四十六話 迷い道ハプニング②
ミアハが半笑いで見る先、首に大蛇を巻いた大柄な男がうなだれていた。
毒蛇の牙の元・リーダー、グローである。元がつくのは先ほどアレンにあっさり負けたためだ。
頭に大きなコブをこさえているし、首の蛇も疲れたようにぐったりしていて覇気がない。
「なんで俺様がこんな目に……」
「仕方ないっすよ……あんな奴に目を付けられたのが運の尽きっす……」
それを手下のひとりが宥めてみせる。
シャーロットを全力でもてなす一画とは異なり、そこだけ完全に哀愁が漂っていた。
すると――。
「あ、あの……」
そこに、おずおずと声をかける者がいた。
シャーロットだ。用意された席からわざわざ立って、グローの顔を覗き込む。相手はなかなかゴツめの出で立ちなのでちょっぴり及び腰だが、その目には恐怖を上回る決意がにじんでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……へ?」
「えっと、その、お、お怪我をされているようですから……」
シャーロットは気遣わしげにグローを――その頭にできたタンコブを見上げる。
そうしてカバンをゴソゴソとあさり、小瓶を取り出してみせた。
「これ、魔法のお薬なんです。良かったら使ってください。蛇さんにもどうぞ」
「っ……あ、ありがとうございます!」
グローはそれを半泣きで受け取った。
急に王座を追われて凹んだ矢先、思わぬところで手を差し伸べられたのだ。どんなにスレた人間でも、心にじーんとくるに違いない。
シャーロットはコブやアザを作った者が他にもいることに気付いたのだろう。カバンからいくつも魔法薬を取り出して甲斐甲斐しくひとりずつに配っていく。
そんな光景を目の当たりにして、エルーカが呆れたようにぼやく。
「あのカバン、魔法道具だね……中が亜空間になってるから、アイテムがかなり入るタイプの」
「それにしたって、めちゃくちゃ出てきますにゃ……お薬、いくつくらい入ってるんですにゃ?」
「うーん。一応、三桁単位で持たせたかな」
「算数がお出来にならないのですにゃ?」
「街に出かけるだけで何があると思ったのよ」
ふたりは胡乱な眼差しを向けてくるが、これにもちゃんと理由がある。
シャーロットのことだから、怪我をした犬やら猫やらに出くわしたら、まず間違いなく助けようとするだろう。そんな場合に右往左往しなくてもいいように魔法薬を大量に持たせ、安物だから好きにばら撒けと言っておいたのだ。
まさかこんな風に使われるとは思っていなかったが。
シャーロットはその場のひとりひとりに声をかけ、魔法薬を手渡していく。
無理やり騒いで歓迎していた一団が、水を打ったようにシーンとした。しかし、やがて誰かがぽつりと言う。
「女神だ……」
「ああ、女神様だ……」
「女神様……! 俺、これからは心を入れ替えて真面目に生きます……!」
「あ、あわわ。みなさん、どうしたんですか」
グローがシャーロットの足元にひざまずき、わんわん泣いてそんな宣言を叫ぶ。
おかげで場の空気は一気に最高潮となり、新たな宗教がこの世に誕生した。
これは予想外の展開だが……アレンは満足げにうなずくのだ。
「ふっ……シャーロットめ。中々どうして人の心を掴むのが上手いじゃないか」
「あたしこれ知ってる。マッチポンプってやつだ」
「意図してないあたりがタチが悪いですにゃー」