウラは口をつぐんだ。こうして調子に乗って話し始めると相手を不快にさせてしまうことを思い出したからだ。

 ラウラの趣味は読書。それも淑女が好む詩集や恋愛小説よりも冒険譚や旅行記、歴史書といったものを好み、関連する話題ではつい夢中になって話してしまう。

 賢しらにしやがってと怒鳴られた過去をどうして忘れていたのかしら。


 俯くラウラを不思議に思いながらレオナルドは声を掛けた。



「えーっと、ラウラ嬢、は、リューンの冒険をご存知なのですね」



 そう、その中の魔法に剣技に八面六臂の活躍で主人公を助ける白騎士のようだと言いたかった。ラウラは小さく頷く。



「兄様の大好きな小説じゃない。その影響で魔法剣士を目指したのよね、たしか。」


「正確にはそのモデルになった伝奇の人物をだけど、きっかけは確かにそうだなあ」


「……もしかして、アルトワイド王国の伝承をまとめた伝奇でしょうか」


「えっ、ラウラ嬢ご存知でらっしゃる!?」



 ぐいっと身を乗り出すレオナルド。突然の接近に驚くも、期待に満ちたエメラルドの瞳はリリスそっくり。

 気を取り直したラウラは、なるべく落ち着いた声色になるよう努めて口を開いた。



「ええと、冒険活劇が主ですけれど、時折登場する各地の郷土料理が本当に美味しそうで読破してしまいました」


「あぁ~、わかるなあ。夜中に読んでる時なんか失敗した!って思いますもん。お腹空きますよね」


「まさにおっしゃる通りで困ったものです。もちろん、戦いのシーンも迫力があってハラハラして、面白いと思いますわ」


「バッサバッサと敵を薙払っていくところは爽快ですよね!オレは特に暗黒竜との一戦が好きで……それで、どうしても魔法剣を再現したくてずっと研究してるんです」


「まあ!魔法剣というと白騎士様愛用のフレイムソードでしょうか」



 その一言が、レオナルドのスイッチを押したらしい。熱の籠った声色で、自身の研究内容をつらつら語り始めた。

 専門用語の混じるそれは難解で、ラウラには理解できない話だったけれど、勢い込んで話続ける顔があまりに楽しそうでなんだか愉快な気持ちになってくる。思わず笑顔が溢れると、気を良くしたのかレオナルドの口上に一層熱が入った。



「レオナルドお兄様。気持ち良くお話されているところ申し訳ないけれど、相変わらず何を言っているのかさっぱり分からないわ。私達でも理解できるよう、もう少し噛み砕いてお話くださいます?」



 それに初対面の令嬢相手にする話題でもないと呆れ返ったリリスの非難に、レオナルドは目に見えて狼狽えた。

 おたおた慌てる姿はつい喋り過ぎてしまったと反省している時のリリスにそっくりで、ラウラはくすくす笑いが止まらない。



「確かにわたくし、勉強不足でしたわ。話しぶりがお上手なので聞き入ってしまったけれど、実は知らない言葉も多数ありました」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



 レオナルドは結構な勢いでテーブルに伏し、カップが派手な音を立てて揺れる。



「あの、ですから、まずはなにか初心者向けの書籍でもご紹介してくださいませんか」


「あなたは女神か」



 がばりと起き上がったレオナルドの大きな瞳は潤んでいた。そして目頭を押さえて「失敬」と呟き、気を取り直すように居住まいを正す。



「それなら、今度オレの研究室に来てみませんか。実際に見てもらった方が分かりやすいかと」



 素晴らしい申し出に、しかしラウラは逡巡した。



「……部外者がお邪魔して大丈夫なのでしょうか」


「事前に申請してあれば問題ありませんよ。それに研究室は個人に与えられているので他の方の迷惑になることもないし」


「それでしたら、是非!」



 迷惑にならないのなら、躊躇う理由もない。

 にっこり微笑んだラウラに、レオナルドはうっと呻いて左胸を押さえ込んだ。


 後日、約束通り研究室で剣に炎を纏わせる実験を観察したのを手始めに、二人は順調に逢瀬を重ねる。

 ある日はアルトワイド王国の郷土料理が食べられるという店に出掛けたり、またある日は川で魔術の媒介になる小石拾いをしたり、薬草摘みをしたり。

 少しずつ心を寄せる兄とちっとも気が付かないラウラの進展を、リリスはヤキモキしながら見守っていた。





 ここでレオナルドのお話を少し。


 代々騎士を輩出している伯爵家の次男として生まれた彼は、両親の良いところを奇跡的に掛け合わせたような容貌をしていた。そして、幸か不幸か膨大な魔力を持っていた。

 この国で魔力を持っている者は十人に一人と決して珍しくはない。しかし、実際に火や水といった魔術を行使できる者といえば、その数は一気に少なくなる。レオナルドは、明らかに後者に属していた。


 魔術師は一般的には憧れの職業ではあるけれど、父や兄の背中を見て育ったレオナルド少年は、必然、騎士になることを夢見ていた。木で出来た子供用の剣が握れるや否や兄を真似て鍛練に明け暮れる毎日。

 しかし、ここで悲劇が訪れた。どれだけ訓練してもレオナルドの体は相変わらずほっそりとしたまま。食が細いのかと無理に詰め込んでも変わらない。

 結局、誰に似たのかいくら食べても太らず、筋肉の付きにくい体質であることが判明する。

 すると、魔力は豊富なのだからと早々に魔術学園へ放り込まれた。魔術はさっぱりな夫妻からすれば専門家に習うのが一番だろうという親心からだけれど、突然寮付きの学校へ入学させられたレオナルドとしては堪ったものでない。しかも、いつの間にやら妹も生まれている。


 自分はひょっとして、いらない子なのでは?

 そんな考えが過らないでもなかったが、長期休みに帰省すれば喜んで迎えてくれるし何かと構いたがる様子でもあるので、そんな訳ないかと直ぐ様霧散した。また、ある程度大きくなると学校の話題、とりわけ魔術に関する内容は言葉を濁されたり別の話に変えられたりするので『ああ、この人達はオレじゃなくて魔術に興味がないんだな』との考えに至った。

 ここで変に擦れなかったのは、家族の愛情をしっかり感じていたことや学校で生涯の友と呼べる存在に出会えていたことが大きい。

 とはいえ、レオナルドはどうしようもない欲求を抱えることになる。


 褒められたい。とにかく褒められたくて堪らない。


 学校でトップクラスの成績を修めてはいるが、周囲にはもっと凄い輩もごろごろ。必死に喰らい付く毎日は、特別褒められることなど滅多になかった。

 それにやっぱり魔術に対する家族の理解は得られなかったので、騎士になりたかったなあという思いは捨てきれず、日課の素振りを続けたり身体強化の魔術を極めたり物質に魔力を込める研究を専攻したりと騎士への憧れを持ち続けた。

 生来楽天的な性格の彼は、この頃から自分で自分を褒める癖が付いた。


 そして努力が実り、宮廷魔術師というエリート中のエリートになった時、もうひとつの悲劇が訪れる。


 三つ上の長男はどちらかといえば素朴な顔立ちで、王国の騎士団員というそこそこの職に就いている。ゆくゆくは伯爵家当主になることもあってそれなりに人気はあるようで、釣書が何通も届くほどだった。

 伯爵家はそれなりに裕福で権力からは遠い。しかし、騎士という職業柄、いつどんな有事があるか分からないのでなるべく気に入った相手と添い遂げさせたい、と彼らの両親は考えていた。

 そこで、いざお見合いをしましょう家族を紹介しましょうとなった時、なんと大半の令嬢がレオナルドに乗り換えられないかと言い出したのだ。更に残りの令嬢も、あからさまな色目を使ってくるので家族の空気が大変悪くなる。

 あまりに何度も続くので、じゃあレオナルドの見合いを先にしようとすると、殆どの令嬢が顔合わせの時点でなかったことに……と言い出した。

 残念ながら幼少より魔術学園でどっぷり勉学に励んでいた男は女を喜ばせる会話というものを知らない。

 なんとかレオナルドの話に耐えられた者も、じゃあデートに行きましょうかとなって提案された先が研究室やフィールドワーク先の森と知るや一人も残らず去っていた。


 粗方駆逐してしまったところで、レオナルドは寮に引っ込んだ。もう女性は懲り懲りだったし、兄の縁談がこれ以上拗れてしまうのを恐れたからだった。


 魔術師団は良い。尊敬する上司の下、志同じくする仲間達と研究に明け暮れる日々。しかも、騎士に憧れているというレオナルドの意を汲んだ上司が、身体強化等の魔術を絶対に使用しないという条件で、特別に伝統ある剣術大会への出場を認められるようにしてくれた。副団長すごい。もう一生付いていく。

 仲間達もレオナルドの挑戦を大いに応援してくれて、ようやく掴んだ初勝利では、とんでもないお祭り騒ぎを巻き起こしてくれた。もの凄く嬉しかった。


 そんなレオナルドだったので、ラウラの純粋な尊敬の眼差しや『すごいすごい』のオンパレードにやられてしまったのは仕方がないことかもしれない。







 ◇◆◇◆◇




 その日、ラウラとレオナルドは王宮の回廊を並んで歩いていた。少し離れて侍女も続く。


 見せたいものがあると数日前に誘ってきたレオナルドは、なるべくシンプルなドレスで来て欲しいと珍しい注文をつけていた。汚れてしまう恐れがあるのかしら。不思議に思うも見てからのお楽しみと言われてしまえばしつこく尋ねるのも憚られる。幸いなことにレオナルドは楽しげな様子だったので、きっと素敵なものに違いないとラウラは胸をときめかせた。

 とはいえ、研究室へ近付くにつれて徐々に人気が少なくなり、三人の足音がよく響く。既に何度か訪れているものの、独特の雰囲気にラウラはどうにも緊張してしまい、いつもより少しだけ周囲の様子に敏感になっていた。

 だからだろうか。ヒソヒソ話す不躾な声を拾ってしまったのは。



「……えないわよね。せめて美人なら目の保養になったのに」


「あのくしゃくしゃの髪!私だったら恥ずかしくって、とてもじゃないけれど隣に並ぶなんてできないわ」


「お顔のよろしいあのお方ったら、趣味が悪かったのねえ。お顔と魔術の才能以外、取り柄がないのかしら」


「いやだわ、いちおう剣も頑張ってらっしゃるわよ」


「それこそ先日の大会、二回戦で大敗したじゃない」


「そうだったわね」



 笑いを押し殺そうとして失敗したような声が響く。

 以前のラウラであれば、羞恥に頬を赤らめ、あるいは涙をこぼして逃げ出していただろう陰口。ところが、自身でもびっくりするくらいの怒りが体を支配した。

 わたくしのことはいい、髪がチリチリのくしゃくしゃなのは事実だもの。遺伝で、どうしようもないと諦めて、ろくな手入れもしなくなったのだから。けれど、どうしてもレオナルドを馬鹿にした発言は許すことができなかった。思わず握りしめた拳がブルブルと震え出す。

 それをそっと掬い上げ、両手でやわらかく包み込んだレオナルドは、ゆるゆると首を振った。そして、くしゃりと笑みをひとつこぼし、発声はせずに「早く行こう」と口を動かした。



「どうして」



 研究室に着くや我慢できずに問い掛けた。

 レオナルドは困ったように眉尻を下げ、ラウラの右手を軽く引いて奥の部屋へと向かう。



「ラウラがオレのことで怒ってくれたから、充分かなって」



 幾度かの逢瀬を経て、二人の口調は砕けたものになっていた。



「それに、あれ以上いたら今度はラウラの悪口が始まるかもしれなかったし。そうしたらオレ、我慢できる自信がなくて」



 流石に王宮に勤めているメイドだかなんだかをどうにかしたら揉み消して貰えないだろうから、と右手を握ったり開いたりしている姿にうっすら肌寒さを覚える。

 無意識に腕を擦ると、目敏く気が付いたレオナルドは「ごめん、魔力漏れちゃった!?」と慌てて手を一振りし、室温を変化させたようだった。

 それからくるりと向き合いラウラの両肩に手をつくと、妙に真面目くさった顔付きで口を開いた。



「前半のは悪口じゃなくて、自分には見る目がありませんっていう彼女達の宣言だから」


「ええと?」


「だから!ラウラは可愛いってこと!」


「あの、気を遣わなくて大丈夫よ?……実際こんな髪だし」



 苦笑いのラウラの返答は気に食わなかったらしい。むっと顔を顰めた。



「ちっとも分かってない」



 レオナルドは不貞腐れたように離れると、おもむろに一輪の花を手に取った。

 無機質な実験台は常ならば鉱物や乾燥した薬草が精々で、ラウラには使い道の分からないガラス製の器具や紙の束がところ狭しと広がっていることが多い。それがどうしたことか。今日は立派な花束が花瓶に生けられていて、机の真ん中に堂々と鎮座している。


 花束に向かって何事かを呟いたレオナルドは、左手の人差し指をまるで指揮者のように振り始めた。すると丁度萼の位置で花が切り取られ、あるいは花弁が一枚一枚抜けていき、指の動きに合わせて舞い上がる。花瓶の花が全て茎と葉になったところで、レオナルドはラウラへ向けて優しく指を突き出した。

 あんなに苦労して結い上げた髪がするりとほどけ、爆発したように広がる。ああ、いやだわ、恥ずかしい!

 ラウラの羞恥を余所に、レオナルドは段々と気を持ち直したようだった。



「こうすれば、森の妖精みたいだ」



 機嫌良く振るわれるレオナルドの指揮に従って部屋中を舞い踊っていた花々は、吸い付くようにラウラの若草色のドレスや首元、髪に降りて彩りを添える。シンプルな装いが、いまやちょっとした催しに参加できそうなデザインへと早変わり。髪型もちりばめられた花がアクセントとなって、まさにイタズラ好きの妖精のような仕上がりに。

 最後に、手にしていた花をラウラの耳の上へ差し込むと、レオナルドは満足そう頷いた。



「ほら、可愛い」



 柔らかに目を細め笑う様にラウラの心臓は早鐘を打つ。

 顔が熱くてたまらない。なんだか涙も出そうだわ。



「今度一緒に、鳥がモチーフの髪飾りを探しに行こうか」



 確かにこれなら素敵な鳥の巣になるのではないかしら。

 屈辱的な言葉が幸せな呼び名に変わる予感に、うっすら膜の張った眼差しでラウラは微笑んだ。







 ◇◆◇◆◇




 再び並んで歩く王宮の回廊。

 行きと違ってラウラの足取りは軽く、空をスキップしそうな心地で自然と笑顔が溢れる。それを嬉しそうに眺めるレオナルドの姿に、後ろから静かに付き従う侍女はそっと安堵の息をこぼした。

 婚約を破棄された直後のラウラは大変な憔悴ぶりで、屋敷全体に重苦しい雰囲気が漂っていた。いや、思い起こしてみると婚約を結んでからは徐々に笑顔が消え、生来の明るさが失われて塞ぎがちになっていたと気付く。


 こっそり目元を拭った彼女が前を向くと、なんの因果だろうか。まさにラウラの笑顔を奪った憎い相手が曲がり角の先からやってきたではないか。



「随分着飾っているから誰かと思えば、ラウラじゃないか」



 びくりと肩を揺らしたラウラをそっと庇い立てるように、レオナルドは一歩前へ踏み出した。

 それを見るや、男は大仰な身振りで驚きを示す。



「噂は耳にしていたが、まさか本当だったとはな。これだから身の程知らずな女は」



 噂とは?

 はて。疑問が表情に表れていたらしい。男は「みっともなく顔に出るのは相変わらずだな」と言い捨て、特大の溜め息を吐いた。




「私に振られた反動で、この男の追っかけを始めたんだろう?」



 レオナルドが更に半歩踏み出すも男は気にした素振りも見せずに話を続ける。



「恥ずかしくないのか。追っかけなんかするより、早く嫁ぎ先を探した方が良いだろうに。まさか、多少身形を整えたところでお前ごとき相手して貰えるとでも思っているのか?」



 男は心底残念な目でラウラを見ると、やれやれと言いたげに首を振った。



「精々、遊ばれて終わりだろう……それとも、まだ私に未練があっての男避けなのか?」


「は?」



 反射的に声が漏れ、次いで全身にぞわぞわ鳥肌が立った。き、気持ち悪い。たまらずラウラは口許を手で押さえる。



「言いたいことはそれだけか」



 大きく踏み出し、スッと右手を上げたレオナルドの顔は見えない。

 二人が並ぶと、元婚約者の方が頭一つ分は背が高いようだった。レオナルドの背中越しに見た男の顔は引き攣っていて、みるみる顔色を失っていく。

 ラウラは小首を傾げた。あら、彼ってこんなにも小さくて軽薄な顔をした薄っぺらな人間だったかしら。

 鍛えているのもあってか意外に厚みのある体で姿勢良く構えるレオナルドは風格を滲ませている一方、恐怖の象徴だったはずの男は浸けすぎたピクルスのように見えてきた。どうやら長年の恐怖心から、ひとまわりもふたまわりも大きく見えていただけらしい。


 ふむふむ小さく頷くラウラは知らない。男の首元から腰に至るまで、丁度レオナルドの体に隠され見えない箇所にはびっしり氷の刃が配置されていることを。

 男は今にも泣き出しそうな声で叫んだ。



「ななななんなんだ、一体!?」


「彼女に謝罪を」



 硬質な声。朗らかに笑うレオナルドしか知らなかったので、場違いと分かりつつもラウラは少しだけときめいてしまった。



「オレの最愛の彼女を侮辱するな」



 不意の告白に、今度こそラウラは胸を撃ち抜かれた。声ならない声を上げながら、辺り一面転げ回りたい衝動に襲われる。

 もはや裏返った声で心にもない謝罪を繰り返す男の声など、耳障りでしかなかった。さっさと何処かへ消えてほしい。



「もう結構ですわ」


「そ、そうか。少しは可愛げがあるようだな……よし、これから夜会で見かけた時は一曲くらいなら踊ってやるよ」


「結構ですわ」



 これまで従うばかりだったラウラの言葉を、男は測りかねているようだった。



「どうして好かれていると思ってらっしゃるのか不思議でなりませんが……未練も何も、貴方と縁が切れてわたくし本当に感謝しておりますの。毎日が充実して、楽しくて、仕方がないくらい」



 一拍おいて、生唾を飲み込んだ。

 震える右手をレオナルドがそっと繋いでくれて、勇気が湧いてくる。



「ですから、二度と関わらないでくださいませんか」



 元婚約者の男は、ぽかんと口を開けたまましばらく立ち竦んでいたが、ようやく理解が追い付いたのか怒りを宿す瞳でラウラを睨み付け、ドスンドスンと足を踏み鳴らした。



「思い通りにいかないと子供のように癇癪を起こすのは相変わらずですのね……みっともない」



 口を開く前に当て擦った台詞を投げ付ければ、男はくわっと目を見開き拳を固く握り締めた。しかし、男がそれを振り上げるよりも早くレオナルドが右手を上げたので「ッ二度と関わるもんか!」と吐き捨て、足を縺れさせながら駆けていった。



「こういうのはオレがいるときだけにしてほしいな、ちょっと焦った」


「ごめんなさい……嫌な女って思った?」


「まさか、格好良かったよ!でも最後はちょっとやりすぎというか、逆上させる感じでハラハラしたかな」



 落ち着きなく首の後ろを掻いていたレオナルドが、ぽつり。



「むしろ、その、オレの方こそ嫌なヤツというか……怖くなかった?」



 ラウラは混乱した。



「ええっと、どこかしら?」



 思い返すも怖いことなどひとつもない。



「むしろとっても頼もしかったわ……庇ってくれてありがとう。凄く安心したし、嬉しかったわ」


「えっあっ、あう、その……光栄です」



 レオナルドは分かりやすく顔を赤らめた。

 その様子に再び胸を高鳴らせたラウラは、少しだけ、もっと困らせてみたいと悪戯心が芽生え、踵を上げて真っ赤な耳に囁いた。



「でもね、折角なら二人きりの時に『最愛の人』と言ってほしかったわ」



 弾けるように飛び退いたレオナルドは、視線をあちらこちらに彷徨わせ、観念したようにそうっとラウラを見た。

 叱られた子犬のような姿に、ラウラはまたひとつ彼を愛おしく思う。



「オレだって、本当はこんなタイミングで言うはずじゃなかったんだ」


「そうなのね」


「いろいろ考えてたし」


「嬉しいわ」


「だから、その……今度ご両親へご挨拶に伺っても?」



 それはそれで嬉しいけれど。

 ラウラは目を伏せた。



「そちらが先なのね」



 期待とは違う方向の話に、少しばかり落胆したくもなる。こんなところが元婚約者にみっともないと言われる所以なのかしら。思わず態度に滲ませてしまってから、きまりが悪くラウラは体を縮込ませた。



「え、かわいぃ……」



 声の主を見やれば、つい言ってしまったとでも言いたげに慌てて口を塞いだところだった。その姿勢のまま、レオナルドはバツが悪そうに「……聞こえた?」と問い掛けてきたので、ラウラはこくりと頷いた。遅れて羞恥が込み上げ、顔が熱い。

 あーっと体を丸めたレオナルドは、頭から顔からガシガシと掻き毟った。



「違うんだ!いや、違わない!」



 ついには支離滅裂なことを叫び始める。

 本人も自覚があるのか「そうじゃなくて!」と大声を出しながら天を仰ぐと、据わった目付きでラウラを見つめた。



「好き!もう、ラウラめちゃくちゃ可愛い!今すぐ結婚したい!でもちゃんとロマンチックに告白したいから、どうぞ次回のデートにご期待ください!!」



 フーッフーッと荒い息遣いが静かな回廊に響く。

 ラウラはもう胸がいっぱいになってしまって、声も上げられない。じわじわ視界が滲んでいくのを感じながら、せめてもと何度も何度も頷いた。



「あー……抱き締めても?」



 この期に及んで何を言っているのかしら。

 妙に紳士なレオナルドの胸に、ラウラは笑いながら飛び込んだ。パチパチと力強い拍手を送る侍女も泣きながら笑っていた。


 ところで、次回のデートがどうなったのかはさておき、二人が末長く幸せに暮らす夫婦となったことは間違いない。

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[一言] レオくんが可愛すぎて悶える。
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