四十一話 アレンの苦悩とシャーロットの挑戦②
アレンがテーブルごしに差し出した皮の小袋を見て、シャーロットが目を丸くする。
三秒経ってその中身を察したらしい。ガタッと椅子を立って叫ぶ。
『お、お給料だなんて……! そんなのいただけませんよ!』
『何を驚く。雇うと言ったからには当然給料は出す』
『でも私……できるのはまだお掃除くらいですよ?』
最近は料理も勉強しているようだが、焦げた目玉焼きや薄いスープが関の山。つまりはまだアレンと同レベルの腕前だ。
シャーロットは申し訳なさそうにしゅんっとして肩を落とす。
『お金をいただけるほど、お役に立てているとは思えないんです。むしろお家賃をお支払いする側かと……』
『なにを言う。毎日ちゃんと掃除してくれるだろう。おかげで家が埃っぽくなくて快適なんだ』
アレンはゴミ溜めでも余裕で暮らせるが、快適な場所が嫌いなわけではない。シャーロットがあちこち気付いて掃除してくれるおかげで、アレンの生活の質は格段に跳ね上がっていた。
『だからこいつは、労働への正当な対価だ。どうか取っておいてくれ』
『……わかりました』
アレンの押しの強さを嫌というほど知っているからか、シャーロットはおずおずと皮袋を受け取った。そうしてそっと中をのぞいてぎょっとする。
『き、金貨が五枚も!? さすがにこれはいただきすぎですよ!』
『そうか? これでもおまえが気後れすると思って減らしたんだが……』
『元々どれだけ入っていたんですか!?』
正確な枚数はわからないが、袋が裂けそうになるくらいには目一杯詰め込んでいた。それを言うとシャーロットが困るのは分かっていたため、アレンはさらっと話を変える。
『まあまあ。貯金するのもいいが、できたらちょっと使ってみるのをオススメするぞ。これまで自由にできる金なんてなかっただろ』
『それは……そうですけど』
日用品も服も靴も、あらかたアレンが買い与えたので困っている様子はない。
だがしかし、シャーロットはあまり自分から希望するものを言うことはなかった。居候の負い目があるから当然なのだろうが、アレンからすれば面白くはない。
『したいこととか、欲しいものとか。なんでもいいから使ってみろ』
『でも、特に……あっ』
そこでシャーロットは何かに気付いたようにハッとした。
皮袋とアレンを交互に見て、ごくりと小さな喉を鳴らす。
なんだか不思議な反応だが……お金の使い道に、思い当たるものがあったらしい。
シャーロットは居住まいを正し、上目遣いにアレンを見つめる。
『それじゃあ、えっと……できたら、でいいんですけど……』
『おう。なんだ、なんでも言ってみろ』
シャーロットが初めて自分の希望をちゃんと口にしてくれる。
そんな予感に、アレンは嬉々として先を促すのだが。
緊張した面持ちでシャーロットが告げた言葉に、息を飲むことになった。
『ひとりで……街に出てみたいです』
回想終了。
昨日の光景がまざまざと脳裏に蘇り、アレンは頭を抱えて呻くしかない。
「街にあいつをひとりで送るなんて……猛獣の檻に霜降り肉を投げ入れるようなものだ! 絶対に認められるわけがない!」
先日のようにゴロツキに絡まれるかもしれないし、迷子になるかもしれない。転んで怪我をするかもしれないし……正体がバレて捕まってしまうかもしれない。嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。
「だがしかし、シャーロットの望みはできるだけ叶えてやりたいし……俺は一体どうすれば……む?」
そこでふと、気になって顔を上げる。
「えーっ。あのパンケーキ屋さん、そんなに不味いんだ。毎日行列できてるのになー」
「ほとんどサクラなのですにゃ。あそこに行くくらいなら、むしろ裏通りの――」
「聞けよ! おまえら!?」
完全にアレンをガン無視で、きらきら女子トークを繰り広げるエルーカとミアハだった。