七十一話 夏のある日と禁断の箱①
夏の日差しが照りつける庭先で。
シャーロットは真剣な顔で喉を鳴らす。半袖のブラウスにすこし丈が短めのスカートと涼しげな装いだが、まとう空気は緊迫していた。
「それじゃあ……行きますよ、ルゥちゃん」
「がうっ!」
彼女の固い声に応えるのは、フェンリルの子供だ。
その真紅の目は爛々と輝き、日の光に照らされて白銀の毛並みが美しく光る。
先日、ひょんなことからシャーロットと仲良くなった稀少な魔物は、彼女の前に行儀よく座りながら出される指示を待っていた。
シャーロットは深く息を吸い込んで――告げる。
「最初は……お手です!」
「わう!」
シャーロットが差し出した手のひらに、前足をちょこんと乗せる。
「次はおかわり!」
「わふ」
「おすわり!」
「がうう」
「伏せ!」
「わん!」
すべての命令を、フェンリルは忠実にこなしていった。
シャーロットは目を輝かせて、その頭をわしゃわしゃと撫でる。
「すごいです! よくできましたね、ルゥちゃん!」
「わんわん、わふっ!」
「さすがの早さだなあ……」
見守っていたアレンも、これには舌を巻くしかない。
片手に持っていた『魔物使い入門書』をぱらりとめくる。
旅行から帰った次の日に、街で買い求めてきた一冊だ。その最終章は『仲良くなった魔物に命令を聞かせよう』という内容である。つまりシャーロットは入門をさくっと終わらせてしまったことになるのだ。
本を閉じて、アレンは苦笑する。
「まあ、フェンリルと心を通わせるくらいだものな……これくらいは朝飯前か」
「私じゃなくてルゥちゃんがすごいんですよ。どうぞ、ルゥちゃん。ご褒美ですよ」
「わん♪」
シャーロットはそう言って、フェンリルの子供――ルゥにおやつの骨を与える。
名前も付けたし、信頼関係もきちんと築けた。魔物使いとしてのスタートとしては文句の付けようもないだろう。
ルゥは満足げに骨をかじってごろごろする。
最初は親から離れてすこし寂しげだったが、この家にもすっかり慣れたようだ。
「よしよし、今後もシャーロットをよろしくな」
「わふー」
アレンが頭を撫でると、ルゥは目を細めて小さく鳴く。
気を許してくれてはいるものの、シャーロットに対するものより少しあっさりした反応だ。明らかに区別している。人を見る目があるなあ、とアレンはなおさら気分が良くなった。
そんな中で、シャーロットは小さく頭を下げて笑う。
「本当にありがとうございます、アレンさん。いろいろ教えていただいて」
「なに、気にするほどのことじゃない。俺にとっても興味深い題材だからな」
アレンはそれに、鷹揚に返してみせるのだった。
先日の旅行からの帰り道。
ルゥを乗せた馬車の中で、シャーロットは意を決したように切り出した。
『魔物使いの勉強をするには……どうしたらいいですか?』
自分の力がどんなものなのか、きちんと学んでみたい。
そう願ったシャーロットのために、アレンは全力で魔物使いについての授業を開始した。
魔物使い特有のスキルに、この世界の存在する魔物の種類などなど。
あまり最初から根を詰めても良くないので、今はまだ一日一時間程度のささやかな授業だ。それでもシャーロットは毎日ちゃんと予習復習を欠かさず、めざましい成長を遂げていた。
(興味を持つ分野ができたのは……本当にいいことだよなあ)
手持ち無沙汰のあまり、床の木目を数えていた頃とは大違いだ。