四十四話 ひとりのお出かけ②
三人は建物の陰から陰へと移りながら、シャーロットを追いかける。
「そういえば、おにい。シャーロットちゃん、なんで街に来たがったの?」
「むう……買い物がしたいとしか聞いていないな」
「何を買うかは伺っていないのですにゃ?」
「それとなく聞いたんだが……」
もちろんアレンも、シャーロットがなにを欲しがっているのか気になった。だがしかし、彼女は迷ったように目をそらしてから――。
『それはえっと……ひ、秘密です!』
ひどく真面目な顔で、断言したのだった。
「……結局、教えてもらえなかったんだ」
「ありゃー……」
「それは魔王さん、ショックでしょうにゃー」
「ああ……」
気遣わしげなふたりに、アレンは重々しくうなずく。
あのシャーロットがアレンに秘密を作るなんて、少し前までなら想像もできなかったことだ。アレンは口元を押さえて、呻く。
「秘密ができたなんて、自我がしっかりしてきた証しだ……! 偉いぞ、シャーロット! 次はわがままを言って俺を困らせるくらいになろうな……!」
「キモいを通り越して、ちょっと心配になってきたんだけど……」
エルーカがドン引きの目を送りつつも、首をひねる。
「てか、このまま見守ってたら、シャーロットちゃんが買いたいものも分かっちゃうんじゃないの? 勝手に秘密を暴いちゃうことになるけどいいわけ?」
「なに、その場合は即座に魔法で記憶を消すから問題ない」
「ちょっと胸焼けするくらい覚悟が重いのですにゃ」
そんな益体のない会話を繰り広げているうちにも、シャーロットはどんどん進む。
気付けば彼女は人通りの少ない裏道へと入り込んでいた。地図を睨みながら「あれ?」とか「おかしいです……」なんて声が、後方で見守る三人のもとまで聞こえてくる。
おかげでアレンは首をかしげる。
「こんな辺鄙な場所に、あいつが行きたい店なんてあるのか?」
「あー……これはひょっとして道を間違えてるんじゃない?」
「なっ!? だ、大問題ではないか!」
おもわずアレンはギョッとしてしまう。
とはいえ、道に迷ったら人に聞くようにシャーロットには言ってある。適当な場所まで出たら、きっと通行人を捕まえることだろう。
「いやでも……こっちはマズイですにゃ」
「む……どういうことだ」
胸を撫で下ろしかけるが、ミアハが固い声で告げる。
どこか青白い顔で、シャーロットが向かう方をにらみながら――。
「この先はメアード地区といって、あんまり治安がよろしくない場所なのですにゃ。素行のよろしくない冒険者たちが、四六時中たむろしていますのにゃ」
「なにぃっ!?」
「あっ、あたしも聞いたことあるかも……その入り口付近を仕切ってるのが、超絶危険な冒険者パーティなんだっけ」
「はいですにゃ。その名も毒蛇の牙」
毒蛇使いのグローと呼ばれる男を筆頭に集まった、ならず者集団。
よそパーティの獲物を横取りしたり、恐喝ゆすりは当たり前。迷い込んだ一般市民から有り金を巻き上げたりと、典型的な冒険者くずれの犯罪者集団らしい。
それが……これからシャーロットが向かう先を根城にしているのだという。
エルーカとミアハがこそこそ言葉を交わすうちにも、シャーロットは裏通りを進んでいく。不安感からか足取りはゆっくりしたものだが、いずれその危険な地区にたどり着くのは間違いないだろう。
「どうする、おにい。あたしが出て行って、偶然出くわした振りして引き止める?」
「いや……正面切って手出しすることは極力避けたい」
これは、ただのお出かけなどではない
シャーロットが自分の意思で決めた冒険だ。
それに水を差すことは絶対にしたくなかった。アレンはしばし考え込んで……ぽんと手を打つ。
「よし。ひとまずこの場はおまえたちに任せよう」
「えっ、おにいはどこに行くのさ」
「ちょっとした野暮用だ。頼んだぞ!」
「行ってらっしゃいませにゃ~?」
不思議そうにするふたりを残し、アレンは飛び上がって屋根の上をひた走った。