84話「首都防衛戦8」
「ありがとう」
そう呟いたシロの瞳には涙が滲む。
エヴィエスとナイなら必ずやり遂げると信じていたシロは建物の影に身を潜めながら銃口を重ね力を貯めていた。
エヴィエスとナイが繋いだ想いのバトンはシロはしっかり受け取っていた。
2人が命を賭けたのは、シロが必ずイフリートを貫く事ができると信じていたからに他ならない。
かつての自分に聞かせてやりたい。
いつか、自分を信じて命を託してくれる仲間が現れると。
それを聞かせたら、かつての自分は冗談だと笑い飛ばすだろうか。
それともくだらないことを言うなと怒るだろうか。
どちらにせよ、信じなかったに違いない。
あの頃の僕は何も信じられないほど孤独だったから。
「シロ君!!!」
視線の先ではウォールを展開したナイがこちらに向かって声を張り上げる。
(シロさん!!!)
(うん、リリス……分かってるよ。これで終わりにしよう)
「デュアルバースト!!!」
2つの銃口から吹き出した高圧の水流はアリスの電流によって超加速する。
その2本の激流が幾重にも絡み合い、何物をも貫く槍となる。
潜んでいた建物の瓦礫を吹き飛ばし、雨を切り裂きながらイフリートに襲いかかる。
(勝った!!!)
イフリートは以前ナイが展開したウォールの中で身動きが取れない。
後は着弾する瞬間にナイがウォールを解除すればいい。
勝利を確信した瞬間、想定外の事態が起きる。
全ての力を出し尽くしたナイがその場で力なく倒れたのだ。
そしてナイが気を失うと同時にイフリートの動きを拘束していたウォールは光の粒となりフッと消えてしまう。
それは、シロやエヴィエスが想定していたタイミングより僅かに早かった。
日常生活であれば、その僅かなタイミングのズレなど気にすることもないだろう。
しかし、シロ達が身を置いているのは生死を別ける極限状態での戦いだ。
その僅かなズレが勝敗を別ける。
「ナイ!!!」
エヴィエスがうつ伏せに倒れ込むナイに駆け寄ろうと一歩踏み出すのが見える。
そして、イフリートはウォールが消えるやいなや、全力で身を捩りデュアルバーストを躱した。
(外した!!!)
無常にも想いを乗せたシロの最高火力はイフリートの脇腹を抉るに留まり、奥にある建物を貫いていく。
身体が重い。
視界がぼやけていく。
この銃口から勢いよく流れ出る水流を出し切ってしまえばシロは意識を失うだろう。
ナイを抱きかかえるエヴィエスの背中を焼き尽くそうとイフリートは拳を振り上げる。
負けた……
掴みかけていた勝利が手からスルリと抜け落ちてしまった。
ここで自分達は終わりなのか。
僕もエヴィももう戦えない。
この先に残っているのは死……だけだ。
諦めにも近い感情がシロを支配するなか、走馬灯のように過ったのはミズラフでの会話だった。
◆◆◆◆◆◆
「あの……どうしてそんなに長い時間戦えるんですか?」
ミズラフでの滞在6日目の夕方。
シロはいつもの店に夕食を取ろうと向かっていた道中、カリンに声を掛けた。
「ん?何で私?私よりローレンとかに聞いた方がいいんじゃない?」
カリンは少し驚いた様子でシロに聞き返す。
その目を見開いた様子はあどけなさすら感じるが、彼女はシロより年上だ。
「いや、ローレンさんはリディスさんと交代しながら戦ってるけど、カリンさんは交代しないですよね?それでもみんなと同じくらい長く戦えるのは何故なのかなと……」
「ああ……そういうことね。シロ君の場合はアリスちゃんやリリスちゃんが戦うってことはないもんね」
「はい。だから僕が倒れる訳にはいかないんです」
自分が倒れたらアリスもリリスも戦えない。
つまりは命を落とすと同義だ。
だからこそ、少しでも長く戦える方法はないのかと模索していた。
「んー、魂の総量って人によって決まってるけど、私はそこまで多いって訳じゃないんだよね」
「でも、僕より全然長い時間戦えてますよね?」
カリンは1人で人器を行使し続けているにも関わらず、他の人器使いと遜色なく戦えている。
シロにはそれが不思議でならなかった。
「うーん。これを知ってもシロ君には参考なはならないないと思うんだけどいい?」
「はい!お願いします!」
するとカリンは短い木の枝を持ってきて地面にガリガリと人型の絵を描き始めた。
「同調している時、行使者の魂は減っていくけどどうして減っていくと思う?」
「……パートナーに注いでいるからですか?」
「そう。でも注いでいるのは人器の能力を行使するためであって、減っているのは別の理由があるんだよね」
「というと?」
シロの問いかけに答えるようにカリンは地面に絵を描き続ける。
それは、お世辞にも上手いとは言えないが、カリンが丁寧に説明しようとしていることは伝わってきた。
「行使者の魂はね。発散しているんだよ」
「発散?」
聞き慣れない言葉にシロは思わず聞き返す。
「そう。例えばシロ君が放つ水弾の一発一発が魂そのものな訳。ローレンがリディスを使って放つ炎もそう。それが発散」
「ということは、魂を注ぐことは人器の能力を行使するスイッチだけど、実際に能力を使うことによって減っていくということですか?」
「そうそう。シロ君。理解が早いね。お姉さん嬉しいよ」
「でもそれだとみんな一緒ですよね?」
シロの言うとおり、能力を行使することが発散であるのならみんな同じ条件なのだ。
最初に聞いたカリンが長く戦える理由にはなっていない。
「シロ君の言いたいことは分かる。でも違うんだよなぁ。シロ君の水弾と私の影を操るドッペルゲンガーの違いは、自分の身体から離れているかどうかなんだよ」
「……」
「つまり、私のドッペルゲンガーは私の身体から離れていない訳でしょ?だから発散し難い。でもシロ君の水弾は身体から離れていく。だから発散しやすいということなんだよ」
カリンが地面に書いた絵は手から弾を打っている人影と、足元から影のような物が伸びている人型が並んでいる。
その違いは行使した能力が身体から離れているかどうかだ。
「……そんな簡単な違いなんですか」
もっと高度な技を用いていると考えていたシロはやや拍子抜けした声色で答えた。
「そう。意外に単純でしょ?でもこれは同調が出来るのが大前提。同調は能力で相手を選べないしね……最初にシロ君には参考にならないって言った理由がコレなんだよ」
確かにアリスとリリスの人器は放つことを前提にした人器だ。
カリンの言うとおり自分から離さないで力を使うことは想像できない。
しかし、カリンはシロが誰とでも同調できるということを知らない。
「……でも、もし仮にですよ。僕がヴァルツさんのような人器と同調することになった場合、どんなことを意識すればいいですか?」
「それは、留めるな意識を持つことかな」
「……留めるですか」
「そう。留める。これを知っているかいないかで差が出ると思うから覚えておいてね」
そう言いながらカリンは優しげな笑みを浮かべた。
◆◆◆◆◆◆
この絶望的な状況のなか、どうしてあの時の会話が脳裏を過ったのかは分からない。
だが、諦めるのはまだ早い。
自分にはまだ出来ることがある。
抗って、抗って、抗い続けるのだ。
「留まれぇぇぇぇ!!!」
降り頻る雨音のなか、シロの叫びがこだまする。
まだ戦いは終わっていない。
いつの間にかシロの瞳に再び光が宿っていた。




