69話「激動の時代へのプロローグ」
時は少しだけ遡り、ミズラフの上空に闇が現れたのと同時刻。
人間の首都であるケントルムの東の草原に佇む1人の男がいた。
その男はかつて魔物達から人類を救い、救済の光によって人々に人器化という戦う術を与えた救世主の1人、アルクである。
「時間か……」
そう呟いたアルクは眼前にあるケントルムの城壁を見つめながら右手を天に掲げる。
するとパキィンッと空間が割れ、割れ目から一振りの大剣が現れた。
血の色にも似た真紅の刀身に漆黒が絡みついた禍々しい大剣を両手で握ると、アルクは上段に構える。
草原を流れる風は草花を揺らしながら心地よい音を奏でる。
アルクはその風の音に耳を傾けながら静かに目を閉じた。
「断罪の業火」
そう静かに呟いた途端、禍々しい大剣から凄まじい勢いで業火が立ち上る。
触れるもの全てを焼き尽くすであろう赤熱の炎は勢いを増し、ついには天に届くほどの火柱に成長した。
その業火はアルク自身も覆い、周囲の草原を焼き払う。
炎の柱が天に届いたのは僅かな時間であり、その火柱を目撃した者は少ない。
後に、炎の柱を偶然目撃した人々は口を揃えてこう語る。
救済の光に似ていたと……
人々に人器化という戦いの術をもたらした救済の光は、女神ティーレがもたらした奇跡とも言われている。
アルクが呼び出した断罪の業火も人々にそう言われるとほど、神々しく神の存在を感じさせるものだったのだ。
しかし、彼は人々に施しを与えるつもりなど毛頭ない。
全身に業火を見に纏い上段の構えから微動だにしなかったアルクはゆっくり目を開ける。
この業火は愚かで、浅ましく、罪深い愚かな人間全てを焼き尽くすものなのだ。
憤怒の形相が刻まれた表情のアルクは、自らの怒りを叩きつけるかのように大剣を振るった。
◆◆◆◆◆◆
その瞬間、全てを焼き尽くす業火が街を襲った。
地響きにも似た轟音を響かせながら街を、そして何の罪もない人々を焼き尽くしていく。
街を襲った炎の柱は東の城壁を壊し、東の住宅地帯を抜け西の農村地帯に届くほど規模であった。
そして、業火に触れた人間は瞬く間に焼失していた。
至る所で悲鳴が響く。
その悲鳴は街の全土に轟いていた。
もうそこには穏やかで平和な時間が流れるケントルムの街はどこにもない。
人々は心の底から震えるほどの混乱の中に叩き落とされていた。
しかし、本当の恐怖は、絶望はこれから始まる。
人々と魔物を率いるテラーとの戦いの時代が幕を開けたのだった。




