六十二話 シャーロットの望む場所②
かくして次の日だ。
本日も快晴で穏やかな日差しが降りそそぎ、絶好のお出かけ日和となった。
「それでは夕方にお迎えにあがりますね~」
「うむ、感謝する」
人魚のコンシェルジュが馬車を繰り、手を振って宿へと帰っていく。下半身は魚のままだが、器用なものだ。仕事のスキルの高さがうかがえる。
まあ、それはともかくとして――アレンは顎を撫でて笑う。
「なるほど。ここに来たかったのか」
「ふ、ふええ……」
シャーロットは真っ赤な顔でうつむいてしまう。
だが目線はちらちらと前方へと向けられていて、困惑半分、期待半分といった様子だ。瞳もどこかキラキラしている。
ふたりの目の前にそびえるのはカラフルな入場ゲートだ。
そこにはこう書かれていた。
いわく……ユノハ魔道動物園。
その名の通り、魔道動物――魔物を飼育しているテーマパークだ。実際は研究施設の側面が強いのだが、一般市民に広く開放されており人気も高い。
世界各地にこういった施設があるものの、ここはかなり大きい方だ。万古竜やフェニックスといった珍しい魔物もいるらしく、国内外からの人気が高い。アレンも昔、名を小耳に挟んだことがあるほどだ。
アレンはパンフレットを広げて唸る。
「一日かけてやっと見終わるくらいだな。まあ、ゆっくり回るか」
「で、でも……いいんですか?」
シャーロットがおずおずと申し訳なさそうに口を開く。
「私のわがままを聞いていただいて……お付き合いいただくのも、なんだか申し訳ないです」
「なに、俺は別に行きたいところもないしな。たまにはこんな場所も悪くない」
アレンは鷹揚に笑いつつ、小首をかしげる。
「それにしても魔物が好きなのか? まったく知らなかったぞ」
「ま、魔物さんというより……ガイドブックに書かれていた『動物園のふれあいコーナー』が気になりまして……」
「ああ、なるほど。これか」
パンフレットの地図を探せば、たしかに『ふれあいコーナー』というものが見つかった。大人しい魔物を放し飼いしていて、自由に餌をやったり撫でたりすることができるらしい。
アレンは大いに納得するのだが、なぜかシャーロットはますます小さく鳴るばかりだ。
「うう……子供っぽくてすみません……」
「なにを言うか。見てみろ」
「へ?」
縮こまるシャーロットの肩を叩き、入場ゲートを示す。
中に入っていくのは、小さな子供を連れた家族連れや、アレンたちと似たような世代の若者グループ、お年寄りのツアー客など様々だ。
それを見てシャーロットはあんぐりと口を開ける。
「こ、子供だけが行く場所じゃないんですか……?」
「見れば分かるだろう。動物園に年齢なんて関係ないんだ。だから恥ずかしがることはないんだぞ」
「そ、そうだったんですか……」
シャーロットはびっくりしたように、ゲートへ吸い込まれる人々を凝視する。その反応を見て、アレンはふと気付くのだ。
「……ひょっとして、こういう場所に来るのは初めてか?」
「はい……絵本では読んだことがあったんですけど」
昔、まだ母とふたりで暮らしていたとき、近所の子供からお古の絵本をもらったのだという。
すり切れるまで大事に読んだその本には、かぶり物をかぶる子供や、動物たちとふれあう子供がたくさん描かれていて……。
「いつか、行ってみたいなって……ずっと思っていたんです」
そんなことを語りながら、シャーロットはどこか夢を見るような眼差しで、ぼんやりと動物園のゲートを見つめていた。それはまるで置いてきぼりにされた幼い子供のような横顔で……アレンは胸が締め付けられた。
だがそれはおくびにも出さず、不敵に笑う。
「よし、だったら今日は全力で楽しもうじゃないか。子供に戻った気になってな!」
「は、はい……!」
ぱっと顔を明るくしたシャーロットを連れて、アレンはゲートをくぐった。
(これはもう……何がなんでも楽しませるしかなさそうだな)
今日はシャーロットの失われた子供時代を取り戻す。そのためにも全力で甘やかし、付き合おう。そう誓った矢先のことだった。
「あっ」
園内に足を踏み入れたとたん、シャーロットの足がぴたりと止まった。
不思議に思って視線を追えば、売店のスタンドが目に入る。
そこで売られていたのは、猫だか犬だか分からない耳がついたうかれたカチューシャだった。子供やカップルがこぞって買い求めていて、浮ついた空気が漂っている。観光地ならではの光景だ。
アレンはくすりと笑う。
「欲しいか?」
「えっ、えっ、でも……」
「今日は遠慮は無用だ。ほら、好きな色を選べ」
そう言ってシャーロットをスタンドまで連れて行き、物色させる。
最初は戸惑っていたものの、すぐに目を輝かせて選び始めた。入場前に浮かんでいた物憂げな色は、綺麗さっぱり消えている。
アレンはそれに大満足だったが……やがてシャーロットが心を決めた。
「そ、それじゃあ……こ、これを、お願いします……!」
「ああ、了解し……待て、なんでふたつなんだ」
シャーロットが選んだのは、薄茶の猫耳と、白地に黒のぶち模様がついた猫耳だ。
首をかしげていると、シャーロットはおずおずと告げる。上目遣いで、祈るように。
「あ、アレンさんも一緒に……つけませんか?」
「………………」
絶句。それ以外に反応のしようがなかった。
だがそのせいでシャーロットはしゅんっと肩を落としてしまう。
「あっ、こんな子供っぽいの、アレンさんはお嫌ですよね……すみません……」
「嫌なわけがあるか! 店員! 会計を頼む!」
「まいどありー」
アレンは勢いのままに銀貨を二枚支払った。もうここまで来るとヤケである。
かくしてふたりとも、浮かれた猫耳を装着する運びとなった。
もちろんシャーロットが薄茶で、アレンが白地のぶち模様だ。
シャーロットは目を輝かせてアレンの頭を凝視する。
「わああ……お、お似合いです! かわいいです、アレンさん!」
「そ、そうか……」
それを言うならシャーロットの方が似合っていると思うのだが、うまく言葉が出てこなかった。
笑顔が引きつるのは仕様だ。
(知り合いに見られたら……消すしかないな)
記憶か、命か。それはその場合によりけりだろう。