八十話 ラブコメの幕開け①
このエルフ、シャーロットの情操教育に非常によろしくない。だがしかし……従わなければ屋敷を追い出されるのは明白だ。
背に腹はかえられない。アレンは断腸の思いでかぶりを振る。
「いいだろう……おまえの言うことに従ってやる。ただし!」
シャーロットを庇うようにしてドロテアに立ちはだかり、びしっと人差し指を突き付ける。
「公序良俗に反するような行為は、断固として拒否するからな! シャーロットの尊厳だけは絶対に死守してみせる……!」
「ボクの専門ジャンルは純愛系っすよ。そんなこと頼みませんって」
へらへら笑うドロテアだ。
信用ならないにもほどがあった。
彼女はジト目を向けるアレンにもかまうことなく話を続ける。
「ひとまず設定から詰めていきましょうか。うーん、ちなみにおふたりってどういうご関係で?」
「まあ、一応は雇用主と使用人といったところだが……」
細かい事情は省き、出会いからここ二ヶ月のあらましをざっくり語って聞かせてやる。
その間、「ひとつ屋根の下で同居中……? なんでそれで何も起こらねーんすか……やべーっすよ現代の人間……」などという戯けたぼやきが飛んできたが、黙殺しておいた。
ドロテアは腕を組んで考え込んでから、ぽんっと手を打つ。
「よし、だったらこうしましょ。おふたりは紆余曲折を経て、三日前から付き合い始めました」
「はあ……」
「三日前、から……?」
「まあまあ、ひとまずどーぞ。おかけになってくださいな」
ドロテアに促されるままに、ふたりはソファーに並んで腰掛ける。
これで配置は元通りだ。
戸惑い、顔を見合わせるふたりの後ろから、ドロテアはまるで詩でも読み上げるようにして朗々と語る。
「さて、肝心の設定ですけどね。おふたりは前々から、お互いのことを想っておりました。でも前に進む勇気が出ずに、思いを打ち明けられなかったんすね」
「……」
ドロテアの語る言葉が、耳に痛い。
アレンはシャーロットへの思いを封じた。
それは彼女のことを想っての選択であったが……本当にそれだけなのか。単に臆病風に吹かれたせいではないか。自分でも己の心の奥底が読めなかった。
ごっこ遊びの設定だと分かっていても、アレンはドロテアの話に没入していく。
「そんなある日、シャーロット氏が事件に巻き込まれ、アレン氏の前から攫われてしまうんです」
「なにっ……!?」
「わ、私、どうなってしまうんですか……?」
「もちろんアレン氏に助け出されますとも。ですがそれには並み居る障害が立ちはだかり――」
ハラハラするシャーロットに急かされて、ドロテアは物語る。
それは即興で作ったと思えないほどの波乱万丈の冒険譚で、アレンもおもわず聞き入ってしまった。
物語は無事に終盤を迎える。
「そういうわけで、アレン氏はシャーロット氏への思いを再認識。彼女を救い出して思いの丈を告白し、おふたりは見事結ばれた。そういうわけですね!」
「みごと……」
「む、むすばれ……」
さすがは小説家といったところか。ドロテアの話を聞いているうちに、アレンはまるで実際に事件に巻き込まれ、告白が成功したような心地になっていた。
その一方で、シャーロットは真っ赤な顔で固まってしまっている。
そんなふたりの真正面に回り込み、ドロテアは続ける。
「そして、今日がそれから三日後っす! 騒動が落ち着いて、ようやくふたりきりで落ち着いた時間を過ごせるわけですね」
「ここぞとばかりに設定を詰めてくるなあ……」
しかも、聞くだけで赤面待った無しのシチュエーションだ。
(そんな恐ろしい設定で、いったいどんなことをさせられるんだ……?)
愛を囁けとか、告白しろとか言われたら心臓が破裂するのは間違いない。
アレンは死地に赴く覚悟で口を開く。
「それで……俺たちはどうしたらいいんだ」
「決まっています。さっきの設定を踏まえた上で……」
ドロテアはにっこり笑って、こう言ってのけた。
「手を握って、見つめあってほしいっす」
「……はあ?」





