食事
五回目の投稿です。
調理シーンって難しいです。
僕はあんまり料理しないもので。野菜炒めぐらいしか作れません。
僕は痛感した。
ここは平和な日本ではなく、危険で野蛮な中世世界なのだと。
だけど、それでも。子供が殺されていい理屈にはならないじゃないか。
どんな世界でも、そんなことが許されるはずがない。
ゴブリンを殺した後悔は既に消え去った。
人型の生物を殺すのはかなり抵抗を感じたが、それも最初だけだ。
奴らは殺すべきだ。低能で薄汚く、野蛮な化け物共。
害をなすものなら、殺しても抵抗感はない。
僕は自分が少しだけこの世界に順応したのを感じた。
暴力を行使することへの躊躇いが、日本にいたときよりも確実に薄れている。
僕がこの世界に呼ばれたのは何か意味がある筈だ。
だったら、正義を成そう。
善なる人々を助け、悪なる者を切り捨てよう。
それが、おそらくは僕の使命なのだろう。
油の弾ける音がぱちぱちと心地よく響く。
僕が目を向けると、フォードさんが鍋に油をたっぷりと注いで、火にかけていた。
鍋も油もどこから取り出したのだろう。魔法かな、不思議だ。
「油で揚げる。素晴らしい調理だね、こいつは。バターだろうが、ビールだろうが、揚げれば何でも美味い」
恐ろしいことを言いながら、フォードさんは衣をつけた豚肉、いやオーク肉を油に放り込んだ。
この世界ではオークは食べ物として見られるらしい。
何というか、カニバリズム的な拒否感を感じてしまわないでもない。
豚たちの午後って感じ。
というか、この料理ってもしかして。
「生キャベツの方が好きなんだが、野菜は日持ちしないからな」
フォードさんは慣れた手つきでザワークラウトを刻むと、程よく揚げられたオーク肉を油の中から取り出した。
きつね色に染まった衣に、ウスターソースをしっかりと塗る。
ソースが染み込み、衣を黒茶色に変える。
耳を切った食パンをどこからか取り出すと、それにマスタードを薄く塗った。
「何じゃ、変わった料理を作るの」
興味津々といった様子で、キスカさんが料理をじーっと見つめた。
「こら、油に近づくと危ないぞ。もう少しで出来るから待ってろ」
「むう、子供扱いするな」
フォードさんは軽く笑いながら、パンに豚カツ、いやオークカツと刻んだザワークラウトを挟み込んだ。
「よし。あとは何分かそのままにして、ソースが馴染めば完成だ」
満足そうに笑うと、フォードさんは煙草にライターで火をつけた。
ああ、この世界ってライターあるんだ。燃料は何だろう、ガスかオイルか。どちらにしても精製装置が必要なはずだから、意外とこの世界の技術力は高いのかもしれない。
それとも魔法的な何かが燃料になっているのだろうか。
「何じゃ、それは。火をつけるのに変わった道具を使うの」
キスカさんが興味深そうにライターを見つめた。
「ん?あっ!なんでもない、気にするな」
フォードさんはいそいそとライターを仕舞った。
「あれも秘密、これも秘密。お主はなーんにも教えてくれんなあ」
「喋るのは苦手でね」
「あと、いくら何でも吸いすぎじゃ。臭いぞ」
「マジ?臭い?」
急に聞かれたので、素直に答えてしまった。
「はい、臭いです」
燻った煙のような独特の匂いだ。ただ、煙草の匂いとは少し違う気がする。どちらかといったら火薬のような匂いだ。
まあ、あまり好きな匂いではない。
「そうか。出来るだけ控えよう」
フォードさんは少しだけ傷ついたようだった。
「さてと、そろそろできたかな」
フォードさんは包丁を取り出して、パンごとカツを切った。
切った断面を見て、満足げに頷くと、フォードさんはそのうちの一つを僕に差し出した。
「ありがとうございます。いただきます」
「おう」
この料理にマナーは必要ない。
ガブリと噛み付く。
ソースの程よい酸味とカツの油が口の中に広がる。
オーク肉は癖のない豚肉のような味だ。
肉の持つ甘さとソースの甘さが絡み合って非常に美味い。
また、ザワークラウトのシャキシャキ感も楽しい。
カツと合うのか不安だったが、ザワークラウトの持つ酸味がカツのくどさを中和して、さっぱりとした後味にしてくれる。
意外と合うんだな。新発見。
夢中になって食べてしまう。
「美味しいです」
「おう」
フォードさんは嬉しそうに笑った。
「美味いな。初めて見る料理じゃが…」
口いっぱいにカツサンドを頬張りながら、キスカさんが可愛らしく聞いた。
「昔の友達に習った料理だから、俺も詳しくは知らん。まあ、美味いからいいだろ?」
この世界に来た日本人が僕だけだと考えるのは間違いだろう。おそらく、過去にも何人か来ていて、その日本人がカツサンドを伝えたのだろう。
自然発生的にカツサンドを思いついた料理人がいたのかもしれないが、可能性は低い。
カツ自体が存在しない世界で、カツサンドを思いつくことは出来ないだろう。
そういえばカツは日本料理なのか?フランスだかイタリアだかの料理が元になった、みたいな話は聞いたことはあるが。
「コーヒーは?」
「飲む。砂糖たっぷりでな」
「サッサは?」
「いただきます、ブラックで」
砂糖を入れた方が好きだが、ブラックで飲んだ方が格好いい。
高校生ならそうするべきだ。
「はいよ、ブラックな」
「ありがとうございます」
苦い。
深煎り気味の豆だ。酸っぱいよりは苦い方が好きなので、嫌いではない。
「そういえば、お前出身はどこなんだ?」
僕は素直に答えるべきか迷った。日本人だと言っても大丈夫だろうか。
転生者が珍しくない存在ならば、素直に答えてもいいだろう。
だが、異端として忌み嫌われる存在であった場合、素直に答えたら殺されるかもしれない。
「悪い、つまらん質問だった。こんな商売を選ぶくらいだ、言いたくないこともあるわな」
「すみません」
フォードさんは深入りしなかった。
「そう言うお前はどうなんじゃ、フォード」
「俺か?俺の出身は…そうだな。よく分からないんだ」
「分からない?」
「ああ、俺の最初の記憶はひどい臭いのするスラム街だ。ゴミ箱に捨てられた腐りかけのパンを野良猫共と取り合ってた」
あれは酷かった、とフォードさんは遠い目をした。
この世界は思ったよりもハードな世界らしい。
日本じゃ考えられない。
「よく生きてこられたの」
「運が良かったのさ。掃き溜めの中で死に損なっていた俺を師匠が拾ってくれた。そして、戦い方と生き方を教えてくれた」
「でも、師匠の元からは逃げ出したのじゃろう?」
「あの人には感謝してるが、いくら何でも修行が厳しすぎた。あんな生活続けてたら頭がおかしくなる」
フォードさんはさっきよりも遠い目をした。
「俺の話なんて大して面白くもないさ。お前のも聞かせろよ、キスカ」
「私も人に聞かせるほどの過去は持っておらんよ。父が死んで、しぶしぶ妾が家業を継いだ。その家業も今は弟に任せて、私は放浪の身じゃ」
「お互い、脛に傷を持つ身ってわけだな」
フォードさんはコーヒーをごくりと飲み干した。
「昔のことはやめるか。これからどうする?」
「そうじゃな、妾もお主も路銀が足りぬ。しばらくはこの街に足止めじゃな」
「良かったな、サッサ。しばらくは鍛えてやれそうだ。さっきの戦いを見た感じだが、まあ悪くはなかった」
「ありがとうございます」
日本にいた頃は武道を習ったことなどなかった。
成績表の体育の評価は万年3だった。
それでも、いざ殺し合いになると、意外と人間の体は動いてくれるらしい。
あれだけ動ければ及第点だろう。
「ただ、武器の扱いに関してはど素人だな。武器に振り回されすぎだ。ま、その辺は俺が鍛えてやれる。世界一の剣士とはいかないが、いっぱしの剣士にはしてやれるさ。魔法に関しては…」
「妾が受け持つ」
キスカさんの声が、凛と響いた。
「妾が教えれば世界を目指せるぞ。一人で国を滅ぼせるようにしてやろう」
そこまでの力は必要ではないのだが。
とりあえず自衛できる程度の力があれば、問題ない。
「それじゃ、よろしくな。サッサ」
フォードさんは僕に右手を差し出した。
「はい、よろしくお願いします!」
僕はその手をしっかりと握り返した。
五回目の投稿でした。
カツサンド美味しいですよね。
サクサク系よりもふにゃっとしてる方が好きです。