63話「アリス4」
ケントルム城壁内の南。
アリスは街をあてもなく歩き回った末、農園地帯の土手に力なく座り込んだ。
先に部屋に戻ろうと考えてギルドを出たアリスであったが、リリスと同部屋であることに気づき、彼女と顔を合わせたくない一心から街を歩き回っていた。
目の前には色とりどりの野菜が身を結び、吹き抜ける風がざあざあと音を立てる。
この景色だけ見ているとウェステと何ら変わりないように思える。
あの時、遠距離からの攻撃に気が付けなかったのは明らかに自分が悪い。
あんなことが起きるなんて思ってもみなかったのだ。
自分の不注意でシロが死んでいたかもしれない。
もし、シロが死んでしまったら自分は生きていけない。
そう素直に思えるほどアリスにとってシロはかけがえない無い存在になっていた。
(でも、だからって……だからって…)
生まれて初めてリリスが自分に向けた怒りの形相。
あの目を思い出す度にアリスの瞳には涙が浮かんでくる。
リリスが怒るのは痛いほど分かる。
アリスがシロを大切にしているのと同じようにリリスもシロが大切なのだから。
「……だからって、ぶつことないじゃない」
そう小さく呟いたアリスは膝を抱き抱え、丸まるように顔を伏せた。
彼女の瞳から流れた涙が地面を濡らしていた。
◆◆◆◆◆◆
同時刻。
久しぶりに自分の部屋に戻ってきたシロはベットに腰掛けじいさんが残した本を見返していた。
シロの生きる指針でもあるこの本は何度も何度も擦り切れるほど読み返してきた。
これを読む度にじいさんとの繋がりを感じるのだが、本を眺めていてふと疑問に思ったことがあった。
「決してこの本を他人に見せてはならない」
それはこの本が残されていた時に書かれてたメモだ。
シロはその言いつけを守り、今でも本の中身をを誰にも見せていない。
なぜ見せてはいけないんだろう。
別に他人に見せてはならない内容が書かれているとは思えない。
そう思いながら手に持った本を眺めていると、ノックの音が響きシロは本をベットに置き扉に向かう。
「リリス、どうしたの?」
部屋を開けると神妙な顔をしたリリスが立っていた。
「シロさん……お姉ちゃんが戻ってこないんです」
「え?でも先に戻るって言ってたよね?」
「はい……でも、あれから戻ってきた様子がないんです」
シロはその場から振り返ると自分の部屋の奥の窓から外を確認する。
窓から差し込む光は弱く、間もなく夜になるだろう。
「私……私……お姉ちゃんに怒ったりしたから……」
リリスの大きな瞳から涙が溢れ出る。
自分が感情的になってしまった所為だと責任を感じてしまっているのだろう。
「いや、リリスの所為じゃないよ」
涙を拭うリリスの両肩にシロは優しく手を置き優しく声を掛けた。
「うっ……うっ……でも……お姉ちゃんがこのまま戻ってかなかったら……私……」
「大丈夫。そんなことにはならないよ。ちょっとこれから探してくるよ。リリスはここで待っててもらっていい?」
「……私も行きます」
「いや、入れ違いで戻ってくることもあるかもしれないから、リリスは待ってて」
「でも……」
「大丈夫。大丈夫だから」
「……分かりました」
涙を拭うリリスに優しく言うとシロは急いでアリスを探しに向かった。
しかし、その言葉とは裏腹にシロは焦っていた。
あれは自身の不注意が招いた危機なのだ。
アリスとリリスが責任を感じる必要はない。
そう自分の中で結論づけていたのだ。
少し喧嘩してまったが、また明日になれば元通りだと。
しかし、それは自分の願望でありシロの考えは甘いと言わざるを得なかった。
「クソッ!」
自分の鈍感さに嫌気が差す。
シロは心の中に渦巻く鈍感な自分への怒りを押し殺しながら街へ駆け出した。
◆◆◆◆◆◆
あれからどのくらいここに座っているだろう。
もうあたりはすっかり陽が落ち、月明かりがアリスを照らす。
みんな心配してる。帰らないと。
そう思ってはいるのだが、身体が動かない。
どんな顔をして会えばいいか分からないし、そして何より、リリスと顔を合わせるのが怖かった。
アリスはふと廃墟の砦での事を思い返す。
あの時はただ泣きづける私をシロが抱きしめてくれた。
あの時の熱は今でも覚えている。
普通なら死を覚悟する絶望的な場面で、シロは絶対生きて帰る。必ずリリスに会えると励ましてくれた。
あの力強い言葉が、心の弱い自分を受け入れる勇気を与えてくれた。
あの時から私はシロを好きになったのだ。
そう考えると今は不思議だ。
あれだけ会いたかったリリスに今は会いたくないのだから。
すると、誰かが自分に近づいてくる気配を感じる。
あの時と同じようにシロが私を迎えに来てくれたのかもしれない。
「シロ!!」
そう思ったアリスは背後の気配に向かって勢いよく振り返った。
しかし、それは彼女が望んでいたものとは違った。
「ざぁんねん。ダーリンは来ないわ」
そこに立っていたのはウタだった。
不適な笑みを浮かべる彼女の美しい黒髪を月明かりが静かに照らしていた。




