六十一話 シャーロットの望む場所①
そしてその夜。
「本当に……本日はありがとうございました!」
「いやいや、とんでもない」
宿のレストランで食事をしていると、人魚のコンシェルジュがわざわざ挨拶にやってきた。
どうやら彼女は宿のスタッフの中でもかなり役職が上の者らしい。
目をキラキラ輝かせて、祈るように指を組む。
「お客様のおかげで、本日はアイスの売り上げが三倍に伸びたんです! おまけにアイスが溶けない魔法もスタッフに教えていただいて……感謝してもしきれません!」
「そんな大袈裟な……大したことはしていないから気にしないでくれ」
アレンは苦笑してかぶりを振る。
するとシャーロットがステーキを飲み込んでふにゃりと笑う。
「皆さん喜ばれてましたもんね。やっぱりアレンさんはすごい魔法使いです」
「おまえまで……たかだかアイスが溶けないようにしただけだぞ」
だが、たしかにあの場にいた客たちはみな笑顔になっていた。
簡単な魔法だったというのに効果は抜群。ただシャーロットを喜ばせるだけのはずが、あちこちから感謝された。
街での一件と同じである。
(むう。不思議なこともあるものだなあ……)
そう思いはするものの、どのみちシャーロットを喜ばせるというミッションは成功した。おかげでアレンはその点に関しては非常に満足だった。
だがしかし人魚のコンシェルジュは、どうしても感謝がし足りないらしい。
祈るように指を組んで、キラキラした目でアレンを見つめる。
「ぜひともお礼をさせてください。明日の観光の予定はお決まりですか? もしよろしければ、当ホテルが全面バックアップさせていただきます!」
「ありがたい話だが……特に考えていなかったからなあ」
「私も温泉に入ることしか……」
シャーロットと顔を見合わせていると、人魚はにこやかに手を揉む。
「このあたりは観光名所がいくつもございますから、ご相談いただければ完璧なプランをご提供いたしますよ?」
「ふむ。例えばどんな場所があるんだ?」
「そうですねえ、ダイビングスポットや海水浴場……」
彼女が指折り挙げるのは、どれも海辺の観光地によくあるものだ。特に興味を惹かれなかったが、最後のひとつはすこし毛色が違っていた。
「あとは、フェンリルが見られる丘なんかもございますけど」
「なに、このあたりはフェンリルが出るのか」
アレンはかすかに目をみはる。
フェンリルといえば、かなり高位の魔狼である。
争いを好まぬ気高い気性で、滅多なことでは人前に姿を現さないため、一目見ることができれば幸運を授かると言われている。
アレンもこれまで目にしたことは一度や二度だ。
大いに興味をそそられたが、人魚の彼女は苦笑する。
「でも、今行っても無駄足になるかと思われます。今は子育てが忙しい時期なので、滅多に山から下りてこないんです」
「なるほど……タイミングが悪いな」
「ですが、魔物関連ならもっとオススメのスポットがございますよ」
人魚は手応えを感じたのか、キランと目を輝かす。
そうしてびしっと告げるスポットとは――。
「ずばり、ユノハ魔道動物園です!」
「っ……!?」
「……ほう?」
その名が上がった瞬間、シャーロットの目がキランと光ったのを、アレンは見逃さなかった。