二十八話 小さな贈り物③
「どーもどーも。いらっしゃーい」
若い女店主は、読んでいた本からすこしだけ目線を上げてシャーロットを迎える。しかし、すぐに読書へ戻っていった。
店は布と木切れで作った簡素なものだ。穴だらけの屋根の下で、ネックレスなどを広げている。価格はどれも銀貨一枚。典型的な安物雑貨店だ。
シャーロットは店とアレンを見比べて、首をかしげる。
「アレンさん、アクセサリーがほしいんですか?」
「いや。ちょっと気になるものがあったからな」
そう言って、アレンは商品のひとつをそっと手に取る。
なんの変哲もない髪飾りだ。青い石を削ったもので、花の形をしている。花弁の一枚一枚まで丁寧に仕上げられており、造り手の思いがこもった逸品だった。
喫茶店からこの店が見えたとき、はっと目を引かれたのだ。
それをシャーロットの頭につけてみる。
じーっと見つめて……アレンは満足げにうなずいた。
「うん。やっぱりおまえの瞳と同じ色だな」
「あっ」
シャーロットはぽかんとして、髪飾りにそっと触れる。
丸く見開かれた瞳と、頭に咲いた小さな花は、ほとんど同じ色だった。おかげで彼女によく似合っている。今は黒髪だが、金髪に戻せばさらに輝くことだろう。
アレンはうんうん頷いて、店主に話しかける。
「店主どの、これをくれないか」
「はいよ。銀貨一枚ね」
「そら。釣りはいい」
「はあ、まいど……って、ちょっとお客さん! これ金貨だよ!? いくらなんでももらいすぎだよ!」
「取っておいてくれ。いい仕事には相応の報酬を払う主義なんだ」
慌てふためく店主にウィンクして、ぽかんとしたままのシャーロットに向き直る。
「これももらってくれ。まあ、大量の服からすれば些細なものだがな」
「いえ……」
シャーロットはぽーっとしたまま口を開いた。ほんのり頰を染めて、髪飾りを撫でる。
「これが、一番……うれしいです」
「そ、そうなのか……?」
ちょっと予想外の反応だった。
喜んでもらえたならばとても嬉しい。だがしかし、それよりも面映ゆさが上回る。死の呪いをかけたわけでもないのに、アレンの心臓はおかしなリズムを刻みはじめた。
おかげでアレンも言葉を失って、しばしふたりは露天商の前で立ち尽くしてしまう。
店主がそれを見て何を思ったのか、にやりと笑って口笛を吹いてみせるのだが――。
「あはは! それでよぉ――」
「きゃっ」
「っ、シャーロット!」
突然、シャーロットが誰かに突き飛ばされた。
そこをアレンが慌てて抱きとめる。
つい先日、屋敷のそばで拾い上げたときよりわずかに重い。それでもまだまだ肉が足りないな、と冷静に目方を測る。
まあ、ひとまずこの件は保留だろう。
なにしろ……もっと面倒な問題が、目の前に立ちはだかったからだ。
「ああ? なんだ、いってえな……」
「おうおう、どうしたんだよ」
アレンとシャーロットの目の前には、ふたりの若い男が立っていた。
どちらもダンジョン帰りの冒険者らしく、胸や手足に簡素な防具を身につけている。腰に下げるのは大ぶりの剣だ。
そこそこ顔立ちの整った者たちなのだが……あまり上品とは言えない所作と言動のせいで、粗野な印象を与える。言ってみれば『ゴロツキ』だ。
そんなふたりが、そろってシャーロットをにらみつける。
「ひっ……」
シャーロットが小さく息を飲んだ。
瞬く間にその顔から血の気が引いていく。だからアレンは彼女を背に庇い、男たちへにこやかに笑いかける。
「いや、連れがすまないことをした。かわりに非礼を詫びよう」
前方不注意でシャーロットにぶつかったこと、シャーロットを睨んだこと、シャーロットを怯えさせたこと。
それらを全部合わせると、三回半殺しにしてようやくちょっと溜飲が下がるかも、というくらいの罪状だ。
(だがなあ……喧嘩はダメだと言われたし)
万が一、男たちをぶちのめしてシャーロットに怯えられてしまえば、ガチで凹むのは確実だった。
だからなんとか穏便に済ませよう。
柄にもなく、アレンは非暴力的な事態の収拾に乗り出すのだ。