二百二十三話 エルーカ番外・脇役たちの矜持④
アレンの屋敷近くにあるマグノリアシティは冒険者の聖地のひとつだ。
周辺地域にダンジョンが多く、その大きさや生息する魔物の種類も多岐に渡っている。一攫千金を夢見た者たちが各地から押し寄せ、日夜修羅場をくぐり抜ける。
そんななかでも有名なのが、トーア洞窟と呼ばれる場所だった。
入り口近くにはスライムのような初心者向けの魔物が、奥に進めば魔法を無効化するノーブルドラゴンといった上級者向けの魔物が生息している。幅広い冒険者がお世話になるダンジョンだ。貴重な薬草や鉱物も多く、稼ぎどころでもある。
肝心なのは引き際を見極めること。それだけだ。
しっとり湿った岩肌に手を突いて進みながら、エルーカは肩をすくめる。
「このトーア洞窟、大昔は地獄カピバラがいたらしいよ?」
地獄カピバラ。
ドラゴンすら尻尾を巻いて逃げるという最強格の魔物のひとつだ。たまに動物園で見かけるが、野生で出くわしたら迷わず遺書を認めるべしと言われている。
「いやあ、それに比べればコカトリスなんか遙かにマシな獲物だよねえ」
「本気でやるんですか!?」
その後ろから、ジルがおっかなびっくりでついてきていた。
足場の悪い洞窟内だが、彼の車椅子ならば問題なく進めるようだ。小さな段差なら簡単に越えることができる。おかげで道行きは順調だった。
エルーカはぐっと親指を立てる。
「もちろん本気も本気だよ☆」
「考え直しましょう!」
それにジルがずいっと青白い顔を近付けて凄んでくる。
段差はへっちゃらだし少しの間なら浮いていられるらしい。とことん便利な車椅子である。
感心するエルーカをよそに、ジルは懇々と説得にかかる。
「ふたりだけでコカトリス退治なんか無茶ですよ。そもそも僕は戦力になりませんし……」
「そんなことないって。それにジルくんもやる気になったから来てくれたんじゃないの」
「エルーカさんひとりで行かせるわけにはいかないからです!」
ジルは語気を荒らげて説得にかかる。よほど心配してくれているのだろう。
そんな彼に、エルーカはあっけらかんと言う。
「ちょうどコカトリスが必要だったの。準備したし、勝算は十分あるってば」
昨日はあれから彼の部屋で、ずっと仕込みに追われていた。作戦も入念に組んだ。
それでもジルは半信半疑……いや、顔を見るだに、いまだ『疑』がかなり優勢だ。
ジルは疲れたようなため息をこぼす。
「……僕の弔い合戦のつもりですか?」
「どうしてそう思うの?」
「僕が挑んで負けたのは、ここのコカトリスだからです」
「ありゃりゃ、バレちったか」
訝しげなジルの視線を誤魔化すため、エルーカは口笛を吹く。
冒険者ギルドに当たれば、簡単に現場が割れた。幸か不幸か、ここのコカトリスは乱獲者からの被害を免れたらしく、今も健在だという。
ジルはがっくりとうなだれ、ぽつりとこぼす。
「どうして僕なんかを気にかけてくれるんですか」
「ま、他人事と思えなくってね」
エルーカは肩をすくめてみせる。
ジルは己を曝け出してくれた。自分だけ秘密にするなんてフェアじゃない。
適当な岩に腰を下ろして、ざっくばらんに話し始めた。
「あたしね、お兄ちゃんがいるの」
「お兄さん……ですか?」
「うん。しかもある日突然、パパが連れて来たんだよね」
父、ハーヴェイは学院長という立場からよくあちこちに出張に出かけていた。
そんなときはいつもお土産を持ち帰ってくれたものだが、土産が兄だったのはあれが最初で最後だった。今日から一緒に暮らすと紹介されたその少年は、無愛想でぶっきら棒で、そのくせ魔法の才能に人一倍溢れていた。
「おにいはすごいんだ。あっという間に学院のトップに上り詰めて、いろんな記録を塗り替えていった。絶対無敵の神童だったんだから」
ハーヴェイ学院長の跡を継ぐのは彼以外にありえない。
世襲制でないはずのその椅子の行方に、誰も異論を唱えなかった。
それだけ兄は凄まじく、有象無象の天才たちは後塵を拝することしかできなかった。
そして、それはエルーカも同じだった。
「そのころのあたしはパパみたいな魔法使いを目指して、魔法を勉強しはじめたところだった」
エルーカはダンジョンの天井を仰ぐ。
むき出しの岩肌には多くの魔水晶が顔を出し、ほのかな光を放っている。まるで夜空の星々だ。地表にいるエルーカには、どれだけ手を伸ばしたところで届かない。
「だから分かっちゃったんだよね。どれだけやっても、あたしはおにいには勝てない。あそこまでの魔法の才能は持っていないってね」
「それは……」
ジルは視線を下げる。
しばし適した慰め文句を探したらしいが、諦めたのか素直な感想をこぼしてみせた。
「なんというか、非常にその……うん。やりきれないですね」
「あはは、そうそう。ほんっと溜まったもんじゃなかったよねえ」
幼いエルーカは人生の岐路に立たされた。
このまま魔法使いを目指すか、それとも他の道を選ぶか。
そんなエルーカのことを家族はみな優しく見守ってくれた。父はあちこちの出張に同行させて色んな世界を見せてくれた。母は様々な魔物の世話を任せてくれた。兄はとにかく自分の背中を見せつけた。
そして、エルーカは決めた。
エルーカは腰を上げ、自分の胸に手を当てて続ける。
「それで決めたんだ。あたしはあたしみたいに、力が足りずに悔しい思いをしている人の味方になろうってね」
「力……ですか」
「そう。だから魔法道具技師を目指したんだ」
魔法道具なら、魔法が使えない人でも扱える。
腕力が足りない人でも、重い荷物を運ぶことができる。
寝たきりの人でも、自分の意志で移動することができる。
どんな人でも、自分で自分の身を守ることができる。
環境や才能だけで、道を閉ざされるなんて勿体ない。弱い者の気持ちが分かるエルーカは、そんな人たちに寄り添える存在になろう。そう決意して自分の道を見つけたのだった。
「だからジルくんの力になりたいんだ。たった一度の挫折で全部を諦めるなんていけないことだよ」
「エルーカさん……」
ジルは言葉を詰まらせ、少し俯く。
しばしそのままじっとしていたが……やがて彼はおずおずと顔を上げる。
「エルーカさん。つかぬことをお伺いしますが、今おいくつですか?」
「このまえ十七になったとこだけど。それがなに?」
「では……魔法道具技師免許をいったい何年で取得されたんですか?」
「えーっと、一年ちょいくらい?」
「順調にいっても三年くらいかかるやつですよね!?」
悲鳴のような声がダンジョン内にこだまして、驚いた岩蝙蝠たちがバタバタと飛び去っていった。ジルは眉間を押さえて呻く。
「僕から言わせれば、エルーカさんは十分天才側です」
「そうかもしれないけど、おにいを知っちゃうと謙虚にならざるをえないっていうか」
エルーカは肩をすくめてみせる。
「おにいは半年たらずで免許取得したし、その翌年には大魔法道具学会で最優秀賞を授与されてたよ。それに比べりゃ、あたしなんて凡人だってば」
「お兄さん……一度お会いしてみたいような、したくないような……」
ジルは渋面でブツブツとこぼす。
兄の話をすると、だいたいの人はこんな反応をする。
それがエルーカは誇らしかった。
「まあとにかくそういうわけだから。一緒にコカトリス退治だよ!」
エルーカはVサインで宣言する。
「あたしは魔法道具の材料が手に入るし、ジルくんは宿敵への意趣返しができる。一石二鳥っしょ? 鳥だか蛇だか分かんないけどさ、わはは」
「だから、ふたりきりでコカトリスに挑むなんて無謀ですってば! 僕らは五人がかりで壊滅したんですよ!?」
「そうでもないよ。しっかり作戦も考えてきたしね」
真っ青になって訴えるジルに、エルーカはニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせる。
勿体ぶって言うことには。
「名付けてポカポカびゅーびゅー作戦!」
「不安しかありません……!」
◇
闇に閉ざされたトーア洞窟の奥深くに、太陽の光が降り注ぐ場所があった。
天井の一部が崩落し、そこから空が見えるのだ。のどかな光が降り注ぐ中、多くの緑が生い茂る。隅には水場もあり、暗い洞窟のなかでオアシスのような場所だ。
そこを支配するのは一匹の魔物だった。
身の丈は小さな民家を凌ぐほどで、巨大なトサカを有した鶏に毒々しい色の尾が生えている。
要は尾が毒蛇となった巨大ニワトリだ。二対の鋭い双眸で周囲をぐるりと見回したかと思えば、ふわあと大あくびをする。
コカトリス。
討伐難易度Aクラスの上級魔物である。
爬虫類だか鳥類だかよく分からないアンバランスな見た目に反し、性格は非常に獰猛。
ひとたび縄張りに侵入者が現れると、たとえ眠っていたとしても瞬時に飛び起き、爪や尾で猛然と毒を孕んだ攻撃に転じる。毒の煙を広範囲に吐き散らすことも可能。
おまけにその毒には石化効果があり、効果が早いことで有名だ。毒が体内に入った場合、一時間以内に血清を打たなければ手遅れになる。
骨や肉は高値で取り引きされるが、リスクの方がはるかに大きい。
それゆえ冒険者たちはよほど腕に自信がない限り、コカトリスとの戦闘を避ける。縄張りの外から固唾を呑んで様子をうかがい、コソコソと迂回するのがほとんどだ。
だからこそ、コカトリスの多くは自分こそが世界の支配者だと思い込んでいる。
人間のことは取るに足らない、羽虫以下の存在だと断じている。
そうした驕り高ぶった個体こそが、狩る場合にはうってつけだ。
「《氷結縛》!」
「ギャギャッ!?」
突如としてコカトリスの脚元が凍り付き、大地に縫い付けられる。コカトリスは濁った悲鳴を上げたものの、すぐに臨戦態勢を取った。毛を逆立てながら嘴で氷を砕きはじめる。
「シュー……」
毒蛇の尾がかまくびをもたげ、周囲をゆっくりとうかがう。
尾には周囲の茂みに潜むいくつもの熱源が見えたことだろう。
その数二十あまり。それがコカトリスをぐるりと取り囲んでいた。
コカトリスはすぐさま大きく息を吸い込んで体をのけぞらせる。羽根の一枚一枚がざわめき、擦れ合い、バチバチと異様な音を立てる。そしてついに、耳をつんざくような咆哮を上げた。
「ギャギャアッ!」
コカトリスの口から、濃紫色のガスが噴出した。
石化効果のある毒ガスだ。吸い込めば最後、肺の奥から石化が始まりすぐに心臓に達する。そして、それこそがこちらの狙いだった。エルーカは素早く草むらから飛び出し、唱えておいた魔法を発動させる。
「《暴風》!」
「グギャッ!?」
毒ガスが爆風に煽られてコカトリスを包み込む。コカトリスは自身の毒に抵抗を有しているため、石化することはない。だがしかし効果がないわけではなく、ニワトリも毒蛇の尾も苦しそうに嘔吐きだす。これで完全に動きが止まった。
「今だよジルくん!」
「ええい……!」
はるか頭上。洞窟に空いた大穴の縁から一つの影が飛び立った。車椅子に乗ったジルだ。彼はヤケクソ気味に腕を振りかぶり、手の中の物を放り投げた。
「やってやりますよ! ここまで来たら!」
それは細い軌跡を描いて、コカトリスに吸い込まれるようにして落ちていく。
ジルの部屋にあった、枝を組み合わせただけの四角錐。
面のそれぞれに異なる属性の魔法が宿った、枝の長さの微調整という繊細なバランスのもと成り立った奇跡の構成体。
それがコカトリスの鶏冠に刺さり……枝の一本がぽきりと折れた。
魔法の均衡が崩れ、膨れ上がり、隣同士で混ざり合い――ついには爆ぜる。
ドガアアアアアアアアア――ンンンン!
カッと目の眩むほどの閃光が瞬いたのち、天地を揺るがすほどの爆発が起こった。荒れ狂う爆風が渦を巻き、岩肌を削る。それらが収まったあと。
「ぎ、ガ、がギュ……」
コカトリスは黒く焼け焦げ、羽のほとんどが焼失していた。固唾を呑んで見守る内にその巨体がゆっくりと傾いでいき、重い地響きを立てて倒れる。あとはぴくりとも動かなかった。
コカトリスが息絶えたのを確認し、エルーカはふうと息を吐く。
「一丁上がり。やっぱこういうのは短期決戦が一番だよね」
「無茶苦茶です……」
「でも勝てたでしょ?」
ゆっくりと降りてきたジルへとニヤリと笑って、エルーカは草むらから赤茶けた石ころを拾い上げる。あらかじめ周辺にばら撒いておいた紅蓮石だ。ジルの部屋から拝借してきた。
ほのかな光を放っており、ひと肌ほどの温かさがある。炎の魔法を封じ込めているからだ。
「蛇は鼻先の器官で熱を感知する。コカトリスも一緒でね、どこに敵が潜んでいるかを判断するのは周囲との温度差なんだ」
「だから囮に紅蓮石を仕込んでおいたんですか」
「その通り。で、敵に囲まれたときは毒ガスを撒く習性があるんだ。その方が各個撃破するよりはるかに楽だし当然だよね」
紅蓮石を敵だと誤認させ、毒ガスを出させる。それを利用して奇襲を仕掛ける。
陽動役と、奇襲役。ふたりいるからこその役割分担だ。
「あたしひとりじゃ手が足りなかった。ありがと、ジルくん」
「……はは。お役に立てたのならよかったですけど」
ジルは苦笑し、恐る恐るといった様子でコカトリスへと近付いてくる。
すっかり静かになった死骸を見下ろす目は、どこか寂しげだ。静かな風が天上の大穴から舞い降りて、彼は髪を抑えながらぽつりと言う。
「こうして見ると、ただのニワトリですね」
「蛇が本体だって主張する人もいるんだよ? 学者の中でも意見が分かれているんだから」
そのあたりは母・リーゼロッテが詳しい。
魔物学を専門とする母からは、様々な魔物についての知識を叩き込まれた。
『コカトリスちゃんはねえ、毒を利用してあげると楽に倒せるのよ~』
『へえー。そうなんだー』
そんな話を寝物語に聞かされたのは七歳やそこらだった。子供に聞かせる話ではないと思う。ともあれ役に立ったのは確かなので、今度うんとお土産を持って帰ろう。
母に感謝しながら、エルーカはジルの顔を覗き込む。
「どう? 少しは怖さが薄れたかな」
「いや……そんな急には無理ですよ。一度は死にかけたんですから」
「あはは、だよね。至近距離で見るとなおグロいしね」
まばらに抜けた羽の跡だったり、裏返った白目だったり、ぐったり舌を伸ばした毒蛇の尾だったり、全体的に夢に見そうなビジュアルだ。
ジルはしばしそれを見つめたあと、エルーカに顔を向けてわずかに笑う。
「でも……次に夢に出てくるときは、こっちの姿だと思います」
「ふふふ。これなら怖がる必要ないね」
彼の笑顔からは影が消えていた。それが何よりの答えだった。
エルーカは満足しつつも腕まくりしてコカトリスに向き直る。本番はここからだ。
「よーし、それじゃ手早く捌いちゃおっか!」
「えっ!? ここで解体するんですか!?」
「当然だよ、こんなデカいの街に持ち込んだら騒ぎになるもん。ちなみにコカトリスの肉、かなりイケるんだよ。高級食材なんだからね。あとで一緒にどう?」
「いや……食べるのはちょっと勇気が……」
ジルは引き攣った顔でそっと数歩分の距離を取った。
しかしお土産として持って帰った肉を唐揚げにすると、ジルは複雑そうな表情で完食してくれた。彼の姉・アンネもかなり喜んでくれたしで、コカトリス討伐作戦は大成功に終わったのだった。
続きはまた来週水曜更新予定。





