65話「テラー」
東の果て。
そこは草木すら命を育むことが困難な不毛の地。
常に厚い雷雲が空一面を覆い、陽の光も弱く薄暗い。人が暮らしていくにはあまりにも過酷な環境である。
かつて東の果てを目指し旅立った、後に救世主と呼ばれるアルク、セレナ、レイン、シオンの4人は長旅の末、とある切り立った崖の上に造られた荘厳な城に辿り着ついた。
「すげー城だな……」
「ええ……」
城を見上げながら呟くアルクにセレナが小さく頷く。
その城はまだ神々が地上で暮らしていた時代に神の児戯によって造られた代物であり、数千年もの間、朽ちることなく神の威光を放ち続けている。
「……本当に大丈夫かな?私達……」
「大丈夫だ!俺達なら止められる。それに、俺がいるんだ。みんな絶対に死なせやしない!」
不安げな表情を見せるセレナをアルクが明るく励ます。
「アルク……」
「セレナ……イタッ!!」
「何いちゃついてんのよ……俺じゃなくて、みんなでしょ」
呆れた表情のレインがアルクの後ろから彼の頭を叩いたのだ。
「もちろんだ!俺達……全員で帰ろう!」
「うん!」
アルクの力強い言葉に不安が和らいだセレナは深く頷いた。
「……魔物の姿が見えない。行くなら今だ」
3人の輪から離れ、城を偵察していたシオンが声を掛ける。
「おし!行こうぜ!」
「うん、絶対みんなで帰ろうね!」
「当然!シオン遅れるなよ!」
「……誰に言ってるんだ?お前こそ遅れるなよ」
アルクの掛け声と共に4人は城に向かって駆け出すのだった。
その後ーー
皆で帰るという4人の少年少女の願いが叶うことはなかった。
城で何があったのか?
彼等は何を見たのか?
そして、救済の光とは何なのか?
それは彼等しか知る由もないのだ。
◆◆◆◆◆◆
そして現在、今なお変わらず荘厳な姿を保ち続ける城の廊下をローブを纏った人物が廊下を歩いていた。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、左右の壁には見渡す限り煌びやかな装飾が施されている。
その造形の美しさやきめ細やかさはどれ一つ今の人間では作り上げることは出来ないだろう。まさに神だからなしえた奇跡だ。
しかし、ローブの人物はそんな美しい装飾に一切目を向けることなく、迷わず廊下の奥にある部屋に入った。
中に入ると吹き抜けの空間の中央に円形のテーブルとそれ囲うように七脚の椅子が等間隔に置かれている。
空いている椅子は二脚。
既に五脚は先客が腰掛けている。
そのうち2人はミズラフで人器使いの戦いを共に見たジールとルガートだ。
そして、他の3人もローブの人物はよく知っていた。
ルガートの隣にはジェロ。
彼女の全身には自らが傷つけた無数の傷が刻まれており、包帯で身体をグルグル巻きにしている。
しかし、雑に包帯を巻いているのだろう。所々包帯がほつれてしまっている。
ジェロの向かいにはグラド。
人間の血で染めたかのような真っ赤なローブを纏っている。
時折、身体の一部が不自然にボコボコと盛り上がるが誰もその様子を気にも留めない。
そして、ジールの隣に座るのはツィヒト。
子供のように幼い見た目の彼はテーブルに突っ伏して眠っている。
今この場には人間からテラーと呼ばれる存在が一堂に解していた。
「よう。遅かったじゃねえか」
ルガートはローブの人物に声を掛ける。
「……」
ローブの人物はその言葉に答えることなく静かに空いている椅子に腰掛けた。
「んだよ。つれねぇな」
ルガートはニィッと笑みを浮かべるとドカッとテーブルの上に足を掛けた。
「んで……俺たちを呼んだ誰かさんはまだ来ないのかね?」
ルガートは背もたれに深く寄りかかりながら両手を頭の後ろに組んで周囲を見渡す。
すると部屋の吹き抜けの上部から、カツカツと音を立てながら1人の人物が階段を降りてくる。
燃えるような赤い髪に眉間には無数の皺が深く刻まれた憤怒の相を浮かべる男。
その男はかつて救世主と呼ばれた少年少女の1人、アルクである。
アルクは静かに開いている最後の椅子に腰掛けた。
「んで、俺達を呼んで何の用だ?アルク……お前だろ?魔物共を人間にけしかけてたのは?」
アルクが座るや否やルガートが口火を開く。
「……そうだ」
「何であんな面倒な事してんだ?」
「それをお前に答える必要はない」
「んだと!?」
ルガートはテーブルに足を乗せたまま踵で強くテーブルを叩き、爆発音のような強烈な音が部屋に響くが、誰もその音に動じる素振りを見せない。
「お前達は黙って俺の指示に従えばいい」
「はぁ?何で俺がお前の指示に従わなきゃなんねーんだ。俺は誰の指示にも従うつもりはねえ」
「……私も人間を弄るのは楽しいけどアンタの命令で動くのは嫌」
ルガートの意見にジェロも同意する。
「……お前達は何のために存在している?」
「はぁ?んなこと、俺達が好きに生きるために決まってるじゃねぇか」
「俺がお前達の欲を満たしてやる」
「……へぇ、それは面白そうじゃねぇか」
グラドは頭の後ろで手を組んだままニィッと口角を上げる。
「じゃあさじゃあさ、強い人間達を好きなだけ連れて帰って私の好きにしてもいいの?」
「…….ああ、好きにしろ」
「やった!!じゃあアルクの指示に従ってあげる!ああ……楽しみだなぁ……ふふっふふふふふふふふ」
包帯から覗くジェロの笑顔は悪意と無邪気さで満ちている。
「グラド、お前も好きなだけ殺していいぞ」
「……分かった」
グラドはそう呟くと小さく頷いた。
「んだよ。欲望に忠実な奴らだな……」
「アルク。貴方が私を満足させる物語を見せられるのですか?」
ルガートが呆れた表情で頭をガリガリ掻いているとジールがアルクに問いかける。
「ああ、俺に付いてくれば最高の物語を見せてやる」
ジールを見つめるアルクの表情に一切の迷いはない。
「……あはっあははははは!!!面白い!!分かりました。今だけは従いましょう」
狂気に満ちた笑い声が部屋に響くとジールもまた指示を表明した。
「ルガート。俺がお前の欲を満たしてやる」
「……いいぜ。楽しい祭になりそうじゃねぇか」
これでジェロ、グラド、ジール、ルガートの4人のテラーがアルクに従うと表明した。
まだアルクへの指示を表明していないのは、ローブの人物と眠っているツィヒトの2人だけだ。
「んで、お前はどうするんだ?」
ルガートがローブの人物に視線を向ける。
「お前も俺に付いて来い。ルフ……」
ローブの影に真紅の瞳が浮かぶ。
「……私は行かない」
「はぁ?お前人間共と暮らして情でも沸いたってのか?」
「そんなんじゃない。だけど、共存できる可能性はある……そう思うんだ」
「それはないよ。私達と人間は相容れない。最初から分かり切ってるじゃん」
共存など興味ないかのようにジェロが切り捨てる。
「もし人間と共存できる世界があるとすれば、それは俺達が消えた後の世界だ。お前は手を貸す必要はない。だが、邪魔はするな」
アルクは迸る殺気を隠そうともせずルフに放つ。
邪魔をしたら消す。
言葉を発さずとも明らかにアルクはそう言っていた。
「ツィヒトには最初から期待していない。これだけ居れば十分だ……人間共に知らせてやるぞ。本物の恐怖を」
アルクはゆっくり立ち上がりと部屋から出て行く。
その後ろについて行くように、ジェロ、グラド、ジール、ルガートが続く。
「お前……つまんなくなったな」
ルフの横を通ったルガートが彼女に聞こえるように呟くと部屋から出て行った。
ルガートが出て行くと扉が閉まり、部屋は静寂に包まれる。
僅かにツィヒトの寝息だけが規則正しいリズムを刻む。
残されたルフは座ったまま天を仰いでいた。
被っていたローブが取れ、彼女の美しい横顔が蝋燭の光に照らされる。
「あーあ……次にあった時、もう友達って言ってくれないだろうなぁ」
ルフは寂しげに呟くが、それに応える者は誰もいない。
これから戦乱の時代が始まる。
平和な時代は終わりを告げようとしていた。




