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出来損ないの人器使い  作者: salt
第1章
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2話「出会い」

 暗闇の中、少女が泣いている。

 少女は全てを失っていた。

 優しかった両親、弟、友達。

 全てを魔物に奪われた。

 憎い憎い憎い憎い……復讐がしたい。

 全ての魔物に自分が受けた痛みを味合わせたい。


 気が狂うほどの怒りが彼女を通してシロに流れ込む。

 気が付くとシロは涙を流していた。

 今すぐ駆け寄って少女を抱きしめてあげたい。

 しかし、身体が動かない。

 シロに出来るのは見守る事だけだ。

 何故誰も助けてあげないのか?

 これだけ傷付き打ちのめされている少女に誰も目を向けないないのか?

 何もする事ができない。そんな自分に腹が立つ。


 どれだけの時間、少女は泣き続けていただろう。

 いつの間にか少女の瞳には光が失われていた。


 ある時、真っ暗な空間に一筋の光が差す。

 まるで闇に覆われた旅人の行き先を照らす北極星のように輝きを放つ。


 少女は光に向かって走り出す。

 その光は近づくにつれて輝きを増す。

 少女は光へと手を伸ばしながら、ありったけの力を込めて叫ぶ。

 助けて!!助けて!!と。

 すると、光から逞しい男の腕が現れて少女の腕を掴んだ。

 そして我が子を包み込むかのように優しく抱きしめる。


「もう大丈夫だ。よく頑張った」


 少女はその男の腕の中で泣いていた。

 それは先程までの涙とは違う。

 やっと見つけてもらった。自分は1人じゃない。

 ここに居ていいんだ。そんな気持ちが入り混じった涙だった。


 そしてその腕に抱き抱えられ光の中へ消えていく。

 少女の腕を掴んだ逞しい腕の主の顔はぼやけて見えない。


 しかし、あの男性であれば少女は大丈夫だろう。

 そんな安心感がシロにはあった。


 ◆◆◆◆◆◆


(夢……?)


 それにしては、妙に現実感のある夢だった。

 あの少女はどうなったのだろうか、どこかで幸せに生きているのだろうか。夢で見た少女に想いを馳せながら、身体を起こし周囲を見渡す。


 シロはベッドに寝かされていた。

 ベットの横には窓があり、外には街の建物が見える。


 どうやら、街に運び込まれたようだ。


(確か、女の人を助ける為に獣と戦って……)


「目が覚めたみたいね」


 声を掛けられた方向に目を向けると、あの時の女性が立っていた。


 栗色の柔らかなウェーブがかかったロングヘアーに白のスカートで、青のエプロンを付けている。


「あの、僕……ここは……」


 頭がボンヤリしているのか、言いたいことがまとまらない。


「大丈夫。ここはウェステの街。私の家よ」


 女性が優しく語りかける。


「あの後、私達はこの街の人達に助けられたの。心配したわ。あれから、あなた丸一日以上、眠り続けていたんですもの」


 女性はシロのベッドの横の椅子に腰掛ける。


「そうですか……」


「君……名前は?」


「……シロ……です」


「シロ君ね。私はカーミラ」


 彼女はそう言ってシロの手にそっと手を伸ばし優しく包んだ。


 驚いたシロはカーミラの顔を見ると。

 彼女は真剣な表情でシロを見つめている。

 茶色い瞳に整った顔立ちの美人。

 しかし、獣に襲われた時の無数の傷が顔に刻まれていた。


「シロ君。まず、君にお礼を言わせて」


「君があの時、助けに来てくれなければ私は殺されていたわ。本当にありがとう」


 ありがとう。

 人器を持たないシロにとって初めてかけられた感謝の言葉。

 物心ついた頃からずっと蔑まれてきたシロにとって、まさか自分が他人から感謝される日が来るとは思っていなかった。

 シロの中に複雑な感情が渦巻く。

 その感情が何なのかは分からない。


 こんな時、どんな顔をすれば良いだろうか。

 それが分からず、シロは思わず俯いてしまう。


 その雰囲気を察してか、彼女は両手を胸の前でパンッと叩く。


「さあ、お腹空いているでしょ。ご飯作ってあるから食べてね」


 彼女はサッと立ち上がり、部屋の奥へと歩いていった。

 その姿を見送った後、シロは再び窓の外に目を向ける。

 先程と変わらない風景が広がっているが、心なしか部屋へ差し込む光が輝いて、前よりも美しいと感じたのだった。


 程なく、カーミラは食事を持ってきた。

 三日ぶりの食事だ。

 シロとカーミラは机に移動し、シロは無心で平らげた。


「この後、付き合ってもらいたいところがあるんだけどいい?」


 黙って食べる姿を見つめていたカーミラがシロに問いかける。


「はい。大丈夫です」


「良かった。じゃあ出かける前にまずは体を洗ってもらっていいかな?シロ君、少し臭うから」


「え?匂いますか?」


「ええ、少しね」


 カーミラは困った子供を見るような表情でそう言う。


 確かに、もう何日も身体を洗っていないが、一人で暮らしていたから臭いなんて気にしたこともなかった。

 自分には分からないが、彼女が言うのであればそうだろう。


 そのままシロはカーミラに促され、奥の部屋で身体を洗い、今まで着ていたボロボロの服ではなく彼女が用意した服を着るように指示された。


「良かった。サイズ合っているか心配だったんだけど、ピッタリで良かったわ」


 言われるがままに新しい服に着替えたシロを見て、なぜか彼女は嬉しそうな表情を見せる。


「じゃあ、次は髪切っていいかな?ちょっと長すぎるから」


「そう……ですか?」


「ええ、今の君は女の子みたいに長いから」


 そう言うと、彼女はシロに椅子に座るように促がす。


 なぜ?と思いつつも、断る理由もないシロは椅子に腰掛ける。


「私、得意なのよね」


 そう言うと、彼女はパチン、パチンと髪を切り始める。

 シロの鈍色の髪がパラパラと床に落ちる。


「あの……これって……?」


 後ろに立つ彼女の表情は見えない。


「シロ君……人器を他人に使わせることって自分の全てを預ける行為なのよね……だから、まず身だしなみが大切なの」


「……」


「触られたくないような人には、自分の人器なんて絶対に使わせないの。よく覚えておいてね」


「はっ、はい!」


「よろしい!」


 思わず返事をしてしまったが、まあ彼女がそう言うのであればそうなのだろう。

 シロは自分で自分を納得させた。


 パチン、パチンという音が、心地よいリズムを奏で続ける。


「よし、終わり!!うん、シロ君、いい感じよ!!」


 彼女は満足げな表情をしている。


「じゃあ、行きましょうか」


 シロは彼女の後に付いて部屋を出るのだった。


◆◆◆◆◆◆


「あの……どこへ行くんですか?」


 彼女の部屋を出て程なくして、恐る恐る尋ねる。


「紹介したい人が居るのよ。別に怖がらなくて大丈夫だからね」


 警戒しているシロを察してか、彼女は優しく微笑む。


 一体どんな人なんだろうか。

 不安に駆られながら歩いていると、彼女が少し足を引きずっている事に気付く。


「あの……足はあの時……?」


「そうなの。街に戻ってきて治療はしたんだけど、傷が深くて……もしかするとこのままかもしれないんですって」


「……」


 もっと早く駆け付けていれば、そこまで傷を負うことはなかったかもしれない。

 その後悔がシロの心を重くし掛ける言葉を失っていた。


「でも、死ぬよりはマシだわ。だから、気にしないで」


 彼女はあっけらかんとした笑みを浮かべる。


「すいません、僕がもう少し……」


「気にしないでって言ったでしょ。もうこの話は終わりね」


 シロの言葉を途中で遮ると彼女は一方的にその話題を打ち切った。


「あの獣って……何だったんですか?剣で傷一つ付かないなんて信じられない」


「あれは、獣ではなく魔物ね。私達はフェンリルと呼んでる魔物よ」


「あれが、魔物……」


「ええ、あれが私達が戦っている相手であり人類の敵。今は救済の光で戦う力を得たけど、それまではシロ君みたいに傷ひとつ付けられなかったのよ……ウェステの周りに魔物が出ることなんて殆どなかった筈なんだけどね……」


「そうなんですか……」


「さあさあ、着いたわよ」


 カーミラの声で顔を上げると、目の前には一際大きい建物建っていた。

 石造りの二階建ての建物。建物の屋根には女神の彫刻が据え付けられ、陽の光を反射してキラキラと輝いている。


「ここは創造神ティーレを信仰する教会よ。人間の大半がこのティーレを信仰しているから、各地に建てられているの」


「そうなんですか」


 シロはその彫刻を何処かで見た気がした。

 子供の頃にでも見たのだろうか。


「こんのクソガキーー!!」


 唐突に罵声が響き、教会の扉が勢い良く開く。


 我先にと逃げる三人の子供達を追いかけて、濃紺の修道服を着た少女が箒をブンブン振り回しながら飛び出てくる。


「クソガキどもが!逃げ足だけは早いんだから!!」


 肩で息をしている少女は扉の前で左右を見渡し地団駄を踏む。


「お姉ちゃん、そんなに怒らなくても……」


 扉の後ろから同じ修道服を着た一人少女が怒りが収まらない少女に話しかける。


「あんたがあんな態度だから、あいつらに舐められるのよ!」


「やーいやーい、貧乳ー!!」


 遠くから子供達が少女達に向かって挑発する。


「クソガキどもが……」


 怒る女性はワナワナと身体を震わせる。


「相変わらずね。アリス」


 アリスと呼ばれている少女は、肩の長さまである金髪を左右に結んで、前髪は眉が出るくらい短く切り揃えられている。

 気の強さが現れているのか、目がやや釣り上がっている。だが、それが彼女の快活な雰囲気を醸し出している。


「カッ、カーミラさん!いつからここに!?」


「あなたが飛び出て来た時から居るわよ。まあ、あなたはそのぐらい元気ぐある方が良いけどね」


 カーミラはクスッと微笑む。


「カーミラさん……こんにちは。怪我……大丈夫?」


 消え入りそうな声で、アリスの背後からもう一人の少女が話しかける。


「こんにちは、リリス。大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 もう一人の少女は金髪で腰まであるロングヘアーで、目が隠れるくらいに長い前髪の少女だ。

 二人とも瓜二つの容姿をしているが、彼女はアリスとは違い気弱な印象を受ける。


 カーミラに微笑みかけられたリリスはホッとした表情を浮かべる。


「それで、今日はどうしたの?」


「ええ、二人に紹介したい子が居るのよ」


「もしかして、この人?」


 アリスは怪訝な表情でシロを見つめる。その表情にシロは思わず目を逸らす。


「そう。あなた達のパートナーにと思って」


「「え!!」」


 シロとアリスは同時に声を上げた。


「えー、いやよ!」


 眉間にシワを寄せながら表情でシロを見回す。


「まあ、そう言うと思っていたのよね。じゃあ、リリスにお願いしても良いかしら」


 カーミラはリリスに目線を向ける。


「ひっ!」


 その視線にリリスはピクッと反応し、アリスの後ろに隠れてしまう。


「相変わらずの恥ずかしがり屋さんね」


「リリスはダメよ!」


 アリスは背後のリリスを守るように手を広げた。


「まあ、そう言うと思っていたのよね。でも……いいのかなー?このままポンコツって呼ばれたままで……」


「ぐっ……」


「良いのよ良いのよ。もし、相性が悪ければこの話はなしにしてもらって。それに、私昨日魔獣に襲われちゃったじゃない?顔も傷だらけだし、足も痛いの。痛いなー、痛いなー」


 カーミラは大袈裟な身振りで顔を覆い、二人に見せつけるように痛がってみせた。


「さっき大丈夫って言ってたじゃ……」


「何か言った?」


「いえ……何でもないです」


 アリスはカーミラの圧に押され、ガックリと項垂れる。


「じゃあ、リリスいいかしら」


「……分かり……ました。それに……私と……お姉ちゃんだと……その傷は治せないと思いますし……」


 リリスは胸に両手を当てながら、アリスの後ろからゆっくり歩み出る。


「じゃあ、シロ君……」


 カーミラはシロに向かってウインクをする。


「わっ、分かりました!」


 シロは数歩前に出てリリスの前に立つ。

 少女は髪が隠れているため表情は読み取れないが、明らかに緊張しているのが伝わってくる。


 女の子には優しく。

 じいさんの教えが脳裏に過る。


「えっと、シロといいます。初めまして。あなたの人器を貸してもらえませんか?」


 頭を下げながら右手を差し出す。


「はっ、はい!よろしく……お願いします……」


 シロの行動に驚いたのか、裏返った声でリリスは答えた。

 恐る恐る出されたリリスの手が触れた瞬間、光に包まれ、シロの手には彼女が握られていた。


「これは……如雨露……?」


 右手に納まった彼女は、青色で小さく丸みを帯びた如雨露に変身していた。


(リリスさん。力を借ります)


 シロはそっと目を閉じる。

 イメージするのは、彼女の器。その器に自分の魂を注ぎ込む。


 魂を注げ……


 すると、脳裏にいくつものイメージが流れ込む。


 ある時は大好きな姉に手を引かれて焼け落ちる町から逃げているシーン。

 ある時は獣に襲われ、大丈夫と言って姉が守るように抱きしめるシーン。

 ある時は疲れてもう一歩も動かない時に笑顔で姉が手を差し出すシーン。

 今まで辛い時、悲しい時が沢山あった。

 でも、お姉ちゃんがいつも守ってくれてた。いつも側にいてくれた。

 だから私は寂しくない。お姉ちゃんと一緒にこの先も生きていく。


(これは、リリスさんの感情……?)


「癒しの水!!」


 シロは溢れ出る衝動に身を任せて彼女を振るった。


 彼女から溢れ出た水はカーミラを覆い、みるみる傷を癒していく。


「すごい……」


 アリスが驚いた表情で呟く。


 カーミラを覆う水が消えたところで、如雨露はシロの手を離れリリスに戻った。


「う……」


 言いようのない倦怠感がシロを襲う。

 人器を行使することは、これほど疲れるものなのか。


「やっぱり、シロ君凄いわね。足の傷も治ったみたい。ありがとう。また助けられちゃったわね」


 顔の傷も治り、本来の美人に戻ったカーミラは感嘆の表情でシロを見つめた。


「すごい!私が使ってもここまで治せないのにどうして!?」


「それはね……シロ君が同調しているからよ」


「同調!?そんな!初めて会った人同士で同調できるなんて有り得ない!」


「シロ君は昨日、私とも同調したのよ。それに本当に同調したかどうかはリリスに聞いた方が良いんじゃないかしら」


 カーミラはシロの横にへたり込むリリスを見つめる。疲れているのか、頬を赤らめ肩で息をしている。


「はい……あれは同調です。シロさんの気持ちが流れ込んできました。とても寂しくて、とても温かい気持ちが……」


「そう。同調はお互いが信頼しきってもたどり着くことが稀なの。お互いの感情を共有してより大きな力を引き出す力よ。シロ君もリリスの感情を感じたんじゃないかしら?」


「……はい」


 やはり、脳裏に浮かんだイメージはリリスの記憶だったのか。


「じゃあ、決まりね。アリス、リリス。いいかしら?」


「ぐっ、ででも……」


「私は……いいです」


「リリス!」


「お姉ちゃん……シロ……さんは大丈夫」


「……まあ、仕方ないわね。リリスがそう言うのであれば、パートナーになってあげるわ。シロ!感謝しなさい」


 未だ納得が出来ない表情のアリスがシロを指差す。


「でも……僕は……」


 自分は人器がない。

 それを打ち明けてしまったら、また軽蔑の眼差しを向けられるのは分かっている。


 すると、カーミラがゆっくり近寄りシロの両手を優しく包む。


「シロ君。同調はお互いの感情を共有するって話したわよね。だから、君の事は分かっているの。大丈夫よ。私ね……ずっと一人だったの。だけど、ある人に助けられて多くの物をもらったの」


 暗闇で泣き続けていた少女の面影が、シロの手を優しく包み込む彼女と重なる。


「私には君を助ける事は出来ないかもしれない。だけど、君が何者かになる為の手伝いはできるはずだから……」


(そうか、あの暗闇の少女は……カーミラさんなのか……)


 カーミラはシロを真剣な表情で見つめる。


「ありがとう……ございます」


 胸が熱くなる。

 分かってもらえる人がいると言う事がこれほどの安心感をもたらしてくれるのか。


「ちょっと!何訳分かんない事話してんのよ!シロ、あんた組むの組まないどっちなの?」


「お姉ちゃん……」


 空気が読めない姉に呆れた妹を尻目に痺れを切らしたアリスがシロに詰め寄る。


「さあ、どうするの?」


 シロはアリス、リリスを交互に見つめる。


「アリスさん。リリスさん。これからよろしくお願いします」


 二人に向かって深々と頭を下げた。

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