八十三話 ラブコメの幕開け④
「エルフの里はあちこち虱潰しに探したのですがね。まさかご自宅にいらっしゃるとは盲点でした」
「あはは……ヨルさんにバレないよう、籠城した地下室は厳重な封印をしましたからねえ。どんな手練れだってボクの気配を感じ取れなかったはずっす! すごいっしょ!」
「その労力を原稿に費やしていただければ、私としても三十年も無駄な時間を使わず済んだのですが?」
「ひいいいいいっ! ごめんなさい! ごめんなさいっすー!」
ついにドロテアはべそべそと泣き出してしまう。
しかしどう考えても自業自得なので、アレンは一切同情心が湧かなかった。
「どうもお騒がせいたしました。こちら壁の修理費です。お納めください」
「はあ……」
青年はアレンに封筒を手渡して、よいしょっとドロテアを担ぎ上げる。
完全に人さらいの現行犯だ。おかげでドロテアは悲痛な声で助けを求める。
「いいいいやあああ! 助けてくださいアレン氏! このままじゃ海に沈められるっす!」
「なにをおっしゃいますやら。大事な担当作家にそんなことをするわけがありませんよ」
「えっ、ほんとっすか……!? なーんだ、ヨルさんもこの三十年でずいぶんと丸くなって――」
「海なんて生ぬるい。とりあえず手始めに火口に参りましょう」
「死ぬ!! エルフの僕でもマグマは死ぬっす!」
「はっはっは。作家は何事も経験してこそでは?」
「火口での臨死体験を恋愛小説にどう生かせと!?」
ぎゃーぎゃー騒ぐドロテアを担いだまま、青年は壁の大穴をくぐってあっさりその場を去っていく。
それから数秒後、人影をくわえた巨大な黒竜が飛び立っていくのが窓から見えた。
ルゥはすやすやと寝入ったままだ。どうやら無駄な騒動にも慣れたらしい。
おかげで一気にリビングが静まり返った。
ぽかんとしたままのアレンだったが……か細い声が鼓膜を揺らす。
「あっ、あの……アレンさん……その……」
「へ……あ、ああ。すまない」
そこに来て、シャーロットをずっと抱き寄せていたことに気付いた。
ぎこちなく体を離して、手も放す。シャーロットは頬を赤らめたままぽーっとしていたが……やがてハッと気付いたように小首をかしげてみせた。
「えーっと……先ほどのお話って、なんだったんですか?」
「いや……いい」
さすがのアレンでも、こんな空気で言えるわけがなかった。
深く息を吐いて顔を覆う。疲労感はすさまじいが、失望感は一切なかった。
告白は失敗したものの……まだチャンスはいくらでもあるからだ。
(むしろ邪魔が入って助かった。こんな成り行き任せではなく……もっとちゃんと準備しよう)
ロマンチックな景色。
心のこもった贈り物。
胸がときめくような言葉。
そうしたものを引っさげて、告白を成功させる。
アレンはそう決意を固めた。
「あのな、シャーロット」
「はい?」
「俺はやるぞ。だから……すこし待っていてくれ」
「は、はあ……わかりました?」
真剣なアレンに、シャーロットはきょとんと目を丸くするばかりだった。