流した血
八回目の投稿です。
深夜。月光だけが見守る静かな夜を十の影が侵す。
街の明かりは消え住民たちは寝静まり、悪事をするには良い夜だった。
十の影は静かな静寂を犯すように、一人の少女を連れて歩いていた。
少女は目隠しと手枷をされ、背徳的かつ犯罪的な雰囲気を放っていたが、それを咎めるべき正義はここには存在していなかった。
「なあ本当にガキを連れて行くだけで金が貰えるのか?」
下品な声が夜の街に響いた。
このガキを街の外まで連れていって、あとはあの上品ぶったスーツ野郎に渡せば仕事は終わりだ。
「だからそう言ってるだろ。何度も聞くな」
フォードに仲間を皆殺しにされたチンピラは新たに人を雇った。雇うための金は十分に貰っていたので、人を集めるのは容易だったがチンピラには一つ心配があった。
自分には学もないし技能もない。だからこそ柄の悪い仕事をしているのだが、それでも最低限の品性はあるつもりだ。
仕事仲間の持ち物は盗まない。仕事仲間を殺さない。
当たり前のことだが、仕事を円滑にするためには必要なことだ。
だが、新たに雇ったこいつらはそんな程度のことも出来ない。
目先の利益のために、全部台無しにしてしまうような低脳どもだ。
本来ならこんな連中は雇いたくなかったが、信頼できる連中は全員殺されてしまった。
チンピラは後悔した。こんな仕事受けなければよかった。金に目が眩んだ自らの愚かさを呪った。
しかし、今さら引くわけには行かない。金は既に貰っている。それに、逃げたら殺されそうだし。
「ああ?何やってんだ、ガキ」
少女が転んだようだ。目隠しに加えて手枷もされていれば仕方ない。真白い膝が擦りむけ、そこから血が出ている。
「さっさと起き上がれよっと」
倒れた少女に男の蹴りが叩き込まれた。骨の軋む鈍い音とくぐもった悲鳴が響いた。
チンピラは少しばかり可愛そうだと思ったが、止めはしなかった。そもそも自分がこんな目にあっているのはこいつが元凶だ。
チンピラはその程度には悪党だった。
だが、殺されては困る。俺が殺される。
「やりすぎるなよ。死んだら金が貰えねえ」
「なんだてめえ、俺に指図するつもりか?」
「そんなに怒るなよ。賢くやろうって言ってるだけさ」
男は舌打ちをすると煙草に火をつけた。一応は納得したようだ。
暗闇に、ぼうと火が灯った。
チンピラは少女を無理やり起き上がらせた。
骨は折れていないようだ。ならば歩けるはずだ、とチンピラは思った。担いで運ぶのは面倒だ。
この仕事が終わったらどこかに牧場でも買って静かに暮らそう。そして嫁さんを貰って、子供を二人作って、真っ当に暮らそう。ささやかな願いをチンピラは抱いた。
だが、その願いは許されなかった。
水風船の弾けるような奇妙な音がチンピラの耳に届いた。そして、生暖かい液体が彼の頬を濡らした。
変だな、今日は晴れているのに、と彼は思った。
何が起きたのかと振り返って、彼はようやく異常を認識した。
煙草を吸っていた男が倒れていた。だが、彼には煙草を吸うための口も、煙草を持つための手も残されていなかった。
子供が乱暴にぬいぐるみを壊したときのように、彼の上半身が無造作にぐちゃぐちゃにされていた。
パアン、とどこかで乾いた音が響いた。
「なんだ?」
誰かが間抜けな声を出した。チンピラはその間抜けな声に苛ついた。だが、誰が喋ったのか確認する前に、その男は上半身と下半身を真っ二つにされて死んだ。
パアン、とまた音が響いた。
「馬鹿野郎!敵だ逃げるぞ!」
チンピラは少女を抱えて走り出した。
チンピラから遠く離れた場所で白い光が強く光った。
星にしては低いし、人の持つ明かりにしては高すぎる。
そして、また人が死んだ。隣を走っていた男の左半身が、巨大な生き物にでも噛みつかれたかのように弾けた。血と臓物のミックスがチンピラにかかったが、それを気にする余裕はなかった。
パアン、と乾いた音がどこかで響いた。
あの音が鳴ると人が死ぬ。だが、それ以上はチンピラには理解出来なかった。
また光。死。乾いた音。
人の死に方ではない。肉が飛び散り、死者を弔うことさえできない。
「おい!とりあえずあそこに逃げ込もう!」
近くにあった建物に男たちは逃げ込んだ。幸いなことに鍵はかかっていなかった。
建物は使われていない倉庫のようだった。
建物に入ってからは、あの乾いた音は聞こえなかった。
男たちはひとまず安心すると、その場に腰を下ろした。
何人死んで、何人生きているのか、それすらもチンピラには分からなかった。
「おい誰か、明かりをつけてくれ」
「ああ、俺が近い」
スイッチを押すと、魔石によって生み出された白色の光が灯された。
整備をしていなかったのか、点滅するのが鬱陶しい。
ようやく、光の点滅が収まり、安定した光が部屋の中を照らす。
そして、それが立っていた。
密林を思わせる迷彩柄の奇妙な服。
猫のように黒い革製のブーツ。
手に持った筒のような物体。
そして、何より目を引くのが、顔をすっぽりと覆うマスクだった。
口の脇に缶詰のような物体が取り付けられ、薄黄色のゴーグルがそれの目を覆い隠している。
その奥から、不気味な呼吸音が響いていた。
「なんだ、お前は!」
男の一人が半狂乱で剣を引き抜いた。
化け物はこちらを一瞥すると、手に持った筒の引き金を引いた。
そして、乾いた音が響いた。
細かい石礫のような物が筒から発射され、男の肉体がズタズタに引き裂かれる。
それが筒の持ち手をスライドさせると黄金色の円筒が宙を舞った。
誰も動けなかった。
乾いた音が二、三度響くと、チンピラと少女以外に動く者はいなくなった。
それは筒をチンピラの頭に向けた。
筒の先端からか細い白煙が吹き出て、すぐに空気に溶けて消えてしまう。
煤のような不快な匂いが、ふわりと香った。
抵抗する気は起きなかった。どうせ死ぬ。
まったくこんな仕事は受けなければよかった、とチンピラは後悔した。
乾いた音が響いた。
八回目の投稿でした。
夏の夜の匂いって良いですよね。
なんとなく故郷を思い出させるような、そんな匂いです。