ずっとあなたと
「風間さん、今日もノート頼んでいい?」
授業終わり、隣の席の牧野シンヤくんが私に話し掛けてくる。
「うん、いいよ。宿題もやっておくね」
「やった! サンキュ」
とびきりの笑顔を見せてくれるシンヤくん。それだけでもう報われた気分だ。
「おーい牧野、帰ろうぜー」
「今行く。じゃあね、風間さん」
ネクタイを片手で緩めながら、いつもの華やかなメンバーと合流して教室を後にするシンヤくん。楽しそうな笑い声が廊下に響き、やがて遠ざかっていった。
私、風間エリカはごくごく普通の十五歳、中学三年生だ。性格も見た目も可もなく不可もない、まあいわゆる地味子。でも今、学校が毎日楽しい。
なぜかと言うと、先日の席替えで牧野シンヤくんと隣の席になったからである。
めっちゃイケメンで、クラスのみならず学年でも完全に一軍メンバーのシンヤくん。でも全然怖い人じゃなくて、爽やかなカッコ良さ。一軍の人達はみんなちょっと近寄りがたいけど、隣の席になったシンヤくんはとても人当たりが良くて優しい。私みたいな地味子にもちゃんと声を掛けてくれる。
窓際の一番後ろになったシンヤくんは、授業中はいつもスヤスヤと寝ている。だから、代わりにノートを取ってあげるようになったのだ。
(次の席替えで離れてしまっても、この関係が続くといいな……)
エリカのノートじゃないとダメなんだ、とか言われたりして。ニマニマとそんな妄想をしながら、私は自分の部屋で壁際に置いた机に向かい二人分の宿題を片付けていた。
すると。左側から何か明るい光が目に入ってきた。机の左側にはベッドが置いてあり、その向こうは腰高窓で外が見えるようになっている。といっても窓の外は庭を挟んだ隣の家が見えるだけだけど。
まあとにかく、窓の外が光ったのだと思った私は外を見ようと身体を向け、びっくり仰天することになる。
(ベッドが光ってる……!)
お気に入りのピンクのベッドカバーの上に、金色の魔法陣のような紋様が浮かび上がっていた。そして、それが眩しい光を放っているのだ。
(どういうこと? これ、いったい何なの)
すると、魔法陣の中心部の空間がグニャリと歪み始め、クリーム色をした何かが少しずつ現れてきた。
ジジジ……ジジ……そんな音を出しながら段々と形を成してきたそれは、クリーム色の球体だった。魔法陣はもう消えていたが、その球体はベッドから少し浮いたまま、微動だにしない。よく見ると完全な球体ではなく、周辺部はふよふよと生き物のようにうごめいている。
(な、何だろうこれ……とにかく、お母さんに言わないと)
立ちあがろうとした時突然、それが何か音を発した。
「○△□×☆……!」
「えっ?」
「☆△□○☆×!」
いつの間にか私の顔の高さにまで浮き上がってきたソレは、私に向かって必死に(たぶん)何かを言っている。
「わかんないよ、何言ってるんだか……」
言葉にならない音を発しながら右往左往していたソレは、プルプルっと震えたかと思うと私の顔に飛び付いてきた。
(やだっ……!)
目の前がクリーム色で覆われてしまった。これはヤバいやつだ。食べられるとか溶かされるとか体内に侵入されるとか、とにかくエイリアンだ。
助けを呼ぼうと声を出すのだが、全て吸収されてしまうのか何も聞こえない。
(死んじゃう……)
息苦しくはないがもう私の人生は終わったと思った。もしかしたら私はこのままゾンビとなって人を襲うのかもしれない。
(お父さんお母さんごめんなさい……)
そのまま私は気を失……うこともなく。意識はしっかりとある。呼吸も出来ている。耳の穴から侵入されている感じもしない。ただただ、頭の周りにソイツがいる。手で触るとサラサラとして柔らかく私の頭にフィットしていて、求肥に包まれた大福になったような気分。
ふいに、ソイツは私から離れた。急だったので思わず目を瞑った私が目を開けた時、そこには。
なぜか、シンヤくんが座っていた。
「シンヤくん?! なんで?!」
「わりぃな、エリカ。迷惑かけた」
「えっ?!」
シンヤくんは私のことをエリカなんて呼ばない。制服を着てるけどこのシンヤくんはいつもの彼では、ない。
「エリカの心を一番占めていたのがコイツだったからさ、コイツに擬態したんだけど、似てっかな? 全然、言葉が通じなかったからさ、ちょっと頭を覗かせてもらったんだよ。だからもう、会話も出来るしまずは説明させてもらうわ」
とりあえず目の前にいる彼は本物ではないことは理解した。本当ならお母さんを呼ぶべきなんだけど、シンヤくんに擬態されてるのが恥ずかしい。お母さんに見られたくないんだもん。だからまずは話を聞こう。そう思った。
偽シンヤは本物とちょっと違っていた。ピアスをしているし髪は銀色だ。それは、(シンヤくんピアスしてたら素敵だろうな。それに、銀髪にしたら絶対似合いそうだよなぁ)なんて妄想していた私のイメージそのもののシンヤくんだった。めちゃくちゃカッコいい。でも本物じゃないからガン見出来るのが嬉しい。本物のシンヤくんは恥ずかしくて横目でしか見られないのだ。
「ええと、お察しの通り俺は別の星の人間だ。さっきの球体、あれが俺の本体。でもこうやって、どんな姿にでも擬態出来るからどの星に行っても不自由はない」
「もしかして地球を侵略しに来たとか?」
すると偽シンヤはクッと鼻で笑った。
「悪いけどこんな辺境の星はみんな興味ねーんだよなぁ。少なくとも惑星間ワープの駅がある星じゃねえと」
「惑星間ワープ……」
「多分いろいろ難しい説明が必要なんだろうが、俺のこの星での知識はお前の頭ン中から拝借したものだけだ。だからこれ以上の説明は無理。とにかく、俺は惑星間をワープしてる途中で落っこっちまったってワケ」
「それって、どうなるの? 戻れるの?!」
偽シンヤはうーん、と腕組みをして考えている。
「俺も初めての経験なんだよな。だけど、たまにこういうことがあるってのは聞いてた。そのためのパトロールも定期的にされてるらしいってことも」
「へええ。じゃあ、助けに来てもらえるんだね?」
「ああ。さっき、お前らの世界で言うところの魔法陣がここに出ただろ?」
偽シンヤはベッドをポンポンと叩く。
「ここにじっとしてりゃあ、パトロールが拾ってってくれるんだ。だからしばらくここで世話になるぜ」
「えっ! ベッド取られちゃったら私どこで寝ればいいのよ」
「ああ大丈夫。この狭い部屋くらいなら離れてても問題ない。俺は適当なところに転がっとくよ」
その時、部屋のドアがコンコンとノックされ、お母さんが入って来た。
「エリカ? 誰かと電話でもしてるの? もう遅いから静かにね」
(しまった……! 見られちゃった?!)
だが横目で見ると偽シンヤは元の姿に戻っていた。どう見ても、丸いクッションにしか見えない。
「はーい。もう寝ます。おやすみなさーい」
お母さんが出て行くと偽シンヤはすぐに変身した。
「良かったあ。バレるかと思った」
「一度シンクロしたからエリカの考えてることは大体わかるからな。ちゃんとクッションに見えただろ?」
ちゃんと、小さな声でひそひそと話してくれる。
「うん。ありがとう。でさ、パトロールってどのくらいで来てくれるの」
「そんなにかからないと思うんだけどな。地球でいうところの一週間くらいかな」
「そっか。じゃあそれまでここにいていいよ。悪い奴じゃなさそうだし」
「全然、俺はいい奴だぜー! せっかくだから観光でもしたいところだけど、今回は諦めて大人しくしてるわ」
そういう訳で私と宇宙人の奇妙な暮らしが始まった。偽シンヤと脳内で呼んでいた彼は、本当の名前がこっちの言葉に変換出来ないらしいので、シンと呼ぶことにした。シンは私が学校に行っている間はタブレットでユー○ューブなどを見ている。どうやらドラマとお笑いが気に入ったらしい。
「ただいまー、シン」
「おう、おかえり、エリカ」
学校ではシンヤくんが隣に居て、家に帰ればシンがベッドに寝そべっている。こんな天国みたいな生活、あるだろうか?
「今日も宿題二人分やんのか?」
「そうだよぉ。だってシンヤくんに頼まれたんだもん」
「じゃあ早く終わらせてゲームしようぜー」
シンは対戦ゲームにもハマっていて、すぐに私と遊びたがる。見た目私の好みどストライクだけど、こういう少年ぽい性格もそうなのだ。私の頭の中の彼氏のイメージってこんななんだ、とふと我に帰ると恥ずかしい。
最初は制服を着ていたシン。それは、私が制服のシンヤくんしか知らないからなんだけど。今は、男性用のファッション雑誌を見せてあれこれ着替えてもらっている。見た通りに変身してくれるからホント便利。せっかく銀髪だし黒スーツ着せたり、ストリート系にしたり、毎日着せ替えて楽しんでいた。
「そろそろ一週間だな」
ある日の朝シンが呟いた。
私も気づいてた。もうすぐこの時間に終わりが来ることを。
「うん。寂しくなっちゃうな」
「エリカが学校行ってる間にパトロールが来たら、お別れも言えないんだ。だから、今言っとく。エリカ、急に現れた怪しい宇宙人を受け入れてくれてありがとう。楽しかったよ」
そんなこと言われたら涙が出てしまう。でも笑って送り出したいから。
「私こそ、楽しかった。いつか、地球もワープの駅に加えてもらえるといいな」
「そうだな。そうしたら真っ先にエリカに会いに来るよ」
シンは私を軽く抱き締めてくれた。これも、私の頭のイメージに沿ってくれてるんだろうな。少女漫画のヒーローならきっとこうしてくれるから。
「ありがとう、シン。じゃあ……行ってくるね」
「ああ、エリカ。行ってらっしゃい」
シンに見送られ、私は学校へ向かった。
「風間さん、今日もノート頼んでいい?」
今日もシンヤくんに笑顔で言われた。
「うん、いいよ。明日持ってくるね」
「ありがとう! じゃあよろしくね」
そうしてシンヤくんはいつものように友達と廊下へ出ていった。私は、先生に呼ばれていたことを思い出して職員室へ向かう。
「風間、このプリントを後ろの掲示板に貼っておいてくれ」
私は雑用を頼みやすいのか、先生はこういうことをいつも私に言ってくる。クラス委員は別にいるんだけどな。一軍の子で強気だから言いにくいのかもしれないけど。
職員室から自分のクラスに戻る途中、別のクラスの教室でシンヤくんの声が聞こえた。
「シンヤ、お前いつまで爽やかイケメンやってんだよ」
「だってさ、ニコッと笑っとけば宿題やってくれるんだぜ。スマイルはゼロ円なんだからいくらでも笑うさ」
「もう〜、シンヤは地味子をたぶらかすのが上手いんだから。隣の席になった子はみんなシンヤのしもべになっちゃってるじゃない」
「そうそう。シンヤにはマリエがいるってのにねぇ、可哀想な地味子」
「名前も覚えてないくらい存在感無い子だよな」
「お前ら、それは可哀想だろ。風間さん、だよ」
「シンヤ、下の名前は覚えてるの?」
「……知らね」
全員がドッと笑った。私のことを笑ってる。私は心臓がバクバクして、みじめで、恥ずかしくて。早くこの場から立ち去りたいのに足が動かなかった。
「あれぇ? 地味子ちゃんじゃない」
中にいた一軍女子に気付かれてしまった。また全員が笑う。
「この際だから言っときましょうよ。ねえねえ、シンヤはね、ここにいるマリエと付き合ってるの。見て、お似合いの美男美女でしょ? 地味子の入る隙間はないから諦めなよ」
「おい、それは可哀想だぜ〜」
「何言ってんの。ハッキリ言ってあげた方が親切じゃない」
固まっている私にシンヤくんが近付いてきた。
「ごめん、風間さん。みんなあんな風に言ってるけど、俺は風間さんのことクラスメイトとして好きだよ。だから宿題、よろしくね」
またみんなが笑う。馬鹿にされてるのはわかるのに、何も言い返せない。宿題なんてもうやらない、そう言いたいのに。
「お前ら、何エリカのこと泣かせてんだよ」
突然、私の後ろからシンが現れた。
「エリカを泣かせていいのは俺だけだ。お前ら、許さねーからな」
シンは私の肩を抱き頭を撫でると、シンヤくんに近寄って鋭い目付きで威嚇した。
「な、何だよお前! この学校の奴じゃないな」
「めっちゃシンヤに似てる……けどシンヤよりカッコいい……!」
男子たちは 突然現れた銀髪ストリート系のシンにビビりまくっていた。女子たちは皆彼の格好良さに惹きつけられ、熱い視線を送る。
シンはシンヤくんに顔を近付け、低い声で言った。
「今までも腹に据えかねていたんだ。エリカの優しさを利用するな。もう二度と宿題なんてやらせんじゃねーぞ」
「は、はいぃ……」
震えながら返事をするシンヤくん。なんだかとても情けない顔に見える。
シンは踵を返し再び私の肩を抱くと教室から連れ出した。
「シン……ありがとう……! でもどうして……?」
「説明は後だ。とにかく家に帰ろう」
シンは人がいないのを確かめると私を抱き上げ、その瞬間私たちは光に包まれた。
そして、一瞬のちには部屋に戻って来ていた。
「ああ、遅かったか……」
シンがベッドの上を見てガックリと膝をつく。
「シン、もしかしてパトロール……」
「ああ。行っちまった」
「ええ! もしかして、今学校に来ていた間に?」
頷くシン。ちょっと肩が落ちている。
「ワープからこぼれた人は一週間後のパトロールで回収される。だけど、そのパトロールで戻らなかった人は、戻る意思無しとして片付けられるんだ……」
「じゃあ、シンは二度と……」
「いや、何年かごとには全体パトロールがあるからそれに乗れれば。でもこんな辺境の星だといつパトロールが来てくれるかわかんねーな……」
「どうしよう。私のせいだ」
俯いていたシンはパッと顔を上げて私を見た。
「エリカのせいじゃないよ。俺が自分の意志で行ったんだ。エリカの辛い気持ちが届いたから、居ても立ってもいられなくなって。だから後悔してない」
「でも……」
「まあ、その間にパトロールが来てしまうとは思ってなかったからちょっと落ち込んだけどな。もうこうなったらしょうがない。ここでなんとか生きていくさ」
シンは私を抱き締めて優しく言った。
「エリカと一緒に」
「えっ」
「エリカ、エリカが大好きなんだ。地球に来て初めて知った感情だ。ずっと一緒にいたいからこれからもよろしく」
「えっと……」
「俺は何も食べなくても生きていけるし迷惑にはならないだろ? パトロールを待つ必要もなくなったからこれからは外にデートも行ける。だから、俺をエリカの彼氏にして下さい」
シンがニッコリと微笑んでいる。私の大好きな顔で。もう私の中では、シンヤくんよりシンの方がとっくに上位になっている。こんな風に抱き締められたらときめかない訳がない。
心がシンクロして私にもシンの心が伝わってくる。あったかい心。
地球人だって意地悪な人はいるんだもの。あったかい心の宇宙人と一緒にいるのも悪くないだろう。
私はシンにもたれ掛かり、ずうっとパトロールが来ないといいな、と思った。