八十九話 花畑での逡巡①
夏の日差しが照りつけるこの日は、絶好のピクニック日和となった。
「わあ、ほんとに綺麗な場所ですねえ」
「がう!」
シャーロットは感嘆の声をあげ、ルゥも隣でご機嫌そうだ。
この日、三人が訪れたのはダンジョン、トーア洞窟からほど近い名もなき丘だ。
一面に色とりどりの花畑が広がって、何匹もの蝶がふわふわと飛んでいる。
真っ青な空には雲ひとつ浮かんでおらず、風もゆるやかだ。
そのぶん日差しがきついので、シャーロットは麦わら帽子をかぶっている。身にまとうのは白いワンピースだ。このあたりは人がいないので髪を染める必要もないため、金の髪にその出で立ちがよく似合っていた。
シャーロットはルゥの頭を撫でて、背後を振り返る。
「ありがとうございます、アレンさん。こんな素敵な場所に連れて……アレンさん?」
そこで、シャーロットはぽかんと目を丸くした。
数メートル離れた場所で、アレンが顔を覆って立ち尽くしていたからだ。シャーロットはおずおずと近付いて、声をかける。
「あのー……どうかしましたか?」
「……はっ!?」
アレンは弾かれたように顔を上げる。
おかげでシャーロットと至近距離で目が合って、心臓が大きくはねた。
シャーロットはそんなことにも気付くこともなく、気遣わしげに小首をかしげてみせる。
「大丈夫ですか、アレンさん。なんだ顔色がお悪いようですけど……」
「あ、ああ、うん。問題ない」
アレンは手を振ってぎこちなく笑う。
しかしその目は血走っていて、顔は土気色だ。自分でも朝鏡を見たときに、死体かと思ったくらいだ。
当然ながらシャーロットをごまかすことはできなかった。
彼女は眉をひそめてアレンの顔をのぞきこむ。
「ひょっとしてお風邪ですか? お熱は……ちょっと失礼しますね」
「っ……!」
シャーロットがそっとアレンの額に触れる。
細い指先からほんのりとしたぬくもりが伝わって、ぶわっと全身から汗が噴き出した。
顔が近い。宝石と見紛うばかりの瞳もすぐそこだ。
甘い香りも鼻腔をくすぐって、頭の中がたったひとつひとつの思いで埋め尽くされる。
好きだ。
「だ、大丈夫だとも! ただの寝不足だ!」
ついついその言葉が口をついて出そうになって、アレンは慌ててその場から飛び退いた。ぽかんとするシャーロットにしどろもどろで言い訳する。
「その、昨夜はすこし寝付けなくてな……すこし昼寝したら多少はよくなると思う」
「そうなんですか……? 無理はなさらないでくださいね」
「平気だ。おまえはルゥとそのあたりを散歩してくるといいさ」
「……それじゃ、何かあったら呼んでくださいね。近くにいますから」
「がうっ」
シャーロットはルゥを連れて、花畑へと向かっていった。
かなり心配そうだったが、アレンがゆっくり眠れるように気を使ってくれたのだろう。その思いやりが心臓にひどく効いた。
ふたりが十分に離れてから……アレンは盛大なため息とともに、その場で腰を落とす。
「いや、無理だろ……これは無理すぎるだろ……」
昨日の意気込みはどこへやら。
アレンは完全に、いっぱいいっぱいになっていた。





