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二百二十五話 魔物レースへエントリー①

前回までのあらすじ・結婚式のために指輪を手に入れたふたり。次の目標は魔物レース!?

 どーん。どーん。

 わーわー! きゃー!


 突き抜けるような青空のもと、広い会場にはいくつもの歓声が上がっていた。

 所狭しと屋台やステージが並ぶなか、行き交うのは多くの人々と魔物たちだ。


 魔物はどれもこれも首輪付きで、飼い主に付き従って大人しくしている。

 種類は通常ウサギサイズのものから、炎をまとった獅子のようなものまで様々だ。それらがあちこちで芸を披露したり、模擬戦を行ったりして衆目を楽しませている。


「これが、魔物のお祭り……!」


 シャーロットは目をキラキラと輝かせ、感嘆の吐息をこぼしてみせた。


『すごいねー! いろんな魔物がいっぱいだ!』

『ふむふむ。相変わらずの盛況ぶりですな』


 ルゥとゴウセツも尻尾を振りつつ声を弾ませる。どうやら掴みはバッチリらしい。

 アレンは咳払いをして、朗々と解説する。


「これこそが大魔獣祭。この国で毎年開催される、魔物に関する祭典だ」


 アレンたちの屋敷から、馬車でおおよそ三日西に向かった先にある、王都近くの大きな街。その街を挙げて行われるのがこの祭典だった。


 三日三晩の祭りの間には、魔物大道芸大会や魔物料理の屋台、魔物ふれあいコーナーなどなど……様々な企画が目白押しで、世界中から著名な研究者たちが集う研究発表会なども行われる。学術的にも大いに価値のあるイベントなのだ。


 そう説明すると、シャーロットはきょとんと小首をかしげてみせる。


「こちらの国の皆さんは、魔物が怖くないんですか? ニールズ王国では、魔物さんは危なくて怖いものだって教えられましたけど……」

「まあ、うちの国はやや特殊寄りだからな」

「特殊?」

「魔物が比較的身近な存在なんだ。ダンジョンも多いし、研究も盛んときた。ほれ、以前魔道動物園に行ったことがあるだろう」

「あっ! ルゥちゃんやゴウセツさんと初めて会った場所ですね」

『あそこかー』


 ルゥも耳をピクピクさせて、感慨深げに言う。


『人間って初めて見たから最初は怖かったけど……みーんな優しくしてくれたなあ』

『当然。あそこの職員の方々は根っからの魔物好きばかりでございますれば』


 ゴウセツもしみじみとうなずく。


『儂も大変世話になりました。中には親子三代で園に勤める者もいて、あのとき生まれた子供がこんなに大きく……と胸を打たれたこともございましたな』

「おまえ、あそこで一体何年間穀潰しをしていたんだ」

『失敬な! きちんと警備の仕事や喧嘩の仲裁など励んでおりましたとも』


 強大な力を持ちつつ、主人と決めた相手のためなら一国を焦土に変える地獄カピバラが守る治安……頼もしいような、危なっかしいような。


「ともかくああした施設が国のあちこちにあるせいで、わりかし一般市民にも啓蒙が成功しているんだ」


 魔物は恐ろしい存在だ。

 だがしかし、食料や魔道具の材料、交通、運搬……様々な分野で人々の生活を支えているのもまた事実で。きちんと彼らを理解することで、過剰に恐れることなく共生できるのだ。


 そのためかこの国では、他国でありがちな亜人、獣人などへの他種族差別もほとんどない。よそから豊富な人材が流れてくる一因でもあった。


「関連産業は他国の追随を許さないほど進んでいる。特に有名なのはヴァーゲスト家だな」

「ヴァーゲスト家……?」

「ああ。この祭りの主催を務めるテイマー一族だ」


 素質のある者のみが、テイマーとして魔物と心を通わせることができる。

 ヴァーゲスト家は一家全員がテイマーという変わり種で、代々魔物に関する事業を手広く行っている。


「ほら、よく買う魔物フード。あれもヴァーゲスト家の出しているものだ」

「あっ! わんちゃんの印が付いてる、あれですね!」

『ルゥもあれ好きー。おいしいよねえ』

『あれを作る一族ですか……侮れませんな』


 ヴァーゲスト印の魔物フードは世界中で売られている。

 他にも魔物を預かるホテルに、テイマー向けの教習所。魔物に関する様々な事業を手がけている。


「その功績が認められて、近年男爵の位を与えられたほどだ。この国にとっても、ヴァーゲスト家にとっても、この祭りは自身の力を国内外に示す絶好の機会というわけだな」

「なるほど……」


 シャーロットは神妙な顔でうなずいて、そっと横手を見やる。


「つまりあの辺りの屋台も、この国の一大文化ということに……?」

「そのとおり! 魔物飯もわりかしメジャーなグルメだな」


 そこには飲食を提供する屋台がずらっと並んでいた。

 麺類を炒めただけの簡単な屋台飯から、有名店が出す本格カレーまで、そのジャンルは多岐にわたっている。


 そしてどの店の料理も、魔物を食材として使っていることをアピールしていた。

 クラーケンのフライ、オウルベアの煮込み、高級魔馬(スレイプニル)の刺身……などなど。

 どこののぼりにも、物々しい魔物が描かれている。


 あちこちから漂う香りも、芳ばしかったり甘ったるかったり、鼻を刺激する青菜臭だったりと様々だ。人々はそんな香りに釣られて、ふらーっと屋台に吸い込まれていく。


 シャーロットも鼻をすんすんさせながら、ごくりと喉を鳴らしてみせた。


「このまえ、お山でいただいた触手さんを思い出します……ぷりぷりジューシーで、いくらでも食べちゃえて……他の魔物さんも、あんなふうに美味しいんですか?」

「ふっ、愚問だな。ここに並ぶのは魔物料理のエキスパートたちが長い年月を掛けて研究し尽くした、珠玉の逸品たちばかりだ」


 魔物肉は、おおよその場合そのまま食べるのに適さない。

 臭いがきつかったり、毒があったりするからだ。


 魔物料理研究家たちは試行錯誤を重ねて、そんな魔物肉を美味しく食べられる調理方法を確立している。


 何が彼らをそこまで駆り立てるのか。もちろん味である。

 過酷な生存競争を生き延びた魔物の肉は、脂が乗って非常に旨いのだ。


「俺のお勧めは妖牛(オルク)のステーキだな。舌でとろけるくらいに柔らかいんだ」

「ごくり……! あ、あの、あちらのピカピカ光る果物はなんですか?」

「世界樹リンゴとはお目が高い! 樹齢千年を超える世界樹だけに実る、金色のリンゴだ。糖度は通常リンゴの数倍で、ほのかに花の香りが薫る逸品なんだぞ」

「では、あのお店はそれをアップルパイに……!? そんなの絶対美味しいに決まってるじゃないですか! どれもこれも目移りしちゃいます……!」

「ふはははは! いいぞ、欲望のままに食べ漁るがいい! ただし野菜もちゃんと取るんだぞ! あそこのマンドラゴラスープなんかがおすすめだ!」

「万全のおすすめっぷり……! くうう……負けちゃいそうです……!」


 高笑いを上げるアレンと、胸を押さえて苦しむシャーロット。

 そんなふたりに通行人はそっと好奇の視線を向け、お供二匹はしれっとしていた。


『いつもどーりだねー』

『もはや形式美と呼べる流れですな』


 ゴウセツがやれやれとため息をこぼすと、シャーロットはハッとして勢いよくかぶりを振った。


「いいえ、ダメです! そろそろ時間ですし、先に進みましょう!」

「おお。自制できるとは、さすがはシャーロット」

『ええー。ルゥもごちそう食べたかったのになー』

「安心しろ。あとでたらふく食えるとも」


 アレンはニヤリと笑って振り返る。

 そこには巨大な立て看板が鎮座していた。『大魔獣競争』という大きな文字と、しのぎを削って走る魔物たちが描かれている。


「優勝すれば高級魔物フード一年分も付いてくる。気張るぞ、ルゥ」

『おー!』


 ◇


 大魔獣競争。

 それはこの祭典で最も大きなイベントだ。


 人と魔物がタッグを組んで参戦し、長いレースを駆け抜ける。年に一度のこの祭りを見るためだけに、遠路はるばるやって来る者も大勢いるという。


 レースへの参加受け付けは、祭り会場の奥で行われていた。


「大魔獣競争へのエントリーはこちらでーす!」

「カーバンクルとは珍しい! どうぞ頑張ってくださいね!」

「はい。魔犬(ガルム)一匹に、亜人種ふたり……おや? 事前申請では出場魔物は水棲馬(ケルピー)とありますが……ああ、前夜祭で食べ過ぎてお腹を壊したと。どうぞお大事に」


 多くの係員が詰めていて、たくさんの人々や魔物たちが集まっている。

 希少な銀毛フェンリルを連れて行ったことで、少し騒ぎになったものの、エントリーは無事に終了した。

 レースの参加証である真っ赤なスカーフを付けて、ルゥはおすわりポーズでドヤ顔する。


『ふっふーん! かっこいーでしょ!』

「お似合いですよ、ルゥちゃん」


 ルゥの頭をわしゃわしゃと撫でて、シャーロットは相好を崩す。

 腕にはルゥとお揃いの真っ赤なスカーフを付けていた。アレンも揃いのものを付け、もらったパンフレットを確認する。


「ふむ、ルートは昨年と同じだな。この街を出発して山を越え、湿地を抜け、海辺に出る。計三つのチェックポイント回ってここまで戻ってくる、と」

『知ってるよーだ。ママと一緒に地図を見てべんきょーしたもん』

「ほう。ならばこれも知っているか?」


 アレンはニタリと笑い、ルゥの耳にそっと顔を寄せて囁きかける。


「このレースは妨害自由。人も魔物もバンバン攻撃を仕掛けてくるぞ」

『もちろん知ってるよ』


 ルゥも口角を限界まで持ち上げて、悪い笑みを浮かべてみせた。


『みーんな蹴散らして勝てばいいだけでしょ? 簡単じゃん』

「わはは! その意気だ! 共に全力で暴れてやろう!」

「やりすぎないようにしてくださいね……?」


 戦意に燃えるアレンたちを、シャーロットはそっと諫める。

 どこまで抑えてもらえるかなあ……と、本人もちょっと自信なさげだ。

 そんななか、ゴウセツがしみじみと言う。


『しかし驚きましたぞ。まさかシャーロット様がこのレースに出場なさろうとは』

「えへへ。このまえ街でチラシをいただいて、ビビッときたんです」


 この祭りは国内でも有名だ。

 そのため、遠く離れたアレンの地方でも参加募集が募られていた。

 丁寧に折りたたんだチラシを開き、シャーロットは興奮気味に言う。


「優勝すればたくさんの商品がいただけるんですけど……これ! なんと商品の中に、アリアドネの絹布があるんです!」

『ほうほう。最高級生地として有名な品ですな。あらゆる厄災をはね除け、炎や刃も弾くという』

「はい。しかも希望の形に仕立ててくれるそうなんです。これで結婚式のドレスを作っていただこうかと」


 シャーロットはそう言って、左薬指をそっと見下ろす。

 先日作った指輪はそこにはない。式まで大事に取っておくのだと、屋敷の金庫で眠らせてある。だが薬指を愛おしげに見つめるシャーロットの目には、あの輝きが見えているようだった。


「指輪はアレンさんに用意していただきましたし、ドレスは私の手でゲットしたいんです」

「ふっ、いい心がけだな」


 シャーロットが自分の意志で決めたことだ。

 その前向きな姿勢が、たまらなくまぶしかった。


「しかしゴウセツ、よくルゥに出場を譲ったな」

『ふぉっふぉっふぉ。未来ある若者に道を譲るのは老兵の務めにございますれば』

『えへへ、おばーちゃんありがとうね!』

『なんのこれしき。儂の分まで頑張ってくだされ』


 ゴウセツは穏やかな笑みを浮かべてみせる。

 そうして遠い目をして、ぽつりと続けることには。


『そもそも儂、このレースは出禁でございますれば』

「何をしたんだ、何を」

『いやはや、商品の高級食材目当てについつい五連覇してしまい……不徳の致すところでございます』

「ああ……だから地獄カピバラが参加禁止なんですね」


 チラシの隅には、カピバラにバッテンが付いたマークが描かれていた。種族全体出禁らしい。

 そんな話をしつつも、シャーロットはしゃがみ込み、ルゥと視線を合わせて語る。


「そういうわけで……どうしてもこのレースに勝ちたいんです。ルゥちゃん、助けてもらえますか?」

『もちろんだよ、ママ! 一緒にがんばろーね!』

「ふふ、よろしくお願いしますね」


 ぺろぺろと頬を舐められて、シャーロットはくすりと笑う。

 和やかかつ微笑ましい光景だが、周囲の目は違っていた。どの参加者も心底恐ろしい怪物でも見るような目でシャーロットたちを遠巻きに見つめている。


「うわ……フェンリルが参加するって噂は本当だったのか」

「しかもあの子、完璧に意思疎通ができてるな……」

「今年のレースは荒れるぞ……」

「がるる……」


 シャーロットは無自覚だろうが、周囲が萎縮するのが手に取るように分かった。

 それに満足しつつ、アレンはあたりを見回してみる。


「ナタリアとリディの姿が見えないな。あいつら、まだエントリーが済んでいないのか?」

『あの二人も参加なさるので? いったいどんな魔物を連れて来るのでしょうな』

「さあな。リディは宛てがあるとかなんとか言っていたが」


 ここまで一緒に来たのだが、ふたりとは会場に入ってすぐ分かれていた。

 宛ての魔物とはいったい何なのか。アレンの義母・リーゼロッテあたりから借りてくるのだろうと予測していたが……。


(まあ、俺たちの敵にはなるまい。俺とルゥがいれば無敵だ)


 過信ではなく、それは純然たる事実だった。


 うんうん頷いていたところで、獣人の係員が大きなソリを引いてきた。

 ふたりゆったり座れる広さがあるが、銀に輝く車体は見た目よりずっと軽い素材でできている。


 獣人はアレンを見て、しかめっ面で問いかけてくる。


「えーっと……クロフォードさんで? 依頼された調整が終わりましたよ」

「ああ、感謝する。そこに置いておいてくれ」

「あー……はい。一応言っておきますが、レースに参加できる人間種は二名までですからね?」

「もちろん理解しているとも」

「はあ……そんじゃ、まあ……失礼しまーす」


 獣人は歯切れ悪く、ソリを横目で見つつそそくさと去って行った。

 あまり関わり合いにならないのが懸命だなあ……という思いが、その背中に透けていた。

 それに気付かず、シャーロットはニコニコと言う。


「ありがとうございます、アレンさん。ソリまで準備していただいて」

「なあに、これくらい安い投資だ。そろそろルゥを繋いで準備した方がいいだろうな」

「はい! それじゃあルゥちゃん。この手綱を……ひっ!?」


 ソリの座席を覗き込み、シャーロットが短い悲鳴を上げる。


 そこには大きな麻袋がでんっと置かれていた。ふたり分の椅子がいっぱいになるほど細長く、しかもうごうごと蠢いている。お供二匹も覗き込んで『うげっ』という顔をした。


 それを指さしてシャーロットは真っ青な顔で叫ぶのだ。


「な、なんですか、あの袋……! なんだか動いてますけど!?」

「ああ、ただの保険だ」

「保険……ですか?」

「俺もこのレースは初参加だし、懸念事項もある。何が起こるか、正直予測が付かん」


 アレンはパチンと指を鳴らす。

 すると麻袋が勝手に開き、中身が白日の下に晒された。


「よってアドバイザーを雇った」

「グローさん!?」

「ムグォーーーー!!」

「スヤァ……シャァー……」


 手足を縛られ、猿轡をされたグローは、目を血走らせて抗議の声を上げた。お供の蛇はすやすやと眠っている。

 馴染みのチンピラテイマーだ。以前はもっとやさぐれていたものの、アレンがボコしてシャーロットが手を差し伸べたことがきっかけで、ちょっぴり心を入れ替えた。アレンとはたまーに酒を飲み交わしたりする間柄だ。


 種明かしは終わった。

 こうなったらもう拘束する意味はないので、続けて指パッチン。

 手足のロープと猿轡がほどけ、グローはぜえぜえと荒い息を整えてから、勢いよくアレンに掴みかかってきた。


「てめえ……いったい何の真似だこの野郎!」

「おまえならこのレースに詳しいと思ってな。協力を頼んだまでだ」

「頼まれた覚えはねえんだよ! 急に酒場に来たと思ったら問答無用で眠らせやがって! なんだあの手際のよさ! あんた絶対他にもいろいろやべーことやらかしてんだろ!」

「ははは、まさか。俺ほど善良な市民はいないだろうに」


 あの街を発つ寸前、酒場で駄弁っていたところを拉致してきたのだ。

 仲間からの了承はちゃーんと取り付けたので、一応合法である。金で黙らせたともいう。

 そんなグローに、シャーロットは慌ててぺこぺこと頭を下げる。


「すみません、グローさん! アレンさんがご迷惑をおかけしました!」

「えっ? い、いやいや、女神様が謝ることじゃないっすよ」


 グローはだらしない笑みを浮かべてごにょごにょ言う。

 恩義あるシャーロット相手ということで、怒りはかなり収まったらしい。

 シャーロットはグローの顔を覗き込み、小首をかしげてみせる。


「アドバイザーということは、グローさんもこのレースに出たことがあるんですか?」

「うっ。いやその、何度か観戦しただけっつーか……」


 途端にグローは顔色をなくし、あからさまに目を背けた。

 目を覚ました蛇をそっと撫でつつ、小声で続ける。


「俺みたいな三流テイマーじゃアドバイスなんかできねえよ。他を当たれ、他を」

「なにを言う。俺の知る中では、おまえが一番の適任だ」


 アレンは鷹揚に言う。

 魔物全般のことなら、義母のリーゼロッテが教鞭を執るほど詳しい。

 だがしかし、このレースに関してグロー以上の適任はいなかった。


「おまえはこのレースの主催、ヴァーゲスト家当主の三男坊。グローレント・ヴァーゲストだろう?」

「っ……!?」


 グローが大きく息を呑んだ。

 肯定にも等しいその反応に、シャーロットが目を丸くする。


「ええっ!? では、グローさんはお貴族様なんですか!?」

「いやあの、女神様も一応公爵家のご令嬢様でしょ……?」


 弱々しくツッコミを入れつつ、グローは盛大なため息をこぼす。

 どうやら観念したらしい。頬をポリポリとかきながら打ち明ける。


「貴族つっても、五年くらい前に家を出てから全然帰ってないんです。放蕩息子ってやつですよ。たぶんとうに縁を切られてます」

「そうなんですか? 大変ですね……」

「未練はないです。貴族の生活は、俺には向いてなかったんで。でも……」


 そこでグローは言葉を切って、アレンを睨み付けつつ低い声で言う。


「なんであんたが知ってるんだ。仲間にすら話したことねえんだぞ」

「簡単な話だ。リーゼロッテ・クロフォードという名に覚えは?」

「はあ? リズ先生って魔物研究者の……? リズ先生なら俺が小さい頃、よくパーティなんかで可愛がってもらって…………あああっ!?」


 しみじみと思い出に浸っていたグローだが、突然大きな声を上げて、アレンの顔に人差し指を突き付けてくる。


「あんたまさか、リズ先生の息子か!? たまーに付いてきてたクソ生意気なクソガキ!?」

「クソクソ言い過ぎだ」


 その指をぺいっと払いのけ、アレンは横柄に言ってのける。


「ともあれそういうわけで、俺たちは大昔何度か顔を合わせている。よって、おまえの出自は最初から気付いていた」

「いやいや、年に一回会うかどうかだっただろ。あんたも途中からパーティに顔を出さなくなったし……なんで分かるんだよ」

「意外な縁ですねえ」


 笑顔で相槌を打っていたシャーロットだが、何かに気付いたとばかりにハッとして、あごに手を当てて考え込む。


「つまりアレンさんとグローさんは、幼馴染みということに……?」

「そういうことになるな」

「不本意すぎる……」


 平然と言うアレンとは対照的に、グローは今にも泣き出しそうなほど憔悴していた。

 そんなふたりを見比べて、シャーロットはちょっぴり拗ねたように眉を寄せる。


「むう……ちょっと羨ましいです。私もアレンさんとの特別な繋がりがほしかったな」

「いやいや、シャーロット。俺たちだって…………」


 そこまで言って、アレンははたと口を噤んだ。


 自分たちが幼少期に出会っていたことを、シャーロットは思い出していない。

 あの一件を自分の口から説明するのは絶対に避けたかった。あの頃の自分は、完全に黒歴史だったので。


 結局アレンはそーっと顔を背け、小声で言う他なかった。


「……何でもない。今のは忘れてくれ」

「ええっ!? なんですか! 最後までちゃんと言ってくださいよ!」


 黙りこくったアレンのことを、シャーロットは子猫がじゃれるみたいにぽかぽかと叩いてくる。

 そのイチャイチャっぷりを見てグローは静かに涙を流した。


「心底帰りてえ……俺がいったいなにをしたって言うんだ……」

「しゃー……」

『どんまーい』

『アレン殿に目を付けられたのが運の尽きですな』


 いつの間にか目覚めたお供の蛇と、ルゥたちに慰められるグローだった。


(逃げられても面倒だな。先に例の件を話しておくべきか)


 そう判断し、アレンはシャーロットにお伺いを立てる。


「それよりちょっと時間をもらえるか。グローに急ぎの話があるんだ」

「レースに関することですか?」

「ああ。秘密の相談というやつだな」

「分かりました。でも……あとでちゃんと教えてくださいね」

「……気が向いたらな」


 婚約者の冷たい視線から逃げるようにして、アレンはグローを離れた場所まで引っ張っていった。グローと蛇は心底嫌そうな顔をする。


「話ってなんだよ。俺は何も協力できねえぞ」

「シャー!」

「まあ聞け。おまえも俺たちとニールズ王家第二王子の因縁は知っているだろう」

「女神様関係でバトったやつだろ……? それがどうかしたのかよ」

「あいつがまた、妙な奴と繋がったらしい」


 アレンは誰も聞いていないことを確認しつつ、声を落として言う。


「それがおまえの叔父……当主争いに敗れた、グレゴール・ヴァーゲストらしいんだ」

「っ……!?」

一年半ぶりの更新です!お待たせしました!申し訳なさすぎる……!

魔物レース編スタートです。プロットはできているので、仕事の合間に不定期更新で書いていけたら……。


そしてそして、コミカライズ十巻が発売です!

リディ編完結。娘ができてますます仲が深まるふたりをぜひご覧ください!

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コミカライズ十巻発売!
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