六十三話 魔道動物園①
そうしてふたりは、まず園内の奥まった場所にあるふれあいコーナーを目指した。
柵で囲まれた中には平坦な芝生が広がっていて、中にはいろいろな魔物が放し飼いにされている。
交配を繰り返して大人しくなった、人くらいの大きさの品種改良ボーパルバニー。
礼儀正しい性格で、番犬に飼う金持ちもいるという二つ首の魔犬オルトロス。
空腹になると山をひとつ壊滅させるまで暴れまわるが、食べ物を与えている限り大人しい地獄カピバラ。
などなどなど。
あちこちでそんな魔物たちが客の差し出す餌を食んだり、ごろんと横になって腹を見せたりしている。飼育員が何人か事故が起こらないように目を光らせてはいるものの、ひどく呑気な光景だ。
おかげでアレンはくすりと笑う。
「ずいぶん気の抜けた場所だな。どうだ、気に入ったか、シャーロット……シャーロット?」
隣のシャーロットに話しかけても返事がなかった。
そっと様子をうかがって、アレンはぎょっとする。
シャーロットはわなわな震えながら、涙目でふれあいコーナーを拝んでいた。
「お、おい。どうした。大丈夫か」
「だ、だって……! あ、あんなに、あんなにもふもふで、ふわふわで、ころころなんですよ……!」
言語野に深刻なダメージがあったとしか思えないセリフだった。とうとうシャーロットはぐずぐず泣き出して、今度はアレンを拝みはじめる。
「い、生きてて良かったですぅ……! ありがとうございます、アレンさん……こんな天国が見れるなんて、もう思い残すことはありません……!」
「いやあの、まだ中に入ってもいないだろ……」
彼女の涙を見るのは何度かあったが、今回はちょっと様子がおかしかった。とりあえずハンカチを差し出しつつ、アレンは首をひねる。
(そんなにいいものか……? 単なる毛まみれの魔物じゃないか……)
アレンからしてみれば、どれもこれもただの魔物である。
だがシャーロットにとっては極楽浄土も等しい光景に映るようだ。
へたに刺激するのは避けつつ、やんわり入り口に誘導する。
「まあともかく、入るぞ」
「は、はい……! 心してもふもふさせていただきます……!」
ごくりと喉を鳴らし、シャーロットは決意を込めた眼差しで手近な魔物に近付いていく。
どこか戦場に出る勇者のような足取りだった。
(ふっ、だがそこまで気に入ったのなら……すこし手を貸してやるか)
そっとシャーロットから離れて、アレンは手近な場所にいたボーパルバニーに話しかける。
『なあ、ちょっといいだろうか』
『わっ。びっくりした。お客さん、ぼくらの言葉しゃべれるんだ』
『ほんの少しだけな』
魔物の言語なら、多少は心得がある。
このあたりの丘に出るというフェンリルのような高位の魔物には通用しないが、ボーパルバニー程度の雑魚なら問題なく意思の疎通ができるのだ。
魔物言語が話せる客が珍しいのか、ほかのボーパルバニーたちも集まってきた。大きなウサギたちはそろって首をかしげてみせる。
『それで、ぼくたちになにかご用?』
『実は俺の連れがおまえたちをいたく気に入ってな。遊んでやってくれないだろうか。かわりに好きな餌をあるだけ買ってやる』
『わーい! やるよ、やるやる!』
ボーパルバニーたちは嬉しそうにきゅうきゅうと鳴く。
これで買収は完了だ。アレンは意気揚々と振り返り――。
「おーい、シャーロット。こっちに来て……」
その場でぴしりと凍り付いてしまった。
目の前に広がっていたのは、実に異様な光景だ。
「えへへ……もふもふですぅ……」
数多くの魔物が寄り集まり、シャーロットを取り囲んでいた。その数およそ十数匹。
毛玉のベッドに沈んで、シャーロットはとろけんばかりの表情を浮かべていた。厳格な性格をしたオルトロスでさえ、子犬のように目を輝かせてシャーロットに腹を撫でてもらっている。
「かぴー」
そんなシャーロットに、食べ物に異様な執着を見せるはずの地獄カピバラが粛々とリンゴを差し出した。たったひとつの獲物を巡って親兄弟と殺し合いすら演じるという、あの地獄カピバラが……だ。
まるで百獣の王をもてなす儀式のようだった。
『わー! なんだかあの人やさしそー!』
『ぼくもぼくも! なでなでしてー!』
アレンが買収したはずのボーパルバニーたちも、勝手にそちらへ向かう始末。
おかげで他の客たちがざわめいた。
「あのおねーちゃんすごーい! 人気者だ!」
「さては名のある魔物使いだな……」
「やべー。カメラ持ってくりゃよかった」
アレンはひとり、呆然とするしかなかった。
じーっとその光景を見つめて、あごを撫でる。
「まさか、あいつ……」