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四話 隠居魔法使い、悪役令嬢を拾う③

「さてと。あとは目覚めるのを待つだけか」


 アレンはリビングでため息をこぼす。

 部屋の中は雑然としていた。カビたパンや、干からびた薬草。その他諸々のゴミともガラクタともつかない物が、床も見えないくらいに積み上げられている。


 そんななか、革張りのソファーが置かれた一角だけが、かろうじて歩けるレベルには整理されていた。

 そこがアレンのお気に入りの場所だからだ。読書をしたり、昼寝をしたりと、余った時間のほとんどをそこで過ごしている。


 そして今……そのソファーには、例の少女が眠っていた。

 こんこんと眠り続ける彼女の顔を見つめながら、アレンは(あご)を撫でてうなる。


「国が動くほどの重罪人、なあ……とてもそうは見えないんだが。とはいえ、人は見かけによらないとも言うし……」


 どちらにせよ、彼女が目覚めるまではどうしようもない。


 手持ち無沙汰(ぶさた)で、アレンは朝の新聞を広げる。

 一面に書かれていたのは、隣のニールズ王国にて繰り広げられた、第二王子をめぐる陰謀劇だ。


 どうやら彼の婚約者はとんでもない毒婦であったらしい。国税を使った豪遊や不特定多数の男との密会を重ねただけでなく、国王の暗殺を企てたという。

 王子はその悪事をすべて暴き、国を救った。


 おかげで国内は大騒ぎ。その婚約者は忽然(こつぜん)と姿を消したらしく、懸命な捜索が行われているという。


 この顔にピンときたらご一報を、という文句と合わせてそのご令嬢の似顔絵が載っていた。

 

「ほう……?」

 

 アレンが眉をひそめたそのとき。

 

「う、うーん……」

「おっ。起きたか」

 

 少女が身じろぎ、ゆっくりと目を覚ました。

 きょろきょろと辺りを見回して、アレンを見てびくりと肩を震わせる。

 

「ど、どなたですか……?」

「なに。行き倒れていたおまえを拾った者だ」

 

 横柄にそう言って、アレンはガラクタの山からポットと茶葉を探して手早く紅茶を淹れる。

 欠けたカップを手渡せば、少女はおずおずと受け取った。ぬるい紅茶に少しだけ口をつけて、小さく吐息をこぼす。おかげでわずかだが、頰にも血色が戻ったようだ。


 それでもまだ夢でも見るように、ぼんやりしている。

 少女がかすれた声でこぼすことには――。

 

「私、森の中で迷って……それで、遠くにお屋敷が見えたんです……そこに、行こうとして……」

「その寸前で力尽きたのか。だがまあ、目的は達したぞ。それがこの屋敷だ」

 

 この屋敷を訪ねるのは、郵便配達人か肝試しをする子供たち。もしくは迷い人だけだ。彼女は典型的な後者らしい。

 そして、アレンは例の兵士については話さなかった。彼女を無為(むい)(おび)えさせるだけだとわかっていたからだ。


 ぼんやりしたままの少女に、アレンは新聞をかざす。

 

「ひとまずは歓迎しよう。シャーロット・エヴァンズ嬢?」

「っ……!」

 

 それを見て、少女――シャーロットの顔から血の気が引く。

 新聞には間違いなく、彼女の似顔絵が描かれていた。

 隣国、ニールズ王国第二王子の婚約者かつ……国を惑わせた毒婦。エヴァンズ公爵家長女、シャーロット。


「ああ、大丈夫だ。警戒しなくてもいい」


 アレンは鷹揚(おうよう)に言ってのけ、新聞をたたむ。

 そうして軽い足取りでシャーロットに近づいた。彼女は警戒して身を縮めるが、おかまいなしだ。

 

「俺は昔、仲間と信じた相手に裏切られたことがある。それ以来、人が嘘をついているかどうかを見極めるすべを学んだ」


 シャーロットの目を覗き込む。

 不安に揺れるその青には……なんの嘘もなかった。

 

「おまえは無実だ。そうだろう」

「……っ!」

 

 シャーロットは言葉を失った。

 大きく目を見開いて――そこに、じわじわと涙が浮かぶ。

 おかげでアレンは肝を潰した。

 

「お、おい。どうした、どこか痛むのか」

「はじめて……」

 

 シャーロットの涙が、革張りのソファにぼろぼろと落ちた。

 彼女は顔を覆って嗚咽を上げながら、途切れ途切れで言葉を紡ぐ。

 

「はじめて、信じてくれる人が、いた……!」

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