四十二話 アレンの苦悩とシャーロットの挑戦③
ふたりはきょとんと顔を見合わせていたが、すぐにそろってため息をこぼしてみせた。
「いやだって。くだらなさすぎますのにゃ」
「くだらないとは何だ! くだらないとは! 俺は真剣に悩んでいるんだぞ!」
ミアハの軽い反応にアレンはがたっと立ち上がる。
一方でエルーカは顎を撫でてうなるのだ。
「てか、シャーロットちゃんがそんなこと言い出すなんて珍しいね。万が一正体がバレて捕まったら、おにいに迷惑がかかるからって我慢しそうなもんなのに」
「……ああ。あのときもすぐそれに気付いたようで、撤回したんだが……」
シャーロットはしゅんとして『今のは忘れてください』と苦笑してみせた。
その寂しげな表情がアレンの心臓に火をつけたのだ。
アレンは扉に背を預けて、顔を覆う。
「そう言われると……意地でも叶えてやりたくなるだろう」
「で、安請け合いしちゃったってわけねー」
「難儀なお人なのですにゃー」
エルーカとミアハはやれやれと肩をすくめる。
心底どうでもよさそうな反応にイラッとしたが、アレンは反論の余地がない。全くその通りだと思えたからだ。
アレンの魔法があれば絶対に正体がバレることはない。そう説き伏せて、ひとりでの外出を快諾した。
かくして本日、シャーロットは旅立つことになったのだ。
そう言うと、エルーカは「は?」と真顔になった。
「いや、旅ってそんな大袈裟な。ここから街まで徒歩二十分くらいじゃん」
「長距離も長距離だろうが! こんな足元の悪い森の中でシャーロットが転んだりしたらどうするんだ!!」
「新米パパも真っ青な過保護ぶりですにゃ」
ふたりともちょっぴり冷たい目をアレンに向ける。
そうは言うが、この辺りの散歩でさえアレンが常に付き添っているのだ。プライベートな時間以外はほとんど一緒にいるし、目を離すことはない。
そんなシャーロットを、今回は徒歩二十分先の魔窟にひとりで送り込むという。
気がどうにかなりそうだった。
(しかし、初めてシャーロットが望んだことだ……! ここで叶えてやらねば男が廃るというものだろう……!)
それに、今屋敷の中でシャーロットは旅立ちの準備を進めている。
朝も早くからあれこれ用意している彼女に『やっぱりダメだ』なんて言えるわけがない。
図太く、他人からの評価など毛の先ほども気にしないアレンではあるものの、シャーロットを悲しませるような真似は絶対にしたくなかった。
そこでふと、己の心の変化に気付く。
(……ますます最近、あいつのことが気になるな。なんなんだ?)
笑ってほしいと思うし、泣いている顔など見たくはない。
その思い自体は最初に抱いたものと変わらない。ただそれが何倍にも膨れ上がってしまっているのだ。
その理由がアレンはよくわからないのだが……何だか柄にもないようなことを考えてしまいそうになって、慌てて思考を追い払う。
そんなアレンに、エルーカは憮然とした表情を浮かべてみせる。
「ってゆーかさあ……おにいの悩みなんて簡単に解決するじゃん」
「なに……?」
「はいですにゃ」
ミアハも軽くうなずいて。
「一人で行かせてあげたくて、でも心配……だったら魔王さんがやるべきことはひとつですにゃ」
「俺が、やるべきこと……」
アレンはしばしじっくり考え込む。
そして……あっと驚く妙案を閃いた。
「っ……! こっそりついて行って、見守ればいいのか!」
「なんでこの程度が思いつかなかったんだろ、この人……」
「ほら、うんたらは人をバカにすると言いますのにゃ」
女子ふたりに真っ向から陰口を叩かれつつも、アレンは新たな決意に燃える。
かくして、今日のイケナイことが決定した。
ずばり……ひとりでの外出だ。