豚と小人
四回目の投稿です。
ちょっと不快な表現があります。
グロテスクですので、苦手な方は飛ばしてください。
フォードにぶちのめされたチンピラたちは、二時間程経って、ようやく目を覚ました。
「やあ、どうも」
ズキズキと痛む頭を振りながら、チンピラたちは声のした方に振り返った。
仕立ての良い上等な衣服を着た男が、胡散臭い笑みを浮かべながら立っていた。
「誰だ、手前」
「名前は知らなくても良いでしょう。お互いに必要ないでしょうから」
「そうかい、で何のようだい」
「少しばかり、仕事を頼みたいのです」
チンピラたちは顔を見合わせた。
「おいおい、俺たちがカタギに見えるかい?」
「いや、そんな真っ当な仕事を頼むつもりはありませんよ」
そう言うと、男は鞄から札束を取り出した。
「10万ドルあります。依頼を達成していただいたら追加で50万ドル。理由や目的は聞かずに、ただ仕事だけをやっていただきたい」
「だが…」
「おや、足りませんか。ではこれでどうでしょう」
男は鞄から、札束を更に二つほど取り出した。
チンピラたちの目に下卑た欲望が宿った。
「へへ、こんだけ貰えれば文句はねえ。で、何の仕事だ、殺しか?」
「あなたたちを殴り飛ばした男に連れがいたでしょう。このくらいの女の子。彼女を拐っていただきたい」
「ガキを拐うだけでこんなに貰っていいのか?」
「特殊な子供でしてね。ああ、それと子供を拐うときはこれを使って下さい」
男は奇妙な道具をチンピラに渡した。
それは矢の付いていない弩のようだった。
矢の代わりに円盤が取り付けられ、その先にアンテナが付いている。
奇妙な、だが既視感を覚える独特の形状であった。
「これは?」
「子供を捕まえるときに使って下さい。引き金を引くだけでよろしい」
チンピラたちは疑問を浮かべながらも素直に従った。
30万ドル貰えるなら、余計なことを気にする必要はない。
「もし人を雇うのに追加の資金が必要でしたら、駅前のホテルまで来てください。それでは、これで」
立ち去ろうとする男の背中に、チンピラの一人が凶悪な笑みを向けて、ナイフを抜いた。
ここは法治世界ではない。
殺して奪う方が早い世界なのだ。
「え?」
チンピラが突き刺したナイフは空を切った。
チンピラは疑問に思った。
何故、ナイフは男に刺さっていないのだろう。
何故世界がぐるぐると回っているのだろう。
答えを得る前に、彼の意識は暗闇で閉ざされた。
黒い風がチンピラの首を薙いで、彼の首を飛ばした。
それは、足であった。
猛烈な膂力による蹴りで、人間を絶命させたのであった。
血に染まった靴紐がぷつりと切れて、地に落ちた。
「やはり、安物はだめだ。すぐに壊れる」
チンピラたちは何も言えなかった。
「失礼、汚してしまいました」
「いえ…」
奇妙な雰囲気を持った男は、受付嬢に会釈をすると、建物を後にした。
小鳥と虫たちが奏でる協奏曲を聞きながら、俺たちは森の中を歩いていた。
消え入りそうなほど、遠くで響く鳥たちの声が現実感を失わせる。
爽やかな風が頬を撫でるのを楽しみながら、俺は獲物の痕跡を探した。
「虫が多いな、さっさと見つけて帰るとするのじゃ」
風情のないことをほざくキスカを無視して、俺はゴブリンとオークの足跡を探す。
ゴブリンの知能は猿以上、人間未満といったところだ。オークも同様である。
人間から奪ったナイフや剣などを扱う程度の知能を有し、石器ナイフなどの簡単な道具を作りだすこともできる。
加えて、ゴブリンの膂力は十代の子供と同程度。オークに至っては素手で人間を引き裂けるほどの力がある。
ただ、興味深いのは、彼らは衣服を身につける習慣を持っていないことだ。
人間を殺害しても、武器や食料、人間自身の肉には興味を示すが、衣服はそのまま置き捨てることが多い。
服を着るということは、裸に羞恥を抱くということだ。
それは生物にとって不要な感情である。
だが、我々人類はその不要な感情を有し、生物の支配種となった。
もう少し研究すれば、人間が人間たる所以が分かりそうだが、俺は学者じゃない。
彼らは興味深い研究対象ではなく、生活費となる商品なのだ。
「あったぞ。ゴブリンの足跡だ」
子供の足ぐらいの大きさの足跡が、横道に向かって続いていた。
できればオークの方が良かったが、まあ15ドルでも夕飯代にはなる。
「それはよかったの。で、あれはどうする」
キスカの指さした先で、ガサリと林が揺れた。
俺はため息を吐きながら、そいつに向かって話しかけた。
「おい、出てこいよ。隠れるなら、もっと上手くやってくれ」
戸惑ったように林が少し揺れ、そこから男が飛び出してきた。
そいつはギルドで会った東洋人の少年であった。
「すみません」
「謝るならやるなよ。で、何のようだ」
「弟子にして下さい」
「まーた、それか」
「優しくやるべきじゃぞ、特に子供にはな」
俺はキスカに視線を向けた。
「ずいぶんと甘いじゃないか」
「妬くんじゃあない、坊ちゃん」
俺はもう一度深いため息を吐いた。
このまま見捨てて、新聞の朝刊でこいつの名前を見るのも寝覚が悪いか。
「しょうがないな。いいか、泣き言を言うな、文句を垂れるな、正義漢を気取るな。それだけ守れるなら、少しの間だけ面倒をみてやる」
「ありがとうございます」
少年は爽やかな笑みを浮かべた。
まったく、擦れた大人には眩しすぎるね。
「俺はジョージ・フォード。フォードでいい。で、こいつが」
「フランカスカ・ニルヴァルド。キスカで良いぞ、少年」
キスカは魔王であるとは名乗らなかった。
まあ、その方が面倒事が少なくて良い。
「佐々晴政です。お二人ともよろしくお願いします」
サッサね。面白い発音だ。
俺はサッサ少年の名前を気に入った。
口に出すと楽しい気分になる。
積極的に名前を呼んでやろう。
「それで、サッサ君。得物は持ってるよな」
「はい、一応」
サッサはショートソードを取り出した。
汚れや傷が無く、買ったばかりの新品であるが良い武器だ。
最も優れた武器とは、勇者が振るう聖剣ではなく、魔王の持つ杖でもなく、一般兵士の持つ何ら目立つ所のない剣だ。
武器とは、誰もが使えて、量産できて、そして頑丈であるのが求められる。
その点ではショートソードは理想的な武器と言える。
町の武器屋で有れば大抵取り扱っていて、扱い易く、そして安価だ。
素晴らしき兵士のための武器だ。
「よろしい。早速だが、実戦で君の能力を確かめさせてもらう。敵はゴブリン、楽勝だろ?」
「は、はい!」
威勢よく返事を返すサッサに若さを感じながら、俺はゴブリンの足跡を辿っていった。
二十分ほど歩いた所で俺たちは開けた場所にでた。
そこでは、ゴブリンたちが火を焚いて何かを食べていた。
そういや、あいつら火を使えるくらいの知能はあるんだよな。何で、もっと進化しなかったんだ。
ダーヴィンが見たらブチ切れそうだ。
数は二匹。
一匹は俺が、もう一匹はサッサがやる。
「妾は?」
「そこで待ってろ」
俺たちは林から飛び出して、堂々とゴブリンたちに近づいた。
不意打ちで殺しても良いが、それではサッサの実力を測れない。
「俺は左、お前は右の奴をやってくれ」
「はい」
俺はゆっくりとゴブリンに近づいた。
ゴブリンはいきなり現れた外敵に戸惑った様子だったが、すぐに自らの得物を構えた。
真新しいナイフが、こちらに向けられている。
装飾が施され、見事な拵えのナイフは、餓鬼のように痩せ細ったゴブリンには不似合いであった。
おそらくは誰かから奪ったものであろう。
俺は剣を引き抜いて、上段にしっかりと構えた。
ゴブリンがナイフを腰だめに構えて、こちらに向かって突進する。
ゴブリンの肉と柔らかい頭蓋骨が切り裂かれ、脳漿と血が辺りに飛び散る。
痛みを認識する間もないまま、ゴブリンは即死した。
喉元まで切り裂いたところで、剣は動きを止めた。
俺は剣をゴブリンから抜いて、しっかりと血を拭った。
俺は強者ではないが、ゴブリン程度に苦戦するほど弱くはない。
子供の背丈ほどしかないゴブリンならば、素手でも体格差を生かして殺すことができる。
俺はゴブリンから右耳を切り取り、ポケットにしまった。これが討伐した証拠になる。
サッサの方に目を向けると、サッサとゴブリンは接戦を演じていた。
サッサの動きは悪くない。ゴブリンの繰り出すナイフにしっかりと対応して、避けたり、剣で弾いたりしている。
防御面に関しては優れた動きを見せるサッサだったが、攻撃面に関しては微妙であった。
手足や胴などを軽く切り裂く程度で、致命傷になる一撃を与えられずにいた。
俺は手加減しているような印象を抱いた。
だが、変化が生じる。
ゴブリンの振るったナイフが、サッサの太腿を切り裂いた。
浅く、到底致命傷にはなり得ない一撃だったが、痛みは相当なものだろう。
ギザギザと錆び付いたナイフが、のこぎりのように太腿の肉を削り取る。
サッサの顔が苦痛に歪む。
思わず、といった風に、サッサが剣を振るった。
綺麗な音を立てて、スッパリとゴブリンの首が宙を舞った。
首を失ったゴブリンは二、三歩歩いたあと、糸の切れた人形のように倒れた。
首から流れ出す血が、大地を赤黒く染めた。
「大丈夫か?」
サッサは呆けたようにこちらを見た後、胃の中身をぶち撒けた。
「うわ、何だ。どうした」
辺りに酸っぱい匂いが広がった。
毒か。いや、それはないか。ゴブリンにとっての戦闘は食事と同義だ。自分の飯に毒を盛る馬鹿はいない。
ならば…。
「お前、童貞か。悪い、気を使ってやるべきだった」
誰だって初めては吐きそうな気持ちになるものだ。
俺もそうだった。
俺は空間魔法からコップを取り出して、初級水魔法水で満たした。
「口を濯いでおけ」
「あ、ありがとうございます」
太腿の傷は浅かったが、放っておけば破傷風になるかもしれない。
俺にも回復魔法の心得はあるが、専門家に任せた方が確実だろう。
「キスカ、傷を治してやってくれ」
「……」
キスカは、ゴブリンの焚き火の方をじっと見ていた。
「おーい、キスカ」
「……フォード、お主なら平気じゃろうが、少年の方はこっちに近づけるな」
「ああ?」
俺はキスカの視線の先を見て、理解した。理解できた。
ゴブリンは雑食で、虫だろうが、魚だろうが、動物だろうが、手に入るタンパク質はなんでも食べる。
そして、牙も爪も持たず、どこにでもいるタンパク質とは…。
焚き火から覗いている手足は、まだ子供のように見えた。
嫌になるね、まったく。
「そんな…」
サッサも理解してしまったようだ。
「屑ども!根絶やしにしてやる!」
サッサの瞳に憎悪が宿り、ゴブリンの死体に向かって剣を振り下ろした。
「やめとけよ。あんまり真面目になるな」
俺は、サッサの手を掴んで、死者への冒涜をやめさせた。
「まだ子供なんですよ!それを!」
「あいつらにとっちゃ、子供だろうが大人だろうが関係ねえさ。餌は餌だ」
「でも!」
「俺たちは連中を殺す。連中も俺たちを殺す。俺たちは金がないから、連中は腹が減ったから。殺す理由に優劣なんてない。まあ、適当にやれよ。あんまり思い詰めると、こっちが参っちまう」
俺だって、身内が殺されたら全力で報復する。
だが、今回死んだのは他人だ。
冷たいようだが、それが戦う人間としての割り切りだ。
そう割り切らなければ、無限に殺さなければならない。
「そうじゃな、復讐してよい時は、大切な者が殺されたときだけじゃ。他人の怨念で殺しちゃ、救いがない」
キスカは何かを悟った老人のように、そう呟いた。
「お前は平気か、フォード」
「大丈夫だ。慣れてる」
「それは難儀じゃの」
キスカは悲しそうに笑った。
「埋めてやらねばな」
「ああ、それくらいの時間はある」
俺たちは、土魔法で穴を掘り、そこに子供を埋めた。
サッサが手伝うと言ってきたが断った。
子供にそんなことはさせられん。これは大人の仕事だ。
一仕事終えた俺は煙草に火をつけた。
「一本くれんか、フォード」
俺はキスカを見た。年齢自体は大人なのだろうが、姿は子供のキスカに煙草を吸わせるのは如何なものか。
「飴ちゃんならやるよ」
迷った結果、飴玉をやることにした。
「しょうがないの。それで我慢してやるのじゃ」
飴玉を舐めてる姿は子供にしか見えんな。
飴玉でほっぺたを膨らませているキスカを眺めていると、ガサリ、と何かが動く音が響いた。
茂みの方に目を向けると、何かがこちらを伺っていたように
「妾がやろうか」
「飴玉舐めて待ってな」
俺は煙草を投げ捨て、踏み消した。
獣臭を撒き散らしながら、オークが現れた。
成人男性より二回りほど大きく、豚のような顔と緑色の肌をした生物は、斧を構えてこちらに敵意を向けていた。
応えるように、俺も剣を引き抜いた。
距離は十分。お互いの得物が届く距離だ。
先に動いたのはオーク。
ぶおん、と空を裂きながら、猛烈な勢いで斧が迫る。
俺はそれに合わせて剣を叩きつけた。
甲高い音が鳴り、金属と金属が火花を散らす。
重い。ミシミシと骨が悲鳴をあげる。
パワー勝負ではこちらが不利か。
力を急に抜いて、オークの力を受け流す。
オークは少しよろけたが、すぐに体勢を立て直すと、再度斧を振った。
俺は回避を選択。
何本か髪を持っていかれるが、どうにか回避することに成功する。
無防備なオークの横腹に、剣を突き刺す。
返ってきたのは、柔らかい肉の感触ではなく、岩に向かって剣を突き刺したかのような硬い感触だった。
鍛え込まれた筋肉と岩のような表皮が、剣の切っ先を阻んだ。
オークがニタリと醜悪な笑みを浮かべる。
丸太のようなオークの足が、こちらに向かって飛ぶ。
この距離では避けきれない。
腕で防ごうもするが、そのまま蹴り上げられて、体ごと吹き飛ばされる。
左腕に激痛。叫び出すのを堪えて、回復魔法を発動。
完全に治すには時間が必要だが、痛みは誤魔化せる。
オークはニタニタと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
白兵戦ではこちらが不利か。
ならば、こちらの得意な戦い方をするまでだ。
俺は、風魔法を発動する。
魔法に関する知識のないオークは、それを無防備に受けた。
オークの頭の周りに風の刃を発生させる。
極小サイズで展開された風の刃は、オークの耳の中に飛び込んだ。
鼓膜を破ってやる。
プチン、と何かが切れた音が響くと、オークが吠えた。
いくら鍛えようと、体の中までは鍛えられまい。
悲鳴を上げながら倒れたオークに、俺は急いで近づいた。
無防備に開けられた口の中へ、中級火魔法強い火を発動する。
拳ほどの大きさの火が、オークの口の中へ飛び込んだ。
目を白濁させ、オークはぷるぷると震えた。
肉の焦げる嫌な匂いが、俺の鼻腔を汚した。
脳の半分を熱凝固させられたオークは、あっさりと絶命した。
俺は魔法も剣術もそれなりにしか使えない。
それでも、いや、だからこそ俺にしかできない戦い方がある。
剣術が苦手な相手には剣術で、魔法が苦手な相手には魔法で。弱い人間には弱い人間なりの戦い方があるのだ
「大丈夫ですか」
「どうにかな」
近寄ってきたサッサに肩を貸してもらう。
「やっぱり、そんなに強くないの」
「うるせえ」
揶揄ってきたキスカに、丁寧に返事をする。
「それで、こいつはどうする」
キスカがオークの死体を見ながら言った。
「耳は切り取って金にするとして。残りは……」
俺は焼き豚を見ながら言った。
「飯にしよう」
四回目の投稿でした。
あんまり、主人公強くないですね。