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五十一話 大掃除の後で②

 背後から声をかけられて、アレンの肩がびくりと跳ねた。

 ゆっくりと振り返ってみれば……そこにはシャーロットが立っていた。亜人の彼女らが報告してくれた通り、朝出かけた時と変わりない。バッグを提げたまま、顔をぱっとほころばせる。


「ほんとにアレンさんがいらっしゃいました。みなさんのおっしゃっていた通りですね」

「『みなさん』……?」


 そこでアレンは眉をひそめる。


 シャーロットのため、街のゴロツキどもを粛清(しゆくせい)して回っていたことを知るのは当事者たちのみ。だが、そのゴロツキどもにはきちんと口止めしておいたはず。


 ちらりと辺りを見回すと、死屍累々(ししるいるい)と転がっていたはずの彼らが起き上がり、にわかに湧きたち始める。


「おお、女神様だ……!」

「なんと神々しいお姿なんだろう……」

「くうう……! 大魔王め、俺たちの女神様を(たぶら)かしやがって……!」


 あちこちから上がるのは、崇拝の声やら恨み節ばかり。

 どうやら、口を滑らせた者はいなさそうである。


(では、どこから漏れた……?)

 

 アレンが首をかしげていると、シャーロットはにこにこと続ける。

 

「大通りを歩いていると、道行くみなさんがアレンさんのお話をしていたんですよ。『大魔王さんがやってくれた』とか『これで街も平和になる』とか……それで、気になって見に来てみたんです」

「はあ……?」

「あ、言うのを忘れてましたのにゃ」

 

 そこでミアハがちょいちょいとアレンに手招きする。

 ひそひそと耳打ちすることには――。

 

「魔王さん、すっかり街中の噂になってますにゃ」

「……なぜだ?」

「なぜって。この一画は街でも悩みのタネでしたからにゃー。一気に制圧してくれたおかげで荒くれ者も減りそうで、みーんな大助かりってわけなのですにゃ」

「よかったじゃん、おにい。計らず人助けになったね」

「むう……」


 エルーカもにこにこと()(たた)えてくるが、アレンは複雑だった。

 それもこれも、ただシャーロットのためにやっただけのこと。

 

(まさか他人の利益に繋がるとは……わからないものだな)

 

 おまけに不特定多数から感謝されるとなるとあまり経験がないことだ。言動のせいで誤解されっぱなしなのは理解していたが、改める気も毛頭なかった。

 だからいつもの調子でやったことが善行になるとは……なんだかむず(がゆ)い気持ちになる。


 そんなふうに内緒話を繰り広げていると、シャーロットは小首をかしげて辺りを見回す。


「今日はどうされたんですか? みなさんで運動会……とか?」

「うむ。そんなところだ。稽古をつけてくれと頼まれてな」


 アレンはしれっと告げる。

 あちこちから「よく言うよ……」だの「女神様には頭が上がらないんじゃ……」だの「大魔王を手懐けるとは、さすがは女神様……」だのといった密やかなヤジが飛んでくる。


 地獄耳を生かして、ひとまずそちらはジロリと(にら)んでおいた。

 シャーロットはそれに気付きもせず、のほほんと笑う。


「運動会が流行なんですかね? 今日はあちこちでお怪我をされた方をお見かけしたんですよ。おかげでアレンさんからいただいた魔法薬、ほとんど使い切っちゃいました……すみません」

「いや、ちょうどいい在庫処分になった。安物だし気にするな」

 

 本当はひとつ銀貨三枚で売れるようなそこそこ上等なものではあったが、アレンはおくびにも出さなかった。

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