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出来損ないの人器使い  作者: salt
第3章
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83話「首都防衛戦7」

 建物の影から飛び出したエヴィエスは身を低くしながらイフリートに向かって全力で駆ける。

 一歩蹴り出す度に雨で路面に溜まった水がバシャバシャと音を立てる。


 その音を聞いたのか、それとも気配を感じ取ったのかは分からない。

 背後から近づく存在に気が付いたイフリートは素早く振り返るとエヴィエスに向かって炎弾を放つ。


 エヴィエスはシロと共に戦っている時にイフリートを観察していた。

 イフリートの主な攻撃方法は3つ。

 まずは、先程自分達が吹き飛ばされた光線。

 両腕を突き出して放たれる光線はシロのデュアルバーストと同程度の威力を持つ。

 これが最も危険な攻撃なのだが、両腕を突き出してから放つ迄に一瞬の間がある。

 ナイと同調して未来予知にも似た力が使えるエヴィエスにとっては躱すことは容易だ。

 次に超高音で燃え盛る自身の身体を生かした肉弾戦。

 これは一撃でも受けてしまえば自身の右手のように火傷で使い物にならなくなってしまうだろう。

 だが、今は接近戦を演じようと思っている訳ではない。


 であれば、自身の目的を遂行するために最も厄介な障壁はこの炎弾だった。

 指先から放たれる炎の弾はシロの水弾に極めて似ており、小さいのだが連射が可能で貫通力がある。

 恐らく身体など簡単に貫いてしまうだろう。


 さっきまで何度が近づけていたのはシロが気を引いてくれていたのが大きい。

 エヴィエスだけに集中している時にこの無数の弾幕を潜り抜けられるのだろうか。


 しかし、やり抜かねばならない。

 どんなに困難であろうがこの弾幕を掻い潜るのは最低条件だ。


 エヴィエスは目を見開きながら眼前に迫り来る炎弾を突剣で弾き、更に突き進むスピードを上げる。


 だが少し先の未来が見えていても身体能力には限界がある。

 無数の弾幕を全て弾き落とす事など不可能なのだ。


「ぐぅ……!」


 捌ききれなかった1発の炎弾がエヴィエスの左肩を貫く。

 焼けるような激痛がエヴィエスを襲うが、それで足を止める事はない。


 あと少し……あと少しなんだ……


 愚直に突進するエヴィエスにただならぬ雰囲気を感じ取ったイフリートは更に弾幕を厚くする。


 その無数の弾幕はとてもエヴィエスの力では躱しきることはできない。

 無数の弾幕の軌跡が指し示す未来はいずれも自身の身体を貫いていた。


 その時、エヴィエスは自身の死を確信した。


 無理なのか……やっぱり俺は誰も守れないのか……

 力が足りていない。

 努力が足りていない。

 想いが足りていない。


 何もかもが足りていない。


 俺は……無力だ。


(エヴィ様ぁぁぁぁ!!!)


 諦めのの気持ちが支配下する一瞬の刹那で聞こえたのは、愛する人の叫びだった。


 そうだよな。ナイ……


 お前を……シロ達を……こんな所で死なせる訳にはいかないよな。


 俺が……俺が守るんだ!!!


 大切な者を守りたい。

 それはエヴィエスにとって最も深く心に刻まれている信念。

 その信念だけが満身創痍の身体を突き動かす。


 そしてエヴィエスの愚直なまでに真っ直ぐな想いが、集中力を極限まで高める。

 それは才能に恵まれた人間が長い年月を掛けてやっと辿り着くとこが出来る境地だろう。


 達人の域に達した集中力がナイとの同調を経て更に研ぎ澄まされた瞬間、エヴィエスは自身の視界に違和感を覚える。


「な!?なんだ……」


 自身の視界が捉えているもの全てが止まっているかのようにゆっくり動いていた。


 降り注ぐ雨の雫の一粒ですら認識できる程に。


 眼前に迫り来る無数の炎弾も今や止まっているかのように遅い。


 その炎弾を突剣で弾く事など造作もない。


 エヴィエスは素早く炎弾を弾き、自身が通る道を作るとそのまま真っ直ぐにイフリートに接近した。


 なぜこんなことが出来るのか自分にも分からない。


 だがエヴィエスにはひとつだけ分かっていることがあった。


「やっぱりお前は凄いよ……ナイ」


 そう一言呟くとエヴィエスはナイに全てを託した。


 ◆◆◆◆◆◆


 エヴィエスの人器である絶対障壁は消耗が極めて大きい。

 ナイはここで全ての力を出し尽くすと決めていた。


「ウォール!!!」


 エヴィエスと交代したナイはすぐさまイフリートの眼前に両手を突き出し障壁を展開する。

 エヴィエスの人器は防御を司る人器であるが、決まった形状を持たない極めて珍しい人器である。

 盾という形状を用いていたのはナイにとって守るという行為が盾以外のイメージと直結しなかったからだ。


 しかしミズラフに訪れた時、街全体を覆うウォールと呼ばれる障壁を見てナイは衝撃を覚えた。

 盾という手段以外にこのような守り方があるのかと。


 だが、前面にのみ力を集中する盾よりも対象を覆うウォールは極めて難しく、何度練習しても上手くいかなかった。


 少しずつ光り輝く障壁がイフリートの周囲を覆っていく。

 イフリートも異変を察知したのだろう。

 このまま閉じ込められるてはまずいと自らを燃やす炎を更に燃え上がらせ、ナイに向かって拳を見舞う。


 その拳はナイとの間に展開されたウォールによって阻まれるがドンっという音と共に衝撃がナイを襲う。


「ぐぅぅ……」


 苦痛で彼女の表情が歪む。

 誰もいない練習ですら成功しなかった。


 それなのにこんな暴れる相手を閉じ込められる筈ないのだ。


(ナイ!!!頑張れ!!!)


 エヴィエスの声が脳裏に響く。


 流れ込んでくるエヴィエスの想いはナイが失敗することなど微塵も考えていない。


 ナイなら出来る。


 そう確信していたのだ。


 どうして私のことを信じてくれるの?

 どうして私のことを大切だって言ってくれるの?


 そんな疑念が過ぎるが直ぐにナイは首を振る。


 エヴィ様は私を足手纏いなんかじゃないって言ってくれた!

 私の存在がエヴィ様の力になってるって言ってくれた!


 こんな役立たずな私なのに……今はエヴィ様の想いに答えたい。


 信じるのだ。


 自分は出来る人間だと。


 何にも出来ない馬鹿で役立たずな自分を愛していると言ってくれたエヴィエスのため。

 こんな自分を仲間だと言ってくれたアリスやリリスに応えるため。


 その想いがナイに力を与える。


「あぁぁぁぁぁ!!!!」


 ナイは身体の奥から力の限り叫びながらウォールを完成させることに成功した。


 瞳からは涙が溢れ、涙と雨に塗れた顔はぐしゃぐしゃになっている。


 どんなみっともなくても、どんなに無様でもいい。


 大切な人の想いに応えられたのだから。


「シロ君!!!」


 ナイはウォールを維持するのに全力を注ぎながらシロが潜む建物へ視線を向けた。

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