67話「穏やかな日々2」
アリスとのデートを過ごした翌朝。
シロは昨日のアリスとの出来事が忘れられず、ベットの中で悶々としているうちに朝が訪れていた。
結局一睡も出来なかった。
恋という感情を知らないシロにとって初めて感じだ胸の高鳴り。
それをどう自分の中で消化すれば良いのか分からなかったのだ。
だが、今日はウタとの約束がある。
シロは重い体を引きずりながら手早く身支度を整えると家のロビーに降りた。
「ダーリン!!」
階段から降りるシロの姿に気付いたウタはパァっと明るい笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。
彼女はいつもと同じ黒い服を着ていたのだが、それが一層色白で創作物のように整った顔立ちを際立たせ、魅力的な印象を与えていた。
「ウタ。おはよう」
「ええ、おはよう……ってどうしたのそのクマ!?」
「これは……昨日寝れなくてさ」
シロは目蓋の下を摩る。
決してアリスとのキスが忘れられなかったとは言えない。
「ははん….…さては私とのデートが楽しみすぎて寝れなかったんでしょ?」
「まあ……そんなとこ……かな」
嬉しそうに微笑むウタにシロははぐらかすような苦笑いを浮かべた。
「気持ちは分かるけど、大切な日の前ほどちゃんと眠らないと駄目だからね」
ウタはやや前屈みになりながらシロの顔の前に人差し指を立てる。
「ごめん……次からは気をつけるよ」
「じゃあ、行きましょうか!!私行きたいとこがあるのよね!」
「うん!」
シロはウタと共に街を出るのだった。
◆◆◆◆◆◆
シロはウタに連れられ、街の中央から南東に位置する場所に来ていた。
東の住居地区でも南と西に広がる農村地区でもないその場所はまだ手付かずの森が残っている。
その森の奥へと進むと程なく開けた場所に出た。
「壁の中なのにこんな場所があるんだ」
「ええ、ここは私のお気に入りの場所」
「よく来るの?」
「たまにね」
ウタが案内されたその広場は、緑色の草のキャンパスに色鮮やかな花々が美しく咲き誇る花畑だった。
一眼で見渡せる程度の広さなのだが、森にポッカリと空いた隙間のような空間に降り注ぐ光がより幻想的な雰囲気を感じさせる。
ウタはその花畑の中央に一本だけ生えた木の木陰に座ると何やら持って来た荷物をゴソゴソと弄り始めた。
「はい。お弁当。朝ご飯まだだよね?一緒に食べよ?」
「あっありがとう!!」
「どういたしまして」
ウタは柔らかな笑みを浮かべるとシロにサンドイッチを手渡した。
「美味しい!」
久しぶりのウタの料理だ。
昨日アリスと食べた店の料理も十分美味しかったのだが、ウタの作ってくれる料理はなんだかホッとする。
シロはすぐにもらったサンドイッチを平らげてしまった。
「そんなに焦らなくてもおかわりはあるから沢山食べてね」
そう言うとウタはもう一つサンドイッチを取り出してシロに渡す。
「ありがとう!」
シロは再びサンドイッチを頬張るのだった。
「静かね……」
「うん」
一頻り食事を終えるとウタがポツリと呟く。
暖かい日差しと穏やかな風が心地よい。
こんな穏やかな気持ちになるのはいつぶりだろう。
シロは満腹になったのにくわえ、一睡もしていないのが重なり急激に目蓋が重くなっていた。
眠気を悟られないように目に力を入れながらパチパチと瞬きを繰り返す。
「!?」
すると目を開けた瞬間、触れるほど近くまで顔を近づかせていたウタに驚いたシロは思わず後ずさる。
彼女の大きな漆黒の瞳はまるで全てを見透かしているかのようにシロを真っ直ぐに見つめている。
「ふふっ……さては眠くなって来たんでしょ?」
「……でもせっかくのデートなんだ。絶対に眠るなんてしないよ」
シロは目向けを振り払うように強く目を擦る。
「いいのよ。今日はここでゆっくりしようと思ったんだしね。はい!」
ウタは座ったまま足を真っ直ぐ伸ばすと、太腿もあたりをパンパンと叩いてシロを見つめる。
「……え?」
「え?じゃないわよ。膝枕よ膝枕。こういう時は膝枕をするって相場が決まってるの」
「ええ!?でも……」
膝枕なんて経験のないシロはしどろもどろな返事をする。
「何?私の膝枕が嫌って言うの?」
ウタは不機嫌そうな表情でシロを見つめる。
「いやっ、嫌な訳ないよ!」
「じゃあ、はい!」
ウタは再び自分の太腿もパンパンと叩く。
「……えっと……じゃあ失礼します」
そう言ったシロは恐る恐る、ウタの太腿に頭を乗せた。
後頭部にはウタの柔らかな太腿の感触、そして目の前には青みがかった黒い髪越しに彼女の整った顔が覗き、頭上から降り注ぐ光のせいか後光が差しているように見える。
(綺麗だな……)
その表情は慈愛に満ち、まるで女神と見紛うほど美しい。
「……こうやって何もしないで穏やか時間を過ごす……そんな1日があってもいいと思うのよね」
ウタは静かにシロの髪を撫でながら優しく語りかける。
「あのね。ダーリン……寝ちゃうまででいいから。ダーリンのこと聞かせてもらえないかな?」
「……うん。でも僕もウタのこと知りたいな」
「そうね。でも今日はダーリンの番。次にまたここに来た時は私の事を話すわね」
「……わかった。約束だよ」
髪を撫でる彼女の手はとても暖かく、シロは意識が遠退くのを感じていた。
「ミズラフはどうだった?」
「……辛い場所だったよ。今こうしているのが不思議なくらいに」
「これからはどうするの?またミズラフ戻る?」
「……分からない。最近どうしたらいいか分からなくなってきたんだ……」
それはシロの本音だった。
人々の平和を支えるというラウドやミズラフの人器使いの志は尊敬している。
しかし自分は成り行きでミズラフに行くことになっただけなのだ。
人々を守ると言う覚悟がないシロが彼らと共に肩を並べて戦うことに違和感を感じていた。
このままミズラフに戻って戦うことは自分の意思なのか?
自分はただ流されているだけじゃないのかと……
「生まれてきた意味……を探すために旅に出る?」
「……それも分からない」
シロが旅に出た理由は、人器を持たない出来損ないの自分が生まれてきた意味を見つけ、何者でもない何者かになるためだ。
しかし、何も持っていなかったシロにとってこれまでの日々は出会いの連続だった。
カーミラのように手を差し伸べてくれる人がいた。
ルウムやケンプ、ラウドのように戦う術を教えてくれる人がいた。
エヴィエスやナイ、ルフのように友と言ってくれる人がいた。
そして、アリスやリリス、ウタのように一緒に居たいと言ってくれる人がいたのだ。
もう自分は多くの繋がりを得た。
ひとりぼっち山小屋で暮らしていた自分とは違う。
「もし……さ。人との絆や繋がりがその人を形作るなら、僕はもう答えを見つけてるんじゃないかな?」
それを気付かせてくれた少女。ルフの柔らかな笑顔が脳裏を過ぎる。
「そっか……それはダーリンにしかわからない……多分、ダーリンが納得したモノが答えなんだと思うから」
ウタは優しくシロの額に手を当てる。
「でも、このままみんなでゆっくり毎日を過ごす。そんな生活も悪くないわよね」
「うん….…」
ケントルムで皆と暮らした約2ヶ月の日々。
それはシロにとって賑やかで穏やかな掛け替えのないない日々だった。
こんな日々がずっと続けばいい。
しかし、そう願えば願うほどその生活を脅かす魔物と誰かが戦わなければならない。
シロの願いは誰かの血や涙と引き換えなのだ。
「まあ、時間はまだまだ沢山あるんだし、ゆっくり考えればいいと思うわ」
「……そうだね」
「じゃあ話は変わるけど、前に暮らしていた山小屋ってどんなところだったの?」
「あそこは……」
その後、シロとウタは沢山会話をした。
山小屋での生活や旅に出てからの出来事のことを。
旅に出てから初めて心休まる時間を過ごしたシロはいつの間にか眠りに落ちていた。
「ふふっ……寝ちゃった……」
静かに寝息を立てるシロの髪を優しく撫でながらウタは穏やかに微笑む。
「どんなことがあっても私はダーリンの味方よ」
そう呟くとウタはゆっくり身を屈め、静かに唇を重ねた。
それが、シロにとって最期の本当の意味で心休まる時間だったのかもしれない。




