三十三話 アレンにしか教えられないイケナイこと①
それからおよそ二時間後。
とっぷりと日が暮れて、街のあちこちに魔力の街灯が点る頃になっても、大通りに面した店々はなおも盛り上がりを見せていた。
「ただいま、おにいー!」
「おっ、帰ったか」
アレンがひとり喫茶店のテラスで紅茶を飲んでいると、エルーカたちが戻ってきた。
ふたりとも満面の笑みで、肌もつやつやしている。
「いやー、超美味しかったよ。チーズの専門店。ふたりでいっぱい食べたよね!」
「は、はい。もうお腹いっぱいです」
「うむ、それはよかったな。それじゃ、そろそろ……む?」
シャーロットに笑いかけたアレンだが、ふと大通りに目が留まる。
そこでガタッと席を立ち、すーっと息を吸い込んで――。
「そこの貴様ぁ! サボるとはいい度胸だ! もっと腰を入れてゴミを拾わんか!!」
「はっ、はい! すみません!」
伸びをしていたゴロツキGが震え上がり、深々と頭を下げる。
おかげで大通りに散らばっていたほかのゴロツキたちやメーガスが青い顔で震えた。全員が全員ボロボロで満身創痍だが、めいめいがゴミ拾いやご老人の荷物持ち、壁の落書き消しなどに励んでいる。
街の人たちに迷惑をかけていた横暴な冒険者パーティの姿は見る影もなく、もはや完全に社会奉仕集団だ。
シャーロットとエルーカを食事に行かせている間、アレンがたっぷり調教兼教育を施した結果である。
「いやあ。本当にすごい手際だったよ、お客さん」
「おお、店主どのか」
露天商店主が、半笑いでアレンに話しかけてくる。
どうやら店をたたんで帰る直前らしい。メーガスたちを見て、感慨深げに目を細める。
「あいつら、あちこちで喧嘩を起こすし、ゴミはポイ捨てするし、騒音騒ぎは当たり前だし……ほとほとみんな手を焼いていたんだよね。それが、まさかここまで変わるなんてさ」
「でも、いったいどうやったんですか?」
シャーロットが小首をかしげて尋ねる。
すると露天商店主は「あー」と露骨に視線を逸らしてみせた。
「とりあえず……街でも大魔王の名前が定着するだろうね。あれを見たら、誰も刃向かおうなんて思わないはずだから」
「む。あれでも手加減したんだぞ」
「この二時間でいったい何が……」
シャーロットはなおも不思議そうにしていたが、それ以上追及しようとはしなかった。
アレンは露天商店主に肩をすくめてみせる。
「ま、どうか気にしないでくれ。俺は個人的な復讐をしただけだからな」
「ははは、面白いお人だよ」
露天商店主はからからと笑い、シャーロットを見やる。
「頼りになる恋人でよかったね。大事にされてるじゃないか」
「えっ、あの……」
「いや、店主どの。俺たちはそういう……」
決して、そういった親密な関係ではない。
今日の昼ごろ、エルーカに平然と告げたはずの言葉が、どうしてだかこの時はすんなりと喉の奥から出てこなかった。
おかげでアレンとシャーロットは黙り込んでしまう。
口をつぐんだふたりに何を思ったのか、露天商店主はにやりと笑う。
「ああ、なるほど……そういうこと?」
「みたいなんっすよー」
なぜかエルーカがそれに同調して、うんうんとうなずく。
なんだ、その反応は。そんなツッコミの言葉もうまく出てこず、そうこうしているうちに露天商店主は頭を下げて帰っていった。