六十七話 魔物使い①
かくしてアレンはシャーロットを残し、動物園の裏手に出た。
こちらの地方に来たときに車窓から見たような平原が、どこまでも続いている。
まだ夕暮れには遠く、青空には雲ひとつない。
そしてその地平と空の境目に、かすかな砂埃が舞っていた。
届くのはかすかな地鳴りといくつもの唸り声。その一団はまっすぐこちらを目指し、平原を猛スピードで駆けていて――。
「うーむ……そういえば群れで暮らす魔物だったな」
一目見れば幸運を授かると言われているフェンリル。
それが集団でやってくるのだ。きっとアレンの運気の上昇は凄まじいものになるだろう。ちょっとは現実逃避しておかないとやっていられない。
「まあ仕方ない。今のうちにバリアを張っておくか」
魔力を編み上げ、動物園全体を覆うドーム状の障壁を作る。
これでひとまず中の人間たちは安全だろう。
「よし。あとは……っ!」
突然、アレンの背後で風が疾った。
咄嗟に振り返った先――巨大な牙が並んでいた。
「ガルァァアアア!!」
フェンリルが一息でアレンに喰らい付く。
頭から丸呑みにして、胴のあたりに牙を突き立て、でたらめに振り回す。普通ならまず間違いなく即死だ。
だが、食いつかれたままのアレンは右手をゆっくり動かして――。
「《痺電》!」
「ッ……!?」
ばぢぃっ!
まばゆい紫電が放たれて、それに驚いたフェンリルがアレンを放り投げた。アレンはそのまま草むらを転がって、顔のよだれを拭って自嘲気味に嗤う。
「はっ、防御魔法を使っておいてよかったな。しかし陽動とは恐れ入る」
「グルルルルル……」
アレンに食い付いた個体。
それはまさに見上げんばかりの巨体を誇っていた。体高はおおよそ十メートル。右の目には深い傷が刻まれているものの、体を覆う毛皮はまばゆいばかりの黄金色だ。
それが殺気にまみれた隻眼でもって、アレンをしかと睨めつけていた。これがおそらく百年以上生きているという個体で、あの子供の母親なのだろう。
ひとまずアレンは魔物言語で語りかけてみるのだが……。
『話を聞いてくれ! 俺たちは貴殿の――』
「ガァアアア!!」
「ちっ……やはりダメか……!」
あの子供と同じだ。相手は話し合いの土俵にすら立ってくれそうもない。
「だったら……実力行使しかないな!」
「「「ギャウッ!?」」」
アレンの背後で青い光が爆ぜ、いくつもの悲鳴が轟いた。
やがて光が収まったあと、そこには氷漬けとなったフェンリルたちの姿があった。
その数およそ十匹。どれもこれも、動物園で保護された個体とそう大きさは変わらず、兄弟なのだろうと推測できる。
事前に仕掛けておいた氷のトラップだ。
「さあ、残るはおまえ一匹だ!」
「グルァァアアアアア!」
かくしてその宣言が開戦の合図となった。
シャーロットがフェンリルの子供を説得し、治療を終えるまで時間を稼ぐ。
だが……それは思った以上に難度の高いミッションだった。
「《爆業火……ああいや、《火玉》!」
「ガアッ!」
フェンリルをしのぐほどの巨大な火の玉を出しかけて、慌ててバスケットボールサイズのものに作り替えてぶん投げる。
だがしかしその程度の火力ではフェンリルの毛皮をわずかに焦がすこともできなかった。
こちらは手加減するしかないのだが、向こうは当然おかまいなしだ。体当たりや鋭い爪による撫で斬り、牙による噛み砕き、そうした攻撃をアレンは紙一重でかわしていく。
(くそっ……! これ以上威力の高い魔法は放てないし……!)
フェンリルを傷付けることはなるべくしたくなかった。
「《氷結縛》」
「ッ!」
だがしかし、動きを止めるタイプの魔法は一切効かなかった。氷の拘束が完成する前に力尽くで脱出される。
どうせめるべきか、と考えあぐねていたところで――。
「ガアアアアアッ!!」
「げっ」
フェンリルの気合いの声とともに、その長い体毛が針のように射出された。
雨あられと降り注ぐ毛のせいで、あたり一帯に色濃い砂塵が舞う。そしてそれがぶわりと大きく揺れて……また目の前にはずらりと並んだ鋭い牙。
「おーっと……」
防御魔法がかかったままなので死にはしないが。
またヨダレまみれかあ……なんて、アレンが諦めたそのときだ。
「きゅう!」
「ガウッッ……!?」
「は……?」
アレンの前に影が飛び出し、フェンリルがぴたりと止まった。
おかげでアレンは目を丸くするしかない。
人ほどの大きさの真っ白な毛玉。それは紛れもなく――。
「ボーパルバニー……?」
「きゅうー」
ふれあいコーナーのウサギ型魔物が、なぜかそこにいた。





