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五十六話 いざ、温泉旅行へ①

 かくして、その次の日。

 

「わ、あー……」

 

 馬車の窓から顔を出して、シャーロットが感嘆(かんたん)の声を上げる。

 外に広がっていたのは一面の草原だ。初夏の日差しに照らされて、新緑の緑が踊る。山々ははるか遠く、駆け抜ける風も穏やかだ。


 なんの変哲も無い景色に、シャーロットは釘付けだった。

 思っていたよりも上々な反応にアレンは苦笑する。

 

「喜んでくれてなによりだが、そんなに見惚れるほどのものか?」

「は、はい。ニールズ王国は山が多いので……こんなにきれいな平地は初めて見ました」

 

 シャーロットはにこやかに言ってから、重いため息をこぼしてみせる。

 

「こっちの国に逃げてくるときは、荷馬車の中に紛れ込んだんですけど……あのときは景色を楽しむ余裕なんてありませんでしたから」

「そ、そうか……」

 

 広げる話題をミスったらしい。

 アレンは動揺しつつもフォローに回る。

 

「まあしかし、こちらの地方はずいぶんな田舎だからな。おまえの手配書なども回っていないらしい。安心して羽を伸ばすといいぞ」

「はい。変装なしでお出かけできるなんて、夢みたいです」

 

 シャーロットは金の髪のまま屈託(くつたく)無く笑う。

 そんな姿を見てアレンは胸をなでおろしつつ、シャーロットにならって外をのぞく。

 心地よい風が頬を撫でる。空気も新鮮で、たしかに気分がよかった。

 

「まあ……悪くはない景色だな」

「ふふ。そうでしょう?」

 

 ふたり小さく笑い合い、しばし無言で景色を眺める。

 風と蹄の音だけが重なって、穏やかな時間を彩った。


 ここはユノハ地方と呼ばれる場所だ。アレンたちが暮らす屋敷から北東の方角に、馬車で三時間ほどの距離にある。

 今日からこの地方で……二泊三日の温泉旅行だ。

 

 アレンはこっそりと口の端を持ち上げる。

 

(しかし街の連中も(いき)な真似をしてくれる。まさか旅行を進呈してくれるとは)


 先日、シャーロットのお出かけを守るため、アレンはメアード地区と呼ばれる場所を制圧した。そこは四六時中ゴロツキ崩れの冒険者が大勢たむろしているような場所で、街の人々にとって悩みの種であったらしい。


 だが、アレンの手によって、その地区にいた者たちはほとんどが強制的に改心した。

 今や彼らはまっとうな冒険者稼業に精を出し、地区のゴミ拾いなどにも精力的に参加しているらしい。あの後も定期的にイビリに行ったのが正解だったようだ。


 結果として、アレンは街の治安維持に貢献した。その功績を(たた)えるべく、街の商店が属する互助会から金一封が出たのだ。

 つまりこの旅行はタダである。

 遠慮しがちのシャーロットも、タダならなにも文句はないだろう。

 それなのに、彼女は困ったように眉を寄せてみせる。

 

「でも……本当に私がご一緒してよかったんですか? エルーカさんをお誘いした方がよかったのでは?」

「いや、あいつは野暮用があるらしい」

 

 エルーカは数日街を離れると言っていた。

 用事はおそらく、アレンが頼んでおいたニールズ王国の調査だろう。


 とはいえそれがなくとも、間違いなくアレンはシャーロットを誘っていた。なぜいい年をした兄妹が一対一で旅行に繰り出さねばならぬのか。血を見る喧嘩が毎時間起こるのは確実だった。

 

「それより見えてきたぞ。あそこが今日から泊まる宿だ」

「あ、あれが……!」

 

 いつの間にか、車窓から見える景色はすこし変化していた。


 馬車の向かう先、平原が途切れて青い大海原が見渡せる。そしてそのすぐそばの崖の上には、大きな建物がそびえていた。淡いクリーム色の建造物で、ヤシの木がその周りをぐるりと囲む。


 このユノハ地方で今一番人気の、リゾートホテルだ。

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