修羅場すぎる婚約破棄騒動に巻き込まれたお陰で、素敵な公爵様と結婚出来ました。
「メルディーナ・サランディスト伯爵令嬢。そなたとの婚約を破棄し、ここにいる愛しいマリア・サンタチーノ男爵令嬢と改めて婚約を結ぶとする。」
この国のガルト王太子がそう宣言したのだ。
ガルト王太子殿下にべったりとくっついているマリアと言うピンクの髪の令嬢がこれ見よがしに胸を王太子殿下の腕に押し付けている。
最近、近隣諸国でもよくある光景で、王立学園の卒業パーティで、卒業生たちはある程度覚悟をしていたのであった。
しかしである。猛然とした勢いで、ガルト王太子殿下の前にすっとんできた女性がいた。
「失礼極まりないですわ。わたくし、公爵令嬢ですの。伯爵令嬢とは何ですっ。それにわたくし、ガルト王太子殿下の事を愛しております。それなのに婚約破棄なんて…」
涙ながらに訴えたのは、メルディーナ・サランディスト公爵令嬢。
金の髪が美しく、目のぱっちりしたそれはもう高貴な美人公爵令嬢なのである。
しかし、ガルト王太子はメルディーナの顔を見るなり言ったのだ。
「お前は何を言っている?私はお前と婚約を結んだ覚えはないぞ。」
「貴方様がわたくしを見初めて婚約をと、言ってきたのではありませんか?わたくしは嬉しかった。だから貴方様と親しくなろうと努力してまいりました。王立学園では貴方とともにお昼を一緒に食べようと手作りのお弁当を作ったりしてきたのですわ。それなのに…貴方様はわたくしの事をストーカー扱い。それでもわたくしは貴方様の事を愛しております。ですから、今回の事はあまりにも酷い話ではありませんか?」
周りの卒業生たちも皆、公爵令嬢に同情した。
本当になんて酷い話だ。
皆、メルディーナ・サランディスト公爵令嬢が健気にも、ガルト王太子にふさわしい女性になろうと努力している姿は知っている。
それを何を言っているのだ?このガルト王太子は…
ガルト王太子は慌てて、
「だから、私はお前と婚約を結んだ覚えはないと…」
「何をおっしゃっているのです?王家の使いの方が、是非、わたくしと婚約を結びたいと。ガルト王太子殿下がおっしゃっていると…ですから、お父様もお母様も喜んで、婚約を結ぶ書類にサインをしたのですわ。」
「いや、おかしいだろう?私はお前を見初めた覚えはない。どういうことだ?」
ピンクの髪のマリアと言う男爵令嬢が、
「もう…退屈なんですけど…私が王太子殿下の婚約者と言う事でいいじゃないですかぁ。」
「いや。良くない。」
ガルト王太子はきっぱりと首を振って、
「変だと思ったのだ。やけにお前が馴れ馴れしくしてくるから、薄気味悪い令嬢だと。
恐ろしいストーカーだと…」
「ストーカー扱いだなんて酷いですわっ。わたくしは王太子殿下を思えばこそっ。」
収拾がつかなくなってきた。
そんな中、一人、御馳走をパクついている伯爵令嬢がいた。
「さすが卒業パーティ、高級料理がずらりですわねーー。」
ふと、ガルト王太子の視線を感じ、伯爵令嬢は恐る恐るそちらに視線を向ける。
「あの…」
「お前だ。メルディーナ・サランディスト伯爵令嬢。お前に婚約破棄を私は突きつけたのだ。」
「はい?私の名前はメルリーナ・サランディストですが…」
ガルト王太子はメルリーナの前に行き、
「婚約したというのに、冷たい態度。お前の冷たい態度に嫌気がさして、私はっ…」
「えええええええええっ?いつ王太子殿下と私が婚約をっ?」
サランディスト伯爵夫妻である両親の顔を見れば、両親は知らないとばかり首をぶんぶん振っている。
メルディーナ・サランディスト公爵令嬢が、
「ですから、わたくしが貴方様と婚約を結んでいたのですわ。」
卒業生は全員思った。
- 手違いがあったんじゃ… -
メルリーナは大きな目をくりくりさせて、
「いつどこで?私はガルト王太子殿下と知り合ったのでしょう?」
ガルト王太子は力説する。
「お前が王立学園の屋上で舞う姿を遠目で見て、なんて美しく舞う令嬢だと私が一目惚れしたのだ。」
すると、公爵令嬢メルディーナが、
「屋上で舞っていたのはわたくしですわ。」
「はいっ???」
メルリーナはぶんぶん首を振って、
「私は踊り一つ踊れませんが…ともかく、私は無関係という事で。」
グワシっと、ガルト王太子に腕を掴まれたメルリーナ。
「無関係はないだろう。これで誤解は解けた訳だ。改めて、君と婚約を結ぼう。メルリーナ。」
「踊っていたのは私ではないですからっーーー。」
マリアが叫ぶ。
「私と婚約を結ぶんじゃなかったんですかぁ。」
「うるさいっ。」
ガルト王太子はそっけなくマリアから背を向ける。
そして、サランディスト伯爵夫妻は涙目になっている。
サランディスト公爵夫妻とメルディーナ公爵令嬢から物凄く怖い目つきで睨まれているからだ。
実はサランディスト公爵家は本家で、伯爵家は分家の間柄である。
そして、本家を怒らせたら最後…ぺしゃっと潰れる伯爵家。
ガルト王太子と婚約を結ぶ訳にはいかないサランディスト伯爵家。
メルリーナは、あたりを見渡した。
ここは、誰かを巻き込むしかない。巻き込むにはどうせなら、片想いしているあの人を巻き込んでしまおう。
メルリーナはささっとその片想いの相手に近づいて、その腕を取り、
「私はこの方と婚約しておりますっ。」
サランディスト伯爵夫妻は真っ青になった。
ごめんなさい。お父様、お母様、とんでもない人を巻き込んでしまいました。
でも、私はこの人が好きなんですっ。
腕を取ったその相手は、コレストランテット公爵である。
リード・コレストランテット公爵。
王家の親戚筋であり、銀髪で美男の彼は、今だ独身の28歳。メルリーナの10歳年上の男性である。
彼は有名人で彼の事は幼い頃から好きだった。
だが、王家の血を引いているリードは身分違いであるし、歳も離れている事から
諦めていたのだ。
何故、今だモテまくっているのに、結婚しないのか解らない。
①女性に興味がない。
②男性に興味があるのか?
③人間に興味がない。
④好きなのが人間以外な変態さん?
だなんて噂はされているが、その真実は解らない。
彼自身、モテる割には、付き合っている女性がいるという噂も無く、
謎に包まれている男性なのだ。
メルリーナは長い間片想いしていた男性を思い切って巻き込んでしまったのであった。
「この人が私の婚約者です。」
断言して、リードの顔を見れば、リードはにっこり微笑んで。
「はい。私はメルリーナ・サランディスト伯爵令嬢と婚約を結んでおります。」
卒業生の女性達からきゃぁーーという悲鳴が聞こえてきて。
メルリーナはドキドキする。
いいのいいのいいの???本当にいいの?リード様。
そして、ガルト王太子は額を押さえながら、
「あああっ。それならば、仕方がない。私は愛しいマリアと婚約を。」
ぐわしっと腕を掴んだのはメルディーナ・サランディスト公爵令嬢。
「遠目でわたくしが踊っているのを見て、一目惚れしたのです。わたくしと婚約を継続してくださいませ。」
「いや、私はマリアとっーーーー。」
ぎろりとマリアを睨むメルディーナ。
「わたくしの敵になるならば、覚悟はよろしくて?マリア。魂の微塵も残さずに潰して差し上げますわ。」
「ひいいいいいいっーーーーー。」
マリアはあまりのメルディーナの怖さに逃げて行った。
メルディーナはガルト王太子の腕に自分の腕を絡めて、
「逃がしませんわ。王太子殿下。」
「うわっーーーーー。」
ガルト王太子も真っ青になって悲鳴をあげた。
そして、こちらは、メルリーナ・サランディスト伯爵令嬢。
リードに間近で顔を見つめられて、もう、ドキドキで…
「あの。本当にいいのですか?私と婚約して。その場限りでお話を合わせて下さっただけですよね?リード様。」
リードは優しく微笑むと、
「私は君の事を好ましく思っていたのだ。
お昼休みに真っ先に王立学園の食堂へ走り込んで来る君の姿を見た事があって。
君の食べっぷりは見事だった。」
「えええええっ?何故、王立学園でそれをっ???卒業していますよね?とっくに?」
「学園の図書館で見たい書物があって、時々、学園に来ることがあってね。
私は美味しそうに食事をする女性が好きだ。だが、歳が離れているし、話しかける事も出来ずに今日まで来てしまった。」
「あ、有難うございます。私の食べっぷりに惚れてくれて…。私もリード様の事をずっと片想いしていたのですよ。」
「それなら、お互いに…?」
「ええ。お互いに想っていたのですね。」
真っ赤になるメルリーナ。
しかし、食べっぷりに惚れてくれたなんて…
なんせ貧乏伯爵家。食べられる時に食べる。
それはサランディスト伯爵家の家訓なのだ。
ちらりと両親の方を見れば、父は親指を立てて、よくやったと、にこやかに微笑んでいる。
それはそうだ。
コレストランテット公爵家はお金持ちである。
娘がお金持ちに嫁ぐ事になれば、少しは貧乏伯爵家である我が伯爵家も助けて貰えるかもしれない。
母をふと見れば、こっそりとタッパに御馳走を詰め込んでいる最中だった。
これで夕飯は浮くだろう。さすが母…。後は卒業パーティの給仕に注意されず持ち帰るだけだ。頑張れ。
優しい眼差しで見つめてくるリード・コレストランテット公爵。
だが、ふと噂が気になった。食べっぷりに惚れてくれたのは嬉しいが…
①女性に興味がない。
②男性に興味があるのか?
③人間に興味がない。
④好きなのが人間以外な変態さん?
この事をはっきりさせないと。
赤くなりながら、リードに質問する。
「あの…私の食べっぷりの他にどこが魅力的なのでしょう?胸も人並みですし、色気もありませんよ。」
リードは考え込むように、
「でも、君は健康的だ。私は幼い頃、身体弱くてね。思うように食が取れない時があった。
だから、君が美味しそうに食事を食べている姿を見て、あのような健康的な令嬢が嫁に来てくれたらどんなにかと…」
「そうなんですか?あの…ちなみに、男性の筋肉には興味がありますか?」
「筋肉?」
男性に興味があるのか…気になる所だ。
リードは考えこむように。
「そうだな。私自身は筋肉をつけようと日々鍛錬はしているが、なかなか理想的な筋肉にならない。でも、腹筋は割れているぞ。今度見せてあげよう。」
腹筋が割れている?なんてまぁ…素敵な…
あれ?どことなく ①も②も質問とずれているような気が。
それでは③を…
「人間に興味はありますか?」
「人間に?それは興味はある。人間は一人一人微妙に考え方が違って、それはもう面白い。興味深い事だ。それを知るのが楽しくて楽しくて。夜会に出ると色々な人々と話し込んでしまうよ。」
ん?それなら何故、特定の令嬢との噂がないのだろう?社交的なはずだ。
「この間、レイド公爵とミルテリア伯爵と話し込んでしまって…せっかく夜会に出たのに、話をして終わってしまった。そう言う事はよくあってね。」
成程…男性と話し込んでしまうのね。話し込むだけならいいんだけど…
「それなら、人間以外に好きな物はありますか?」
「石だな。」
「石っ?????」
「石は面白いぞ。さまざまな表情を持っていて、磨いていて飽きない。一日、石に向かって話しかけている程だ。今日のお前は綺麗な緑が輝かしい…今日のお前はツルツルの肌が愛しい。」
「石って宝石とかですか?」
「いや、宝石は高いだろう?私はその辺に転がっている石を拾ってきて、私の手で輝かせるのだ。磨いて磨いて磨いて…ああああっ…たまらぬな。」
なんとなく、リード様が結婚出来なかった訳は解ったような…
にっこりとメルリーナはリードに向かって微笑みながら。
「私と婚約して下さるなら、夜会は殿方だけでなく、私の相手をしっかりとして下さいね。
お屋敷では石だけでなく、私ともお話しして下さいね。約束ですよ。リード様。」
「ああ…解った。約束しよう。私は妻を大事にする。」
こうして、メルリーナは、波乱の婚約破棄騒動に巻き込まれながらも、リード・コレストランテット公爵という、最高な男性と婚約する事が出来た。
サランディスト伯爵家はコレストランテット公爵家の援助を受け、事業を持ち直し、貧乏生活から脱却した。
メルリーナが手綱を握る事により、リードは尻に敷かれて、夜会ではメルリーナのエスコートを完璧に勤め、結婚してからは家でも良き夫、子が生まれてからは良き父として、
メルリーナは幸せに過ごしたという。
ちなみに、メルディーナ・サランディスト公爵令嬢と強引に結婚する羽目になったガルト王太子も、尻に敷かれまくり、王になってからも王妃の顔色を伺いながら、小さくなって生涯過ごしたと言われている。
石はいいですよう…たまらなくいいですよう…コシコシと磨いて今日は綺麗だねお前は…と話しかけると癒されますよ。 まぁゆっくり磨いている暇もない勤め人なので(笑)