62話「アリス3」
「あー、もう……ダーリン遅いわね」
首都ケントルムのギルド本部内。
ラウドの執務室でウタはシロの帰りを今か今かと待ちわびていた。
落ち着かない彼女は先ほどから執務室をウロウロと歩き回っている。
「そんなに気になるならお前も行けば良かっただろう」
机に向かい書類に目を通していたラウドが煩わしそうに声を掛ける。
「嫌よ!そんなことしたらダーリンが成長出来ないじゃない!そんなの妻の仕事じゃないわ!」
「妻って……お前なぁ。シロ君はまだお前を妻って認めたわけじゃないだろう?」
「まぁね。でも必ず認めさせるわ。だって私は最強で最高の女なんだから!」
ウタは白い歯を見せながらハハハッと笑う。
「だが、シロ君にはアリス君やリリス君も居る。あの2人もなかなかだぞ」
「そうねぇ……まぁあの2人も頑張ってるとは思うわ。まあ、最後に勝つのは私だけどね!!!」
すると執務室の扉をノックする音が響く。
「入れ」
「ウタ。シロ君達戻ってきたわよ」
それはシロの帰還を知らせにきたカーミラだった。
「本当!?」
「ちょっ!!」
ぱあっと表情が明るくなったウタは入口に立つカーミラを押し除け一目散に執務室から出て行った。
「……もう。そんなに急がなくたっていいじゃない」
「ふふっ、まあいいじゃないか」
ラウドがウタと初めて出会った時、彼女は手がつけられないほど荒んでいた。
それがここまで無邪気な笑みを見せられるようになるのだ。
出会いは人を変える力がある。
(それが俺達の守りたかったものだよな……なぁ、マーレ)
ラウドは再び書類に視線を移した。
◆◆◆◆◆◆
「ダーリン!!」
「わわっ!ウタ!?」
ウタは1階のロビーに戻ってきていたシロを見つけるやいなやシロの胸に飛び込んだ。
名の知れた存在であるウタが人目も憚らず男の胸に飛び込んだのだ。周囲の人器使い達が騒つくがウタには全く気にならなかった。
「会いたかった」
「……うん。心配してくれてありがとう」
やや素っ気ない返事をしたシロはウタの頭にポンと手を置く。
「大丈夫だった?」
「……うん」
「先……行ってるわね」
何やら思い詰めた表情のアリスはウタに見向きもせずに1人でギルドから出て行った。
「いやー、本当にシロ君のことが好きなんだな」
胸に顔を埋めるウタをローレンが興味津々で覗き込む。
「はぁ?何んであんたが戻ってきてんのよ?」
「いやー、シロ君とエヴィ君。凄い優秀だからこれからも一緒に戦おうと思ってさ。休暇だよ休暇」
「でも本当にシロ君凄いのよ。後ろから私達の指揮もしてくれて、彼が居ると安定感が全然違うのよ」
「うんうん、凄いよね。ヴァルツ」
「ああ」
リディスの意見にカリンとヴァルツも同意した。
「そんなの当然でしょう。だってこの私が認めたダーリンなんだから!」
ウタは自分が褒められた以上に気分が良かった。
「それでさ……お願いがあるんだけど、ローレンさん達も僕らの家に泊めてあげられないかな?」
「……まあいいわ。ダーリンの頼みなら……ね。各自好きな部屋を使ってもらって構わないわ」
「ほんと!?ありがとう!ウタ!」
満面の笑みを浮かべたリディスはシロごとウタを抱きしめた。
「ちょっと!?ダーリンから離れなさいよ!!」
「ああっごめんごめん」
「じゃあ、ダーリンとリリスはリディス達に部屋を案内してあげて。私はちょっと寄り道してから帰るわ」
「うん、分かったよ。じゃあリリス行こう」
「……はい」
「じゃあまだ後でね。ウタ」
シロはローレン達を連れてギルドから出て行った。
「アンタ達は待ちなさい」
ウタはシロ達に続いてギルドから出ようとしたエヴィエスとナイの襟首をおもむろに掴む。
「うっ!ウタ!?」
「もービックリしたよー」
「アンタ達……教えなさい。何があったの?」
◆◆◆◆◆◆
「喧嘩?」
「うん、そーなの。驚いちゃった」
ウタに呼び止められたエヴィエスとナイは中央広場の噴水脇のベンチに腰掛けていた。
ウタはシロの浮かない表情とアリスとリリスの態度から何かあったことを感じ取ったのだろう。
あれだけの短時間で異変に気がついたウタの洞察力にエヴィエスは驚いていた。
「ああ、いいよナイ。俺から説明するから」
「えー、いいじゃん。私もできるよ」
「いや、まあ腹も減ったし、早く説明して飯食べようぜ。な?」
「うん、そうだね。それならエヴィ様お願い!」
ナイはエヴィエスに無邪気な笑みを見せる。
エヴィエスは自身の態度で彼女をどれだけ傷つけているか同調で知ってしまった。
それ以来、出来る限り彼女の意思を尊重するようにしていたのだ。
「じゃあ、俺から説明するよ」
ーー時はエヴィエスが盾の人器でシロを守った直後に遡る。
突然シロを襲った謎の攻撃。
それは明らかにシロを狙ったものだった。
今までにない事態を目の当たりにしたローレンは一度ウォールの中に引くことを決意した。
ミズラフでの経験が浅いエヴィエスには知る由もないが、ここで生きていくには無理をしてはならない。
それがミズラフで戦う人器使いの鉄則だった。
しかし、それを理解していても現実は持ち場を引くことをプライドが邪魔をしてしまう人器使いも多いなか、それを素早く判断し行動出来ることがローレンがリーダーとして優れている点でもあった。
幸い既に魔物の多くは討伐されていたこともありローレンは速やかに持ち場を他の人器使いのパーティーに任せ皆にウォールの中に引くように指示することができた。
そして、程なくウォールの中の安全圏に戻って皆が人器化を解いた時、それは起きた。
パァンッと乾いた音が響く。
エヴィエスは音がした方向に顔を向けると、大粒の涙を溜めたリリスがアリスの頬を叩いていたのだ。
「お姉ちゃんの所為だからね!!!」
「リリス……」
唖然とした表情で赤くなった頬を触るアリスをリリスは睨みつける。
「お姉ちゃんの所為でシロさんが死んじゃってたかもしれないんだよ!!!」
彼女青い瞳から大粒の涙が溢れる。
「リリス……僕は大丈夫だから……ね」
「シロさんは黙ってて!!!」
「……ごめん」
そう一言呟くとアリスはそのまま走り去ってしまった。
「……リリス」
エヴィエスにはシロ自身、何て声を掛けて良いのか分からないように見えた。
「ーーということがあったのさ。あれ以来ずっとあんな調子だよ」
エヴィエスは広場で遊ぶ子供達に視線を向ける。
いつの間にか子供達に混じってナイも一緒に遊んでいる。
「そっか……でも解せないわね。どうしてアリスだけが責められるの?」
人器使いの同調は感覚を共有している。
であれば、アリス1人が責任を負う必要はないとウタは考えたのだ。
「ああ、俺も気になったから後からシロに聞いたんだ」
エヴィエスはシロから聞いた内容をウタに説明した。
シロ達が決めていた役割分担のことを。
「へえ、リリスが……」
「ああ、それを聞いた時驚いたよ。あんな大人しい子がってね。でも、シロは落ち込んでたよ……自分の注意が足りなかったって……」
「ダーリンが悪いわけじゃないけどね」
「そうなんだが、そういう男だろ?あいつは」
「そうね。それがダーリンの良いところだもんね……よしっ!私が人肌脱いでやるとしますか!」
ウタは勢いよくベンチから立ち上がり思いっきり伸びをした。
「人肌脱ぐって……これは3人の問題なんだから余計なことは……」
「余計?私が余計なことしたことあったかしら?」
エヴィエスの言葉を被せたウタは意味深な笑みを浮かべる。
「……いや、ないな」
ナイの一件でウタに借りがあるエヴィエスにはそれ以上何も言えなかった。




