八十一話 ラブコメの幕開け②
「手を握れ、って……本当にそれだけでいいのか?」
「はい! まずはそれでお願いするっす!」
アレンの問いかけに、ドロテアはきっぱりとうなずく。
その言葉にどうやら嘘はなさそうで、アレンは少しばかりほっと胸をなでおろした。
「えっ、えっ……えええええ!?」
ただ、なぜか隣のシャーロットはひどく動揺していた。その理由がアレンにはよくわからない。
手を握ったり、目を見て話したり。
そんなことはこれまでに何度も行っているからだ。
今さらその程度のことで何かが変わるとも思えなかった。
(なんだ……前振りのわりに、ずいぶんあっさりした注文だな)
だが、それでドロテアの気が済むのなら安いものだった。
アレンはなんの躊躇もなしに行動に移る。
「それなら手早く済まそうか」
「ひゃっ……!」
すぐそばにあったシャーロットの手をそっと握る。
じんわりと熱を帯びた指先が、すっぽりとアレンの手のひらに収まった。すこしだけ気恥ずかしいが、これくらいなら耐えられる。
心の奥底にしまいこんだ禁断の箱も暴れ出すことはないだろう。
そう、気楽に構えていたのだが――。
「ほら、こっちを向いてくれ。シャーロ……」
シャーロットの顔を覗き込んだ瞬間、アレンはぴしりと固まった。
「は、うう……」
シャーロットは真っ赤な顔でアレンのことを見つめていた。
大きく見開かれた目は潤み、窓から差し込む光を反射し、いつも以上にきらめいている。
柔らかそうな唇からこぼれ落ちるのはとびきり甘い吐息だ。その吐息が頰を撫でた瞬間、アレンの心臓が大きく脈打った。
身体中の熱が顔に集まって、シャーロット以上に真っ赤に染まる。握った手のひらは緊張からかかすかに震えていて、それがことさらアレンの思考を奪った。
「ほーら、おふたりは気持ちが通じた後……っつー設定なんすよ。単に手を握るだけでも違うでしょ?」
ソファーの前に陣取って、悪魔がニヤニヤと囁いてくる。
「どうです、アレン氏。ご感想は?」
「あ、ああ……」
手を握って、見つめ合う。
たったそれだけのことなのに、思考を根こそぎ刈り取るような多幸感が後から後から湧き出してくる。
「……悪くは、ないな」
「かーっ! いい反応っすね! そんじゃシャーロット氏はどうっすか!?」
「えっ、えっ……えっと、その……」
ドロテアに詰め寄られ、シャーロットは真っ赤な顔でうろたえる。
潤んだ上目遣いでアレンを見つめ、か細い声で絞り出すことには――。
「ど、ドキドキ……します」
「っ…………!」
その瞬間、雷に打たれたような衝撃がアレンの脳天を貫いた。
可愛い。
愛おしい。
今すぐにでも抱きしめたい。
そんな柄にもない感情が湧き出してきて止まらない。
(こんなもの……無理に決まってるだろうが!!)
ついにアレンは観念して、心の中で絶叫する。
それと同時にあれだけ厳重に封印したはずの禁断の箱が勢いよく飛び出してきた。あっさり蓋が開かれて、中に詰まっていたものが溢れ出す。それはまるでこの世のすべてを洗い流す大洪水のようだった。
ようやくアレンは己の思いを自覚し、認めた。
シャーロットのことが……好きだということを。





