76話「業火の中で7」
「カリン!!カリン!!」
ヴァルツは必死にカリンを抱きかかえ呼びかける。
しかし彼女はそれに反応することはない。
彼女の少女のように幼い顔は傷に塗れ、力なく垂れた手は見るも無残な姿になっていた。
「……すまない」
ヴァルツの瞳から流れた涙が彼女の頬を濡らす。
実はカリンの人器は並の人間以下の力しか持っていない。
同調が可能になった場合、人器の性能がその行使者の強さを左右するのは周知の事実である。
そういう意味ではカリンの人器を行使したヴァルツは同調が可能な人器使いの中で最弱と言わざるを得なかった。
だからこそ、常にカリンは行使する側。
そしてヴァルツは行使される側と役割分担を明確にしていたのだ。
大切な女性を矢面に立たせることにジレンマを感じつつも彼女が望むならと自らに言い聞かせていた。
だが、その結果がこれだ。
彼女は命を削ってまで現実に抗った。
震えるほどの恐怖に立ち向かった。
そして彼女は守りたかった。
友との絆を。
しかし、無駄とも思えた彼女の最期の抵抗が希望をもたらすことになる。
絆は……そして想いは受け継がれるのだ。
◆◆◆◆◆◆
「!?」
無慈悲にルガートが振り下ろした拳は、容易にリディスの身体を貫き息の根を止めるはずだった。
しかし、その拳は空を切りリディスもローレンも目の前から消えていた。
「へぇ……次はお前が相手してくれるのか?」
ルガートは僅かな動揺すら見せず、嬉々とした笑みを浮かべながら眼前の長い黒髪を靡かせる女性に視線を送る。
そこにはラウドに並ぶこの街の最高戦力であるウタの姿があった。
「ウタ!?」
「ごめん遅くなって。ローレンもカリンも……よく頑張ったわね」
悲しげな表情を浮かべたウタは意識がない2人を交互に見つめる。
「ははは!!いいねぇ……お前もなかなか雰囲気あるじゃねぇか!!名は?」
「……生憎、獣に名乗る名はないわ」
彼女は胸の底から湧き上がる怒りを抑えるように静かに答える。
「なんだ。連れねぇなぁ……だがお前みたいな奴が顔を歪めるのが最高にたまらねぇんだ!!!」
「やっぱ獣ね……ロンド!」
ウタは手にしていた細身の剣の人器を地面に突き刺す。
すると、彼女が使用していた人器から冴えない男が現れる。
「ヒィィィィィイ!!!」
ウタに捕まりここまで連れてこられた冴えない男。ロンドは腰を抜かしていた。
それもそのはずロンドはまともに魔物と戦ったことすらない一般人なのだ。
それが魔物を統べるテラーといきなり対峙し平静を保てるはずがなかった。
「ロンド……ありがとう。貴方はここまででいいわ」
「いいいいえ!!ウウウウタさん……私もたたたかいます!!」
ロンドは心底震える気持ちを抑えながらウタに答える。
彼は決めていた。
自分を変えるきっかけをくれた女神に恥じない自分になると。
「……いいえ。気持ちはありがたいけど、貴方の人器じゃ間違いなくあいつに砕かれる。死ぬと分かってる人間を戦わせることは出来ない」
ウタは震えるロンドに優しげな視線を向けながら続ける。
「だから、貴方にはローレンを連れて逃げて欲しいの。今ならまだ助かるかもしれない。ヴァルツ!!貴方もカリンを連れて逃げなさい」
「わわわわかりました!!!」
ロンドは震える足を何度も叩くと力なく倒れたローレンを背中に抱える。
ヴァルツもウタの言葉に頷くとカリンを抱きかかえた。
「ははっ!!じゃあお前は誰と一緒に戦うんだ!?人間は心を通わせた人間としか戦えないんだろ?絆ってやつが力になるってそこの姉ちゃんが言ってたぜ!!」
ルガートはその様子を見て愉快そうに笑う。
「絆ね……私もそんなもの信じてなかったわ。でも、今なら少しだけ理解できる。私と一緒に戦うのはその彼女よ」
シロとの出会いが。
仲間との日々を思い出すと心が温かくなる。
もしこれが絆というものなら、それを守るために戦うのも悪くはない。
「ウタ……」
「最初から決めていたわ。この場所で貴方だけ心が折れていなかったもの」
穏やかな表情でウタはリディスに手を差し出す。
「……貴方。変わったわね」
「そう?私は今までもこれからも最高の女だけどね!」
「そういう所は変わらないわね」
リディスはふっと笑うと彼女の手を握った。
そしてウタの手に短剣が現れる。
「……ウタさん気をつけて」
「ええ、ロンドも気をつけて。もしまた会えたらお礼するわね」
「……いえ、今度は自分の力で自分を変えて見せます」
「分かったわ」
心の底から震える存在を知った。
そしてそれに立ち向かう人達がいる。
それに比べて自分はどれだけ小さいのだろう。
ロンドの瞳には決意の光が宿る。
そこにはもう冴えない男はどこにもいなかった。
「……ウタ。頼む」
「ええ。カリンがここまでボロボロになるまで戦った。だから私が間に合った。彼女の戦いは無駄じゃなかった。そう伝えて」
「ああ……」
瞳が涙で溢れる。
カリンの戦いは無駄ではなかったのだ。
その言葉はヴァルツが最も欲しかった言葉だった。
しかし、その言葉は彼女に伝えなければ意味がない。
絶対に、絶対に2人を助けなければならない。
ヴァルツは溢れる涙をぐっと堪え、新たな決意を胸に宿した。
そして、それぞれの想いを抱えた2人はローレンとカリンを抱えて街の方へ走り去っていった。
「さぁ、始めましょうか。待たせて悪かったわね」
2人が走り去ったのを見届けるとウタはルガートに向き直る。
「ああ。ここまで待ってやったんだ楽しませてくれるんだよな?」
「ええ。約束するわ。だけど楽しむのは私……」
ウタ短剣から迸る炎を刃ではなく鞭のようにしならせ地面を叩くとパチン!っという破裂音が響く。
「これからは調教の時間よ」
ウタはルガートに向かって不敵な笑みを浮かべるのだった。




