忘れられぬ故郷
二回目の投稿です。
前書きって何を書けばいいのでしょうか。
よく分かりません。
耳鳴りのように、遠くで滝の流れる音がぼんやりと聞こえる。
ごくり、と誰かが唾を飲んだのがはっきりと聞こえた。
水筒の中身はない。額から流れる汗を拭いながら、俺たちは密林を歩く。
茹だるような暑さと誰かに見られているかのような圧迫感を背負いながら、俺たちはこの地獄を進んでいく。
また、この夢か。
今見えている光景は過去のものだ。俺が、俺たちが戦ったあの戦場の記憶。
いかに臨場感を持っていようとも、これは幻だ。
だが、頭では理解できても、俺の感情はそれを理解できない。
目の前に広がる林が揺らぎ、耳慣れぬ言葉を叫びながら、帽子を被った男が飛び出してくる。
ハハ、何言ってるか分からねえよ、英語で話してくれ。
狂ったかのように、その男は手に持ったカラシニコフを嘶せる。
破裂音が響いて、前を歩いていた友人が地面に倒れこんだ。
俺はそれを見ながら、特に何も思うことはなく、機械的に引き金を引いた。
弾丸は帽子の男の頭を貫き、あっさりと絶命させる。
俺は倒れこんだ男に近づいて、その帽子を蹴り飛ばした。
ああ、駄目だ。それは見なくていい。
帽子の下から出てきた顔は子供であった。
故郷で学校に通う弟よりも幼く見える。
こんな地獄にいるべきじゃない、まだこんなことを知る必要がない子供が、目を見開いて死んでいた。
俺は、そうだ、俺はあの戦場で、クソッタレ。
吐きそうな気分で、俺は目を覚ました。
寝汗で冷え切った体は未だに現実感を失っている。
俺の耳に苦しそうな声が届いた。
声のした方に顔を向けると、そこには先ほどの少女がいた。
そして、俺の両手は、彼女の細い首を絞めていた。
どくどくと血液の流れる感触と骨の軋む感触が掌から伝わる。
ようやく、俺は目を覚ました。
すぐに手から力を抜いて、彼女を解放した。
げほげほと咳き込みながら、少女は大きく深呼吸をした。
「変わった寝相じゃな」
少女は揶揄うように笑った。
「すまない、怪我はないか?」
「大丈夫じゃ、この程度では死なん」
「そうか、じゃあさよなら。気をつけてな」
俺は足早にその場を立ち去ろうとした。
これは面倒事の臭いがする。
俺は適度な刺激と適度な平穏を楽しみたいのだ。
あからさまな面倒事はごめんだ。
そして、面倒事からは逃げるのが一番だ。
「待て」
俺の意思とは関係なく、両足が停止する。
「嫌だ」
「まあ、話を聞け」
「嫌」
「聞けと言っているじゃろう」
少女は俺の目をじっと見た。
少女の瞳が妖しい光を放つ。
そうだ、言うことを聞かなくては。
何故、俺は彼女を見捨てようとしたのだろう。
そんなことをしてはいけない。
彼女は絶対だ。
「はい」
「手間をかけさせるな。とりあえず、近くの街まで送ってくれ」
「はい」
俺は馬を呼んで、馬車の支度をした。
死体の処理もしたかったが、彼女を待たせるわけにはいかない。
準備が出来たので彼女を呼ぼうとしたが、名前を知らないことに気づいた。
おかしい。
俺は彼女のことが好きだし、彼女のことを昔から知っているはずだ。
それなのに、何故名前を知らないのだろう。
異常だ。
異常なのは俺か彼女か。
異常の原因を排除すれば、正常に戻るはずだ。
そうすれば、彼女を幸せにできる。
「どうした?」
彼女が微笑みかけてくれる。
幸せだ。
正常にしなければ。
俺は彼女を思い切り殴りつけた。
彼女が短く悲鳴をあげて倒れ込んだ。
俺は馬乗りになって、彼女の顔面を殴打し続けた。
彼女の瞳に涙が浮かぶ。
とても悲しいので、早く異常を排除しなければ。
「待て!死ぬ、死ぬ!」
「ごめん、ごめんね!」
彼女が泣いている。
俺は殴り続ける。
「イカれているのか、こいつは!」
彼女と目が合う。
吸い込まれるような魅力を持った瞳は、いつもと変わらず綺麗だった。
「あれ?何してんだ、俺は?」
何故か、俺は少女の上に馬乗りになっていた。
顔中から血を流しながら、少女は泣いていた。
「早くどけ!」
「ああ、ごめん」
俺は素直に退いた。
「貴様、おかしいんじゃないのか!こんな幼い気な少女をボコボコに殴る奴がいるか!」
「まあ確かにそうだが、俺に何か使っただろう。催眠だが洗脳だが知らんが、その類の技は俺には効かないぞ。俺は軍隊上がりでな、自白対策に精神訓練も受けてる」
まあ、いくら心を鍛えても、悪夢を見てしまうのだが。
今回は役に立ったようだ。
「それに、見た目通りの年じゃないだろ」
肯定するかのように少女は妖しく笑った。
「フフ、阿呆ではあるが無能ではないようじゃ。教えてやろう、我が名は…」
「いや、教えてくれなくていいよ。面倒そうだし」
「まあ、そう言わずに聞け。我が名は…」
「だから嫌だって言ってるだろ!聞いたら、助けなきゃいけないじゃねえか」
少女は頬をひくつかせると、指をパチンと鳴らした。
「よいか、これで最後じゃぞ。我が名は…」
「いやだ、聞きたくない。あっちいけ…」
少女は、もう一度指を鳴らした。
「あばばばば」
雷に打たれたかのような激痛と衝撃が、俺の体を駆け巡った。
「よし、我が名はフランキスカ・ニルヴァルドである」
誰だよ。
「どなた?」
「こちらの呼び名の方が分かりやすいか。我が名は魔王、三千世界全てを支配する者。全ての魔族の長である」
ほらみたことか。厄介事だ。
「魔王だあ?勇者に首刎ねられて死んだんじゃないのか?」
「あれは影武者だ。総大将が前線に出てくるわけがなかろう」
聞かなきゃよかった。国家機密だよなあ、これ。
「それで、魔王様がなんだってこんなとこに居るんだ」
「表向きには死んだことになっていたのでな。このまま逃げてもバレないと思って旅に出たら、人間の特殊部隊に捕まってこのザマじゃ」
馬鹿なのか、こいつは。
やけに強いと思ったら、特殊部隊だったのか。俺が苦戦するわけだ。
自分の強さへの自信を少しばかり取り戻した。
「無責任じゃないか、助けに来た奴はお前の部下だろう」
「後継者の指名はした、仕事の引き継ぎもした、休戦協定も結んだ、戦後処理だって終わらせた。妾がいなくとも何の問題も起きないように、全部やっておいた。それなのに私を追いかけてきて、まだ偶像をやれと吐かすか」
一方的な好意ほど鬱陶しいものはない。
忠義といえば聞こえはいいが、それはただの責任の押し付けだ。
「話は終わりか。俺はもう行ってもいいか」
「まあ待て、本題はここからだ。妾は最強であるが、今は少しばかり弱体化している。だから、しばらくの間、護衛を頼みたい」
「俺に何の得が?」
「命を助けてやったし、手も直してやっただろう」
俺は左手を見た。
問題なく動く。
「断ったら?」
「例えばだが、これからの人生でお主が結婚し、子供を作ったとしよう。お主はその子供に胸を張れるのか。お主は我が身可愛さに少女を見捨てて逃げた男だ。いくら幸せを捕まえても、今日この瞬間の後悔は一生付き纏うぞ」
嫌な言い方をする女だ。
「クソババアめ、タチの悪い」
「ほざけクソガキ。これからの貴様の幸せのために、妾を助けよ」
俺は渋々だが、手を差し出した。
「ジョージ・フォードだ。フォードと呼んでくれ」
「妾のことはキスカでいいぞ」
気楽な一人旅のつもりだったが、しばらくは同乗者が増えるようだ。
二回目の投稿でした。
導入部分なので、話が少し退屈かもしれません。
申し訳ございません。