八話 令嬢と始める新たな日々②
たしかにアレンは自由にしていいと言った。
どう時間を使おうと彼女の自由だ。
だがしかし……たとえ暇で暇で仕方なかったとしても、床の木目を数えるか? もうほとんど最終手段のようなものではないか。
「……よし、シャーロット。ひとまずこっちに来い」
「は、はい?」
アレンはソファーから立ち、かわりに彼女をそこに座らせる。
そうして自分は彼女の正面にしゃがみこみ、じっとその瞳をのぞき込む。
アレンは人の目を見れば、嘘を見抜くことができるのだ。
「シャーロット……すこし聞きたいんだが、趣味はあるか?」
「趣味、ですか……?」
シャーロットは不思議そうに小首をかしげる。
まるで初めて聞いた単語だとでもいうように。
言葉が通じているか一瞬不安になったが、すぐに彼女は「うーん」と呻る。
「特にありませんね……すみません」
「で、では、家では空いた時間に何をしていた?」
「お家では、花嫁修業の勉強以外はお掃除や針ものなどのお仕事をしていましたから……空いた時間というのは、特に」
シャーロットはにこやかに、寂しいことを言う。
おかげでアレンの心にグサっと刺さった。
「それじゃあ、その花嫁修業とやらで楽しかったことはあるか!?」
「えーっと、楽しい……というのはちょっと、わかりませんね……間違えて先生に叱られてばかりでしたから」
「では、最近一番うれしかった思い出は!?」
「そうですね……あっ! それはありました!」
シャーロットが弾んだ声を上げる。
アレンはそれに淡い期待を寄せるのだが――。
「二ヶ月くらい前に、毎日頑張って働いてるご褒美にって、ナタリア様……えっと、妹が果物をくれたんです! 半分くらい傷んでましたけど……滅多に食べさせていただけないご馳走だったので、とってもうれしかったです!」
「…………」
ひょっとして、それはいわゆるイジメとか、イビリと呼ばれるやつなのでは?
「あ、あれ? アレンさん。なんだかお顔が怖いですよ……?」
「人相の悪さは生まれつきだ。気にするな。それよりおまえ……年はいくつだ」
「え、えっと、十七です」
「十七ぁ!?」
アレンより四つも下だ。
アレンが十七のときなど、まだ魔法学院に身を置く身だった。
毎日教授を質問責めにして涙目にさせたり、魔法薬の実験でいくつもの実験室を吹き飛ばしたりした。
研究成果はぶっちぎりのトップをキープしてはいたものの、ちゃらんぽらんの阿呆……そうとしか呼べない男だった。
それに比べて、シャーロットはどうだ。
人生でトップクラスに楽しいはずの十代を、趣味も、楽しかった思い出も何もなく、他人から搾取されるだけで過ごしていたという。
挙げ句の果てには全てに裏切られ、こんな森の奥で行き倒れてしまった。
(そんな残酷な話があっていいのか!?)
しかしアレンはシャーロットが一切嘘をついていないことを知っている。
安易な同情は彼女に失礼だとわかっていても……どうしても、我慢がならなかった。
「……よし、決めたぞ」
「な、なにをですか?」
シャーロットは不安げに首をかしげてみせる。
アレンはかまうことなく、ゆらりと立ち上がった。そうして――ビシッと人差し指を突きつける。
「シャーロット、俺はおまえに……この世のすべての悦楽を教え込む!!」
「…………はい?」