二十三話 いざ、街へ!③
ドン引きの声で叫ぶシャーロットだった。
一方でエルーカは呆れたように肩をすくめてみせる。
「相変わらず、おにいは息をするように無茶するんだから。ほらほら、シャーロットちゃん。こんなのほっといて次はこっちを着てみてね」
「で、でも心臓が止まったんですよ!? 大丈夫なんですか!?」
「一秒か二秒でしょ、問題ないない。さ、行った行った」
慌てふためくシャーロットに服の山をもたせ、エルーカは手早く試着ブースに押し込んだ。有無を言わせぬ手際の良さに、アレンは舌を巻いてしまう。
かくして試着ブースの前には兄妹だけが残された。
「それで」
エルーカはちらりとアレンを見やる。
「あたしは何をすればいい?」
「とりあえず、ニールズ王国の現状を知りたい」
アレンはゆっくりと立ち上がり、あごを撫でる。
カーテン一枚を隔てた向こう。シャーロットには決して届かないくらいの小声を心がけて淡々と話す。
「一度は追っ手をうまく撃退したんだがな。それで追跡を諦めてくれたのか、それともまだ躍起になって探しているのか。新聞だけではその辺がどうも見えてこない」
一時期、新聞の一面を賑わせていたニールズ王国の事件だが、最近ではとんと紙面で見なくなっていた。
センセーショナルな事件には違いないが、続報がなくて記者も書きようがないのだろう。
だからあちらの情報がほとんど入ってこない。情報屋を当たってもいいのだが……下手に勘繰られても面倒だ。
「だからかわりに調べてくれるか?」
「任せなさいな。ニールズ王国にもパパの知り合いがいるだろうしね。それとなく探ってみるよ」
エルーカはウィンクひとつ返してみせる。
「そのついでに、例の王子とか、あの子の家のこととかも調べてあげよっか」
「……まあ、そっちはまだいいだろう」
「ありゃ、泳がせとく気? それにしたって情報を得るのは大事だと思うけど」
「調べたら……知ってしまうだろう」
アレンは小さく溜め息をこぼしてみせる。
気にならないといえば嘘になる。シャーロットを貶めたのがどんな人間なのか、彼女が実家でどんな扱いを受けていたのか。
だがしかし、それを知ってしまったら――。
「知ってしまったら、黙ってなどいられない。シャーロットの気持ちも無視して俺はあの国に乗り込んでしまうだろう。だから、まだ当分は調べなくていい」
「ふーん」
「……なんだその顔は」
「いやいや、おにいも変わってきたなあって」
エルーカはにやにや笑いながら、アレンの脇腹をつんつんする。
「おにいが誰か個人をここまで気にかけるなんて、これまでなかったじゃん。いいことだよ」
「……そうか?」
アレンは首をひねる。
たしかに家族以外の他人をここまで気にかけ、心配したためしはあまりない。だがしかし……それが何故『いいこと』につながるのかはわからなかった。
「そんじゃ言われたことだけ調べてあげる。報酬は実家に戻って――」
「全力で断る」
「でしょーね」
エルーカは呆れたように笑ってから、シャーロットのいる試着ブースをちらりと見やる。
「ま、しばらくは待っててあげるよ。シャーロットちゃんのこともあるしね。かわりにあたしの魔法道具造りを手伝ってよ」
「いいぞ、その程度で済むなら安いものだ」
「やった! おにいがいるなら百人力だよー」
エルーカはにこにこ笑って、アレンの肩をばしばしと叩く。
有能だし話も早い、できた妹だ。自分に似て陰キャラにならなくてよかったと、心から思った。
「あのー……」
そこで試着ブースの中から、声がかかった。
(まさか先ほどの話を聞かれたか……!?)
そう思ってアレンは息を飲むのだが、エルーカが平然と話しかける。
「うん? どうかした?」
「すみません……ちょっと、背中の金具がうまく留められなくって……」
「なるほどなるほど! ちょっと待ってねー」
エルーカは何のためらいもなく試着ブースに入っていった。
おかげでアレンは慌てて目をそらす羽目になる。隙間からわずかに肌色が見えたが、自身に洗脳魔法をかけることでその刹那の記憶をきれいさっぱり消し去った。