七十八話 強制ラブコメ大作戦②
「でも……三十年にも渡る、ボクのスランプもここまでっす!」
アレンたちにびしっと人差し指を突きつけて、ドロテアは吠える。
その目は爛々と輝いており、捕食者のような威圧を放つ。
「おふたりを見て、ボクはビビッときたんです! この組み合わせは間違いなく次回作の参考になるってね! そういうわけだから、ちゃっちゃとイチャついてほしいっす!」
「だから、そういう仲ではないというに……」
「だったら演技でもいいですから! このとーり、お願いするっすよー!」
「そう言われても……」
アレンは言葉を詰まらせる。
イチャつけと言われても、どうしていいのか分からない。
ましてアレンはシャーロットへ抱く気持ちを封じたばかりである。下手に刺激してしまえば、それが表に出てきてしまう。そうなれば……きっと取り返しがつかなくなる。
そこでハッと活路を見出した。
シャーロットの肩をぽんっと叩く。
「いや、やはり断らせてもらおう! シャーロットも嫌だろうしな!」
「えっ? わ、私ですか……?」
「ああ。好きでもない男と、こ、恋人のふりをするなど……とうてい無理な話だろう?」
普通の女性ならまず間違いなく嫌なはず。これがおそらくエルーカあたりなら『は? 金銀財宝積み上げられてもありえないんだけど』と真顔で言ってのけたことだろう。
だが、シャーロットはぽかんとしてから……わずかにうつむいてみせる。そのまま、蚊の鳴くような声で言うことには。
「えっと……い、嫌じゃないですよ」
「そら、シャーロットもこう言って…………は?」
彼女の言葉が、すぐには理解できなかった。
錆びついたカラクリ仕掛けのように、ゆっくりと首を回してシャーロットを見やる。
その頰にはかすかな朱色が差していた。シャーロットはゆっくりと顔を上げ、上目遣いでアレンを見つめて――。
「あ、アレンさんとなら全然嫌じゃ……って、アレンさん!?」
どごぉっ!!
リビングに物々しい音が響き渡る。
アレンが手近な壁に頭を打ちつけたからだ。ひと思いに、全力で。
おかげでルゥが起き上がって「がうっ!」と抗議の声を上げてみせた。
床にうずくまるアレンのもとに、シャーロットが慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたんですか、アレンさん! 大丈夫ですか!?」
「あー……すまない。すこし我を失いかけたから、応急処置をした」
「いったいなにが……おでこが真っ赤じゃないですか!」
「あ、ああ、うん。問題ない。大丈夫だ」
頭を打ち付けたおかげで若干冷静になれたものの、シャーロットが心配そうに顔を覗き込んでくるので心臓がバクバク鳴り響いた。身体中が火が出そうなほどに熱くなるし、呼吸もかなり乱れ始める。
固く封じたはずの感情が、今にも溢れてしまいそうだった。
(マズい……! その場しのぎの応急処置すら効かないじゃないか……!)
これでは心臓を止めても無駄だろう。
まんじりともできず苦しむアレンをよそに、ドロテアは歓声をあげる。
「ひゃっほーう! やっぱりボクのラブコメアンテナに狂いはなかったんすね! こんな初々しい生のラブコメ、金を積んだって見れるもんじゃないっすよー!」
そのままキャッキャとはしゃぎながら、メモ帳に怒涛の勢いで文字を書き連ねていく。とても楽しそうだ。
アレンは強めの殺意を覚えたが、鋼の意思でそれをなんとかやり過ごした。