七十七話 強制ラブコメ大作戦①
「…………えーっと」
「…………うむ」
いつものリビングの、いつものソファーにて。
アレンとシャーロットはいつも通りに並んで腰掛けていた。
しかし紅茶を飲むでも、談笑するでもない。ただじーっと固まってしまっている。
何かを話そうとして、結局言葉が浮かばずに黙り込む。相手の顔すら見ることもできない。そんなことをお互いに続けた結果、先のような意味をなさないやりとりばかりが無為に続いていた。
拷問に近い沈黙の中――。
「カットカットカーーーット!」
威勢のいい声が響き渡る。
足音を響かせて乱入してくるのはもちろんドロテアだ。彼女は地団駄を踏んでまくし立てる。
「ボクはイチャつけ、って言ったんすよ! それなのになーに黙りこくってくれちゃってるんすか!? 初対面の男女でももっとフランクにお話しできますよ!」
「そう言われても……なあ」
「は、はい……」
ふたりはぎこちなく顔を見合わせるしかない。
すぐそばの日向では、ルゥがお気に入りの毛布の上で昼寝している。迷惑そうに一度こちらをちらりと見たが、すぐに目を閉じて夢の中へと戻っていった。アレンは心底羨ましかった。
ドロテアは腕組みし、うーんとうなる。
「変に意識せず、いつもどおりにしてくれた方がいいんすけどね。なにも目の前でチューしろとまでは言ってないんだし」
「ちゅ、ちゅー……!?」
シャーロットがぴしりと固まってしまう。
アレンもその単語にあからさまなダメージを受けたものの、なんとか正気を保つことに成功した。
「いやあの、ドロテア。どうやら大きな勘違いをしていると思うんだが……」
おずおずと手を上げてから、途切れ途切れに言葉をつむぐ。
「俺たちは……別にそういう、仲では、ない……のだが」
「はあー?」
ドロテアはあからさまに顔をしかめてみせた。
ふたりをじーっと見つめてみせて……ぽんっと手を打つ。
「なるほど、そういうパターンすか。じれじれ両片思いの牛歩ラブコメってやつ」
「じ、じれ……?」
「気にしないでほしいっす。ボクらの専門用語なので。いやー、それはそれで美味しいっすね」
ドロテアはにこにことメモ帳に何かを書き込んでいく。
楽しそうなのは結構だが、なんだかロクでもなさそうだった。
そんな彼女を見て、シャーロットは首をかしげてみせる。
「ドロテアさんって……ほんとに小説家さんなんですか?」
「そうっすよー。これでも昔はそこそこ売れっ子だったんですから」
胸を張って答えてみせるドロテアだった。
アレンはふと思い出し、顎を撫でる。
「そういえば、前の住民が残していった小説本が大量にあったが……ひょっとしてあれか?」
「たぶんボクの書いた本ですね。いやあ、あの頃は楽しかったっすねえ」
ドロテアは目を細め、どこか遠くを見る。
人間の文学に感銘を受けて、単身エルフの里から出てきたこと。
初めて書いた原稿が運良く出版社の目に留まり、デビュー作が出たこと。
それ以降も数々の作品を生み出したこと。
そんな半生をつらつら語ってから……ふっ、と目をそらしてみせた。
「でも超弩級のスランプに陥っちゃって、締め切りが近いっていうのに一文字も書けないもんだから……あの地下室に籠城したんすよねえ。いやあ、懐かしい話っす」
「まさかとは思うがおまえ……締め切りから逃げるために、三十年も引きこもっていたのか!?」
控えめに言ってもクズである。
白い眼を向けるアレンだが、ドロテアは意にも介さない。
「だってうちの担当編集、めっちゃ怖いんですもーん。白紙の原稿なんか見せたら絶対海に沈められていたっすよ!」
「むしろそのまま海の藻屑に消えてくれていた方が、俺としては助かったんだが……」
「あはは、アレン氏ってばおもしろーい。そんな怖い顔でジョークなんか言えるんすね!」
「……」
ケラケラ笑うドロテアだ。アレンはこの上もなくイラっとしたが、屋敷の件があるため叩き出したいのをぐっと堪えた。