六話 隠居魔法使い、悪役令嬢を拾う⑤
「名目は住み込みのメイドだ」
任せる仕事は家事全般。手当はもちろん出すし、三食に加えておやつ付き。
この屋敷は無駄に広く、部屋数は余っているので、シャーロットひとりくらい増えてもなんの問題もないのだ。
そうざっくり説明すると、彼女はハッとしたように慌て始める。
「さっきの話を聞いてましたか!? 私はお尋ね者なんですよ!?」
「まあ確かに……そんな女を匿うなど、愚かとしか言いようがないがな」
アレンの中の冷静な部分が、今すぐ撤回しろと喚き立てる。
彼女は厄介ごとの塊だ。人と関わりたくない一心でこんな森の奥で暮らすアレンにとっては疫病神もいいところ。
それでも、見捨てるわけにはいかなかった。
「さっきも言ったが……俺も昔、おまえのように裏切られたことがあるんだ」
「っ……あなた、も」
「アレンだ。アレン・クロフォード」
シャーロットの目をまっすぐに見つめ、アレンは薄く笑う。
今から三年ほど前のことになる。
アレンは見聞を広めるべく旅に出た先で、とあるパーティに仲間にならないかと誘われた。
彼らは魔法使いのメンバーを探していて、これから世界中を冒険するつもりだという。
彼らの巧みな語り口に、アレンはまだ見ぬ冒険と、仲間たちとの楽しい旅を夢想した。
アレンはこれまで天才肌故、他人から理解されることが少なく、友と呼べる存在はほとんどいなかったからだ。
だがしかし――彼らは最初からアレンを利用するつもりだった。
「やつらは俺を使って、封じられた古代の神殿を暴いたんだ。狙いは財宝。封印を解いた俺はお払い箱で、魔物の群れのただ中に放置された」
「そ、そんな……そんなのひどいです……!」
「まあ、昔の話だ」
アレンはかぶりを振って、苦笑いを浮かべる。
あのときはからくも生き延びることができたものの、おかげで人間不信に拍車がかかってしまった。
シャーロットの手をそっと握る。
「あのときの俺には、誰も救いの手を差し伸べてくれる人はいなかった。だから俺は……似た境遇のおまえを放っておけないんだ」
「……アレンさん」
シャーロットが瞳を潤ませる。
……ちなみにそのアレンの元仲間たちだが、今は全員この国の牢獄で暮らしている。
アレンが彼らの犯罪の証拠を片っ端から取り揃え、身柄と合わせて司法に突き出してやったからだ。
そのついでに何重にも呪いをかけてやったから、今頃はみな仲良く牢の中で、慢性的な不眠と頭痛と便秘に悩まされていることだろう。
それを思うだけで、アレンは毎度の食事がとても美味くなる。
おまけにこの件で、国から報奨金がたんまりと出た。
どうやら元仲間たちはあちこちで悪さを働いていたらしい。おかげでこの屋敷を現金で買って、悠々と隠居することができたのだ。
人間不信は加速したが、お釣りが出るくらいの復讐は済んでいる。
とはいえ、そのことはシャーロットにはひとまず秘密にしておく。同じ裏切られた経験を持つアレンの言葉は、彼女の胸に深く突き刺さったことだろうから。
だがしかし、シャーロットはかぶりを振ってみせるのだ。
「で、でも、それじゃアレンさんのご迷惑になります! お気持ちはうれしいですが……お受けすることはできません!」
「そうか……なら仕方ないな」
なかなか強情な少女だ。
そうなると――。
「ならば最終手段だ」
アレンはぱちん、と指を鳴らす。
すると彼の衣服の上。心臓のあたりに、赤く輝く紋章が現れた。禍々しいそれは、アレンが得意とする呪いの証しだ。
小首をかしげるシャーロットに、彼はにやりと不敵に笑う。
「たった今、俺は自分に死の呪いをかけた」
「……えっ?」
シャーロットが再びぽかんとする。
そこにアレンはビシッと人差し指を突きつけて、勢いよく畳み掛けるのだ。
「おまえが『ここで働く』と言わない限り、俺はこの呪いを解除しない! つまり……今から三分後に俺の心臓は活動を停止する!!」
「はいぃ!?」
「さあ早く決断するといい! さもなくばおまえのせいで、無実の一般市民が命を落とすことになるぞ!!」
「なんでそうなるんですか!? あと、言い方が悪い人みたいですけど……私を助けようとしてくれている、いい人なんですよね!?」
「ふはははは、もちろん俺は善良そのものだ! さあどうするシャーロット! 残り二分三十一秒だ! 付け加えて言うなら、すでに呼吸がしづらくなってきているぞ!!」
「も、もっとご自分を大事にしてくださいぃ!!」
そういうわけで、一分も経たないうちにシャーロットはこの屋敷に住むことを了承してくれた。真っ青な顔で、泣きながら。